16.カッコイイ所を見せたい。
――士気錠卿。
対色欲龍戦で、色欲龍が一定時間戦闘が経過すると発動する常時展開型の特技。効果についてはすでに触れたとおり、全ステータスの大幅デバフと、概念技が一定確率で失敗するようになるというもの。
とはいえ、これはあくまでゲームにおけるデータ的な効果。
実際に現実で食らってみると、その極悪さが解る。意識に鉛が入ったかのように重苦しくなる。体を動かすにも億劫になり、立っていることすら気だるい現状。
僕たちは、檻の中に放り込まれたかのような状況だった。
「んふ、――さて、どうしようかしらぁ」
ゆらり、とエクスタシアが一歩、近づいてくる。
――動け。
「まずはキッス? それから優しく服を脱がしてぇ」
――動け。
「ああ、全身舐め回してあげたいわ。特にルエちゃんは、キレイな肌をしているから」
――動け!
「ひぃいい! や、やめてくれ! 私の柔肌はお母さんにしか見せたことがないんだぁ!」
――う、ご、け、ぇ!
「んふふ、私のことも、ママッて呼んで――」
「“
「……!?」
「あらぁ――」
――なん、とか。
撃てた! 概念技を撃つことすら、気だるさに呑まれてしまう状況。それでも何とか、BBを打ち出し、そのまま僕は前に出る。
「もう、そのまま寝ていてくれれば、天井のシミを数えてるうちに終わらせてあげるのに」
「お断りだよ!!」
だってなんか怖いんだもの! 女性の誘いという状況では受け入れられないくらい、怖いんだもの!
「強情ねぇ、で、も」
接近する僕に、エクスタシアは悠然と刀を向ける。
「――壊洛」
「……っ!」
溢れ出る爆炎に、僕はとっさに距離を取った。だめだ、近づけない!
一発でも貰えば、そこで概念崩壊を起こすようなHPなのだ。ならば、距離を取りながら、
「“B・B”!」
使い勝手のいい遠距離技を放つ。しかし、それは色欲龍が軽く体を捻って回避した。これもだめだ、遠すぎて当たらない。
加えて、遠くから狙うなら、色欲龍も相応の攻撃方法を取ってくる!
「んふ、“妖炎”」
「っく、ああ! “S・S”!」
発動――した!
何とかSSが間に合って、僕を妖炎の炎がすり抜けていく。凄まじいスピードで駆け抜けていくそれは、今のデバフ特盛状態では間を通り抜けることが難しい。
「あら、運がいいこと」
「……ああ、もう無茶をするんじゃない!」
師匠が、呼び止めるように叫ぶ。
「すいません師匠、ちょっとここで止まりたくないんですよ。まだ、いけます。なら、まだ戦える!」
「いやもう無理だろ!?」
――前に出る度に、ふらふらと揺らぐ視界に、ブレる体。現実になって解る。こんなもの、発動した時点で勝負にならない。その分、色欲龍は対策さえ万全なら発動前に押し切ることは可能なのだ。
今回、どちらも全く足りていない状態での戦闘だった。
なら、勝ち目は最初からなかったのか?
……考えろ、いや、考え直せ! 僕にはまだできることが在るはずだ!
「――ねぇ、どうしてそこまでするのかしら? とんでもない負けず嫌い……ってこと?」
ふと、色欲龍が手を止めて声をかける。
僕は倒れそうになる体を何とか剣で支えながら、重くのしかかるまぶたをこじ開けて、彼女を見る。悠然と立つその姿は、言うまでもなくこちらの倒し方を選ぶものだった。
今の色欲龍に、僕は抗うことなどできないだろう。
「そうだ……貴方が僕に勝ったつもりでいるから、そのつもりだけ僕は負けたくなくなる。前に踏み出したくなるんだよ」
「――――本当にそれだけ?」
――鋭く、色欲龍の言葉が突き刺さる。
なぜか、
体が止まった。一瞬だけだが、自分でもわからないが、どうしてか。
「……んふ、図星」
「…………えっ?」
「なんで師匠は、そんな意外なものを見る目で僕を見るんですか」
ちょっと心外だ。
でも、そうか、僕がすでに詰んでもなお、負けたくないことには訳がある。僕の信念以外の理由。エクスタシアだけが解る理由。
……ん?
