79.意地ははらなきゃ意味がない。
「まず、大前提として、僕たちも暴食龍も、本来の歴史における暴食龍討伐の流れは把握してる」
――傲慢龍に介入したマーキナーは、僕で言うところのゲーム知識を傲慢龍に与えた。それは当然暴食龍に対しては教えられて然るべきもので、アジトから本体を移していたことからも、それは推測できる。
とすると、向こうはこちらの手の内を知っているわけだ。
そうなった場合、こちらの不利になる要素は二つ。本隊の動向と、保険個体の動向だ。
「こいつらの取る行動で、一番ありうるのは逃走、だよな」
「はい、保険個体は間違いなく逃げるでしょう。居場所が解っているとはいえ、全力で逃げるつもりの個体相手に、追いかけっこは人類には厳しい」
特に厄介なのが保険個体なわけだが、それに関してはフィーに考えがあるらしい。何でも、暴食龍にとって因縁のある場所があって、やつはきっと、最終的にそこへ向かうだろう、ということだ。
「そっちはフィーを信じるとして、本隊の方は、僕らの役割です」
――本当に信じて送り出してよいのか。
そう考える部分も自分にはあるが、そこに関してはこの後、フィーから詳しく話を聞くとして、本隊対策はまだ煮詰まっていない。
とりあえずそちらを優先することにした。
「師匠、師匠ならここから本隊はどう動くと思いますか?」
「どうって言われても、そりゃ場所は移すだろ。完全に位置が割れてる以上、その上でどう動くかだろ? 大陸中に散らばって討伐されてもいいから被害を増やすか、一個に固まって耐久するかだ」
「前者であれば好都合です……が、多分取らないでしょうね」
「どしてなの?」
――暴食龍本隊の動向。
考えられるパターンとしては、二つ。散らばるか、固まって動くか。
どちらが僕らにとって楽かといえば、前者の方だ。まず大前提として、散らばって動くにしても、そもそも散らばる理由は人類に対しての攻撃の他に、栄養の効率的な補給という意味もある。
だが、散らばるのは満腹個体。これ以上栄養の補給できない個体である。そうなると、暴食龍は効率のためにも増殖を行う必要があるわけだが、
「――はっきり言って、満腹個体じゃない暴食龍は人類にとって脅威ではあっても倒せない相手じゃないからな」
現在の状況でそれを行うのは悪手が過ぎるだろう。大罪龍とは人類が普通にやってはどうあっても勝てない相手なのだ。しかし、満腹個体ではない暴食龍はそのくくりから外れる。
ある程度の概念使いが複数集まれば倒すことのできる相手。――最上位ランクの魔物と何ら変わらない。
それでも、他に憤怒龍や傲慢龍がいれば、そちらでカバーすることができるのだが、今はそれができない状況。ようするに、
「暴食龍が大罪龍として人類の脅威であるために、その方法は絶対に取れないんだ」
もしこちらを選択した場合は、ライン公国、快楽都市、怠惰龍の足元。概念使いが集まるコミュニティの総力を結集して、満腹個体ではない暴食龍を討伐。
その間に、僕らが満腹個体を討伐して回る。そういう流れになるだろう。
「正直、満腹個体の数は今の半数以下になるだろうから、倒すだけならこっちのほうが楽だよな」
「……まぁ、被害を考えると、できればコッチであってほしくない、という願望もありますけど」
なんて話をする僕らに、
「――グラトニコスは、絶対そういう選択は取らないわ」
それまで黙っていたフィーが、ぽつりとそうつぶやいた。その言葉に、一切の疑いはなく、確信だけでフィーは語っている。
少しだけ、その瞳は嫉妬が宿っている。敵意に近い嫉妬、大罪龍にも、色々あるのだろうな、と思わせるものだった。
「あいつはあくまで、暴食龍として在ることを選ぶ。それはつまり……魔物と同じに扱われるのは、気に食わないってこと」
「……本来の歴史でも、暴食兵を生み出すことをあいつは嫌っていたんだったか」
ゲームにおいて、暴食龍は暴食兵を生み出すことを、あまり積極的には行わない。知性のない有象無象の魔物に成り果てることを嫌って。奴がそれをするのは、完全に追い詰められた時か、合理性がヤツの感情を上回るときだ。
自分を捨て駒にして偵察をする時とかな。――つまりあの村でのようなシチュエーションだ。
「で、つまり暴食龍は固まって動いて来るわけですね。完全にそちらで決め打ちしましょう。まぁ、すぐにわかることですけど」
