第15話
ショッピングモールでは三十人ほどの避難者グループが形成されていた。子供から老人まで、老若男女の集団である。
ショッピングモールの大きさに対して人数が少ないように思えるが、それには理由がある。なんでも、今は平和そうに見える店内にも一度、JCが侵入したらしい。その時の混乱で大多数の人が外に飛び出し、ここに残っているのは店員さんの判断でバックヤードに逃げ込んだ人々とのことだった。
「とにかく、学生さんが無事でよかったよ。若い命が失われるほど悲しいことはないからね」
食品売り場チーフの
「それで、食料についてなんですが」
「ああ、大丈夫だよ。こんなときこそ助け合いさ。ただ、お願いがあってね」
杉石君が露骨に眉を顰める。厄介ごとを押し付けられると思ったのだろう。訝しげな空気を察した方解さんは慌てて首を振った。
「私達はJCが現れてから、ずっと立てこもっていてね。外の様子が分からないんだ。まだ一週間も経っていないが、みんなの精神は限界が近い。君たちの見た印象で構わない。外は安全そうか?」
ここに来るまでにJCの集団に襲われはしたものの、あの邂逅は僕の不用意な道選びが原因だ。JCの能力自体は脅威ではなく、不意を突かれなければ充分に逃げ切れる。抗体持ちの余裕があるからこその意見と言われればそれまでだが、空想していたパンデミックよりはずっと安全だと思う。
しかし、杉石君の回答は違った。
「店の周りは少ないみたいですが、町中にはうじゃうじゃいますよ。外に出るのは控えた方がいいです」
感覚の違いか。それとも、外を危険と思わせておきたい理由があるのか。
「……そうか。それじゃあ、他に大きなグループがあったりしないか? もし存在するなら、私達も合流したいんだが」
「いや、そういうのも見てないですね」
「外の状況は思った以上に悪いみたいだな。君の言う通り、私達はもうしばらくここに立て篭もるとするよ。それより、君たちはいいのか? そんな危険な状況で、二人きりは大変だろう。よければ、ここで一緒に暮らさないか」
魅力的な提案だ。杉石君の能力もあってここまで何とかやってはこれたが、僕達はまだ子供だ。大人への依存心は大きく、彼らの保護下に入られたら生活の安心感は高まる。玻璃さんのストレスも少しは和らぐだろう。
杉石君に視線を送り、彼の意見を伺う。
「いえ。折角の提案ですが遠慮しておきます。ぼくらは二人で、もう少しやってみます」
それでも、杉石君は頑なだ。方解さんの心遣いに杉石君は微笑みで返す。
「そうか。まあ、困ったらすぐに来なさい。私達はいつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます」
人好きのするはずの彼の笑顔が乾いて見えたのは、勘違いではないだろう。
「あれ? おまえ、メノウか?」
方解さんの言葉に甘えて杉石君と一緒に食料を漁っていると、不意に背後から声を掛けられた。
「オレだよオレ! 中学で一緒だった
誰だろう。名前を聞いても思い出せない。親しげに肩を叩いてくるが、当時の僕に友人はいなかった。
「おい、あんま困らせんなよ」
だが、虎目君の後ろから顔を出した眼鏡をかけた彼には見覚えがあった。
「久しぶり。ていっても、覚えてるか?」
「
「……えーと、それで、そっちの彼は?」
「あ、うん。高校で一緒の
「杉石だ。よろしく」
杉石君が簡単に挨拶する。声色は固い。同年代であっても警戒は緩めないという意思表示だろう。天河君はそれ以上踏み込もうとはしなかったが、虎目君に遠慮はなかった。
「てかおまえ、よく生きてたな! もう死んでると思ったわ」
虎目君が明け透けに笑う。たしかに、僕だけならとっくに死んでいた。本当なら校舎の廊下で人波に飲まれた時、圧死していたはずだった。
「杉石君がずっと助けてくれたから」