「貴方ねぇ、頭に血が登りすぎよぉ。私に興奮してくれてるなら嬉しいんだけど、ち、が、う、でしょ?」
「……」
「貴方、私を前に別の誰かを気にしてる。そうねぇ、何を気にしてるかって言えば、かっこつけようとしてるの」
…………まさか、
と、自分でも思う。
でも確かに、それもそうだとも少し思う。
考え直せと僕は自分を叱咤した。けど、僕はその後何を考えた?
「――じゃあ、誰に?」
何も考えてないじゃないか。ただ、自分を叱咤しただけだ。どう考えてもそれは、冷静になれていない。初めて百夜と戦った時でも、もう少しキチンと物事を考えていたはずだ。
色欲龍の士気錠卿で頭がゆだっていた?
それだけじゃないだろう!
エクスタシアの視線が、ちらりと師匠の方を向いた。
「…………ふえ?」
師匠は、完全にぼーっとしていた。もう立っていることもつらいのだろう、その場にへたり込んで、顔を赤くしている。
明らかに、エクスタシアの気にやられているのが解る状態。
――自分に視線が向いて、そこで思考が再開したのだろう。その上で、僕を見て、先程までの会話を改めて認識して。
「……え?」
そして、もう一度僕を見た。
「ルエちゃんにかっこいい所みせたいのよね?」
僕は、
否定できなかった。
「…………!!」
師匠が、それを理解して。
「君!?」
ぼん、と蒸気を出しながら眼を丸くしている。
「君!?!?!?」
「師匠、落ち着いてください!」
――明らかにおかしくなっている!
「んふ、そうよね、そうよねぇ。幾ら私が何ならお先に二人でどうぞって言っても、大切な女の子にそういうことしたりするのは、気が引けるわよねぇ?」
「……何がいいたい!」
「もう、にぶちんにならなくていいんだから、私にルエちゃんをわたしたくないんでしょ」
僕は、否定……できなかった。
いや、そうだ、当たり前だ、だって師匠はまだ嫁入り前の女の子なんだから。いくら大人っぽくて、可愛らしくて、引く手あまたな美少女だろうと、まだ婚前なんだから!
「当たり前だろ!?」
「照れちゃってぇ」
「違う!!」
ああもう、自分は何を考えているんだ!?
どうにかなりそうだ。助けて師匠!
――そう思って視線を向けて。
顔を真赤にして、何も言えなくなっている師匠を見て、僕も何も言えなくなった。
「んふ、ふふふ。あははははは! んもう、もうもう! 初々しいわぁ!」
くっ、完全にエクスタシアが恋愛嗅覚過敏な母親になっている! 師匠的には祖母だから、間違ってはいないのだろうが!
いや僕的にも母なのか!? 嫌な母親だ! 5主には同情する!
「別に、ルエちゃんが食べれるなら私、すごい食べたいけど、ムリは言わないわよ?」
「だからそういうんじゃないって言ってるだろ!?」
「それはそれで傷つくだろ!?」
――師匠は黙っててください! というと怒られそうなので、スルー。
「ルエちゃんに関しては、しなきゃいけないわけじゃないもの、ね? 頑張って、我慢してあげる」
――少し、意外だ。
ゲームにおいて、彼女が一度そういう対象に相手を認識したら、もう止まらない。妥協なんてありえない暴走機関車と化す。
我慢なんて体に毒、と言わんばかりに暴れまわるのだ。
そんなエクスタシアから、我慢するなんて言葉が出る。
「で、も」
――それだけ、僕に秘密があるってことか?