「そうだな。とすると問題に成るのは――やつがどこに動くのか、だ」
暴食龍が固まって動く場合、向こうはこちらの時間切れを狙ってくる。自分が生き残った上で、傲慢龍が帰還するまでを耐えきればあちらの勝利だ。
散らばって動かないことの理由の一つとして、僕たちと傲慢龍一派の戦いは、基本的に僕たちが倒されなければ根本的な終わりにはならず、人類にどれだけ被害が出ようとも、向こうは僕らを倒さなくてはならないのだ。
なにせ、これまで大罪龍を討伐してきたのは、僕たち個人の力によるものが大きいからな。といっても、公式に知られているものだと、強欲戦と憤怒戦だから、一般的にはどちらも大事なんだけど。
「ガン逃げ決められたら、打つ手なしなしじゃないのー?」
「その場合は、完全に詰将棋みたいな感じになるな……って、詰将棋は伝わらないか」
ようするにこちらとあちらの知恵比べ。小細工一つない純粋な鬼ごっこになるだろう。四ヶ月。僕が暴食龍討伐に使えると考え、用意した時間。
その一番の要因は、この鬼ごっこにそれだけの時間がかかるだろう、と読んでいるから。
だからその場合はそれでも構わない、望むところだ。
が、しかし。
「向こうの行動を読める手札が一つだけあります」
「なのん?」
――正直、僕はこちらの方が本命だった。暴食龍は純粋な知略よりも、謀略だとか、策略を好むだろう、と踏んでいたから。
「――本来の歴史なら、暴食龍を討伐するのには、もう一つ手札が必要だっただろう?」
そう、師匠の言葉にうなずいて、僕が引き継いだ。
「剛鉄のシェル。――暴食龍は彼を狙う可能性があります。万が一、最悪を考えて」
◆
――ゲームにおいて、暴食龍を撃破するのに必要だったのは二つ。探知用のレーダーと、剛鉄のシェルの概念起源だ。
その効果は至って単純。特定の存在を特定の場所から移動させることのできなくなる概念起源。ゲームにおけるクロスの概念起源の……まぁ正直に言ってしまえば下位互換技だ。
ただ、そもそも大罪龍と戦う上で、対象を逃さない概念起源は強力無比以外の何物でもなく、対暴食龍においても十全に効果を発揮した。
もしもこれが今の歴史でも使われたら、暴食龍に勝ち目はない。まぁ、使えたら……の話なのだが。
なお、これは余談なのだが、本来の歴史ではそもそも保険個体はどうしたのか、という話。これは単純で、僕らは大陸を徘徊している個体を討伐してレーダーに登録したが、本来の歴史ではそもそもこの保険個体を発見して討伐したことで、レーダーに他の個体が表示されるようになるのだ。
初手で保険を失った上に、居場所がバレていることを知らない暴食龍。はっきり言って詰みである。
まぁ、もう一つ大きな理由として――暴食龍が傲慢龍の助けを拒んだことも大きいのだが。
「というわけで、僕らはシェルのところに向かうことになった。そっちは暴食龍と一騎打ち……で、いいんだよな?」
「――うん」
そうして、夜。僕はフィーと二人で隣り合って座りながら、レーダーの様子を覗いていた。
「……グラトニコス、動き出したわね」
「まぁ、見つかりたくないだろうから、夜に動くよなこいつ……」
見れば、レーダーの中で暴食龍の本隊が動きを見せていた。仮の根拠地としていた場所を去り、別の場所へ向かうのだろう。
どこへ向かうのか、ここらへんは今の段階じゃわからないな。
「保険個体の方は、今はまだ動いてないな」
「居場所を知ってるのはアタシたちだけだしね、そこまでたどり着くのに時間がかかるのは、向こうもわかってる」
フィーの言葉に頷きながら、僕は改めて問いかける。
「……一人で、本当に大丈夫か?」
「……」
それに、フィーは少しだけ苦笑したように笑みを向けてから、
「――アタシね、大罪龍では、一番弱いわ」
ぽつり、ぽつりと語りだす。
「スペック上では、単体のグラトニコスよりは強いって言うけどさ、実際に戦えば、多分アタシ、勝てないと思う」
「……そう言われると、一人で行かせられないんだけど」
「もう、最後まで聞いてよ。――何より、実際にあいつが戦ってるところ見たこと在るし、この見立ては間違ってないんだと思う」
「暴食龍が? 誰と――」
「――プライドレムよ。アンタも知ってるでしょ? 人類の中に概念使いが生まれて、私達に対抗できるようになるまでの準備期間」