僕が生きながらえているのは全部杉石君のおかげだ。それなのに、ひと時の安寧に胡座をかいて、彼の判断に慎重すぎるのではないか、などと疑念を抱いてしまった。
余計なことを考える必要はない。杉石君へ恩を返すことだけ考えていればいいのだと、あらためて思い直す。
「まあそうだよな。おまえだけで生き残れるわけねえし。ていうかさ、外にいたってことは、JCも見たことあんの?」
「あ、それは俺も気になるな」
天河君が眼鏡の位置を整えながら身を乗り出すと、杉石君が僕と天河君の間に割って入る。
「二人はJCに出会したことがないのか?」
「ああ。このショッピングモールには、こいつがフラれて学校いきたくないって駄々捏ねるから、無理やり付き合わされて来たんだ」
「ちょっ、おまえ、言うなよ!」
「それから方解さんに保護してもらって、今に至るって感じだな。一回店にも入ってきたらしいが、出くわす前に避難したから、どのくらい危ないのかイマイチ想像つかないんだよ」
「外に出ようと考えたりはしなかったのか?」
「そーだよ! ぜってーだいじょうぶだって! ゴム着けてヤれば感染しねえって情報もあるし!」
「……この馬鹿がこんな調子だからな。立て篭もるしかなかったんだ」
そう言って、天河君は疲れた顔で息を吐いた。杉石君にとっての僕のように、彼が虎目君の面倒を見ているみたいだ。
「で、話を戻すけど、実際外はどんな様子なんだ? JCっていうのは、やり過ごすのも難しい相手なのか?」
「場所によるが、密集しているところもある。貯まり場に規則性はないから避けて進むことはできないな。JCの身体能力は知ってるか?」
「ああ。大したことないってのはネットで見た。それに、目や耳も鈍いんだよな? だから、注意すれば何とかなると思ったんだけど」
「一人、二人なら隠れて進めるが、グループ単位だとまず無理だ。あいつらの体液については知ってるよな。JCになるかどうかはまちまちだが、接触した瞬間、100パーセント爆散する。かなり広い範囲に飛び散るから、集団行動なんかしてたら芋蔓式に全滅するぞ。方解さんにも忠告したけど、安全が確保されるまではここに閉じこもってた方がいい」
「……俺と虎目の二人なら、可能性はあるか?」
「それもやめておいた方がいいな。ここに来る途中、集団を率いてるJCを見た。個々の力は弱いが、まとめてかかってこられたら太刀打ちできない。俺たちがまだ生きてるのは、偶々幸運が続いているだけさ」
やはり、杉石君は彼らをショッピングモールの中に閉じ込めておきたいようだ。いずれにせよ、杉石君には考えがあることに違いはない。邪魔をしないよう固く口を閉じておく。
八方塞がりの状況を強く印象付けられた天河君は、顎に指をかけ黙り込んでしまった。杉石君はほんの微かに口の端を歪め、膝に手をつく。
「それじゃあ、俺たちはそろそろ──」
「つーか、JCってメノウの妹に似てない?」
虎目君が何となしに放った言葉に、どっ、と心臓が止まる。脊柱が引き攣るような熱を持ち、全身が一瞬で脂汗に染まる。
「天河も覚えてんだろ。メノウの妹、めっちゃかわいかったじゃん。あの子いま何してんの?」
落ち着け。冷静になれ。虎目君はただ質問しているだけだ。
動揺する精神を抑え、締まる気道で言葉を探す。
「……妹はもう、亡くなってるから」
「そうだっけ? わりーわりー。でも、なんで死んだん? 病気?」
視野が狭まり、色が褪せていく。呼吸が落ち着かない。口を開いても酸素が取り込めない。目の奥が痛む。手足の痺れ。皮膚の下を這い回る気味の悪い寒気。
「あー、思い出したわ。自殺したんだよな。兄貴にレイプされたとかで。……えっ。じゃあメノウのせいじゃん」
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