……それはないはずだ。僕は負け主。ルーザーズ本編で、負け主に対してエクスタシアは何も言及しない。負け主には、それこそ5主のような特別な出自は存在しないはずなのだ。
「貴方はダメ。敗因くん、貴方は絶対に私と交尾してもらうわ」
「一気に真面目さが減るなぁ」
交尾って言った時点でIQが一桁下がるような気がしてならないのは、僕だけではなかったようだ。ともかく、あちらは我慢といい出した。
だったら、ある程度妥協できるのではないか?
あまり、彼女と交尾するのは気がのらないのだが――まぁ、理由はわからないが――それでも、こちらも妥協せざるを得ないだろうか。
ここで矛を収めるなら、まぁ引き分けということで――
「――――貴方がここで負けを認めるなら、私も我慢するから、ね?」
――――――――あ?
「あっ……」
おい、今目の前のこいつはなんて言った?
「……君の中でスイッチが入るのが、私にも解るようになってきたよ」
「――――師匠」
「ひゃい」
ため息をつきつつ、こちらを呆れた眼で見る師匠が、びくんと肩を震わせる。いきなりすいません、でも必要なことなので。
「後は頼みます」
「……君がこれから何をしようとしてるか、なんとなく解ってしまう自分がいるが」
師匠は、一瞬眼を伏せて、
「バカだろ、君は! ああもう!」
「……? どうしたの? ねぇ、敗因くん――?」
「――うるさい」
え、と色欲龍が驚いた声を挙げる。
うるさい、と僕は言った。色欲龍の言葉など、もう聞きたくもないからだ。語るに落ちるとはこのことか。何が引き分けだ。どう考えても僕の負けじゃないか。
色欲龍の言葉に浮かれて、そして彼女の言葉で冷水を浴びせられた。
一瞬にして思考が回転しはじめる。
冷静になれば、簡単なことだった。
「確かに僕は、師匠に格好をつけたいのかもしれないね、色欲龍」
「もう、エクスタシアって呼んで? これから、いっぱい楽しいことするんだから」
「――生憎と。そんなつもりは毛頭ない」
そりゃあ、僕の心にちょっとくらい師匠にいいところを見せたい気持ちはあるだろう。こんな形で師匠が汚されるのは不憫だと思う気持ちはあるだろう。
でもね、けど、だ。
「色欲龍。貴方のその、勝ち誇った態度が気に入らない。こちらはまだ何も終わっていないのに」
「でも、もう立ってるのもやっとじゃ――」
「――それを決めるのは、僕だ」
いいながら、ふらつく足を踏み出して、そして、
――駆け出した!
「――師匠ォォォオオオオオオッ!!」
「……ああもう! いってこい! バカ弟子!!」
考えてもみれば、今、僕が正気でいられないのは、あまりにも意識にのしかかる色欲龍の士気錠卿が重かったからだ。
技に失敗するのも、意識が飛びそうになるからだ。事実、本気で気合を入れて発動したSSも、BBも、発動した。
だったら気付けの一つでもスレばいい。
ただ、叩かれるだけじゃダメだ。概念使いに物理攻撃は通用しない。概念武器でも、直接的な打撃にはならない。あくまでHPを削るだけ。
概念使いにとって、一番の気付け、それは――
「……何を考えてるか、知らないけどっ! “壊洛”ッ!」
迫る爆炎。
それを僕は、モロに受けた。
「…………どうなってもしらないぞ!」
概念使いの気付け。
そんなもの。
概念崩壊による痛み以外にありえない。
体中を引き裂くような痛みに、僕は動けなくなる。
でも、倒れようとする体を、
「が、あああああああああああああああああっ!!!」
一歩、踏み出し。
足を地に叩きつけて、耐える!
「……まさか!!」
「もう、おそい……!」
――直後、師匠の