――ああ、と思い出す。そう言えばそんな話もあった気がする。設定資料集だったか……いやルーザーズの攻略本だな。
「あいつ――プライドレムは、自分以外の大罪龍を攻撃して回ってたのよ、屈服して仲間にするためにね?」
「で、屈服したのが憤怒龍だったんだっけか」
強欲龍は千日手で勝負がつかず――終始傲慢龍が優勢だったそうだが――怠惰龍と色欲龍は負けたが、屈服には至らなかった。
そして、
「――アタシは、勝負を挑まれすらしなかった」
「だったか」
「うん……で、プライドレムがアタシに会いに来た時――っていうか、正確にはプライドレムがグラトニコスに会いに来た時、その場にアタシもいたのよ」
それは――載ってなかったな、傲慢龍は嫉妬龍に目もくれなかった、とは書かれていたが。相変わらず、書かれていないところは結構適当に盛られたりする。
その極地たるリリスの顔を思い浮かべながら、僕は続きを促した。
「結果はプライドレムの完勝だった。で、アタシがよく覚えてるのはその後。グラトニコスは、喜んでプライドレムの傘下に加わったのよ」
「……ふむ?」
――それは、なんというか。
始めて聞く話では在る。ゲームにおいて傲慢龍と暴食龍の関係は、憤怒龍と傲慢龍ほど掘り下げられなかったから、想像の余地がある。
憤怒龍は完全に傲慢龍に屈服し、萎縮していたが、暴食龍と傲慢龍の関係はそこまで上下の差はなかったな。
暴食龍が下ではあったけれど、憤怒龍ほど傲慢龍の顔色を伺ってはいなかったはずだ。
そう考えると、喜んで傘下に加わったというのは、自然な話……なのだろう。割と、知らない情報だが違和感はなかった。
「それで思うの、グラトニコスは、プライドレムに対して執着があるんだわ。その執着は、私達にとっては攻略の鍵になり得ると思う」
「……なるほど」
「そしてその執着、アタシも無関係じゃないと思う。うまく言葉にできないんだけど、確信はある。アタシが行けば、あいつはアタシと戦いたがるはずよ」
執着。
そう言われると、それはたしかにそうなのだろう。僕にはわからない話だが、大罪龍には大罪龍の考え方や固執するものがあって、それはフィーだからこそ、分かるということなのか。
「……確かに、私は弱い。スペックは私が上っていうけど、熱線の威力はこっちが負けてるわ。一番頼りにしたい部分がそれじゃ、本当に上かっていうのも、ちょっと怪しいわよね」
「…………」
先程の戦闘でフィーの熱線が暴食龍の火球に押し負けたこと。気になってはいたけど、フィーも気にしていたんだな。
そして、その上でフィーはつまり、勝ちにいきたいわけだ。
「でも、いつまでもそのままでいる必要がどこにあるのよ。アタシ、少しは成長してるんだから」
そう言って、僕の方を見る。
「だってアタシ、貴方に色々なものをもらったわ。それがアタシを変えてくれて、貴方はアタシの一番大切な人。――でも、もらってばかりじゃ、アタシが納得できないの」
だから、
「――だから、次はアタシに返させて。貴方の力になりたいの」
鋭く、まっすぐフィーは決意に満ちて、こちらを見上げた。
それは、僕では到底変えられそうにない決意で、僕は少しだけ嘆息する。
「……そういうことなら、しょうがないな」
「じゃあ!」
「でも、一つだけ――君は僕に返したいといったけど、僕は既に君に色んなものをもらってる」
一つ、人差し指をフィーに突きつけながら、僕は言う。
「それに、君の言う返したいってつまり、僕に信頼してもらいたいってことだろ。それって、ある意味結局、もらってることには変わりないんだ」
「……随分、意地悪な言い方するのね?」
「君には、そういうほうが伝わるだろ?」
素直じゃない嫉妬の化身の額を、突きつけた人差し指で弾きながら、
「あう」
「――とにかく、僕はもう、君を十分信頼してる。安心しなよ、君がそう言うなら、僕はそれを信じるさ」
勝てるかわからない勝負。
相手の方が実力は上で、場合によっては、勝てないかもしれない戦い。
ああ、つまり。
「君の負けイベントに、勝ってくるんだ、フィー」
僕は、そう言ってフィーを、笑顔で送り出すのだった。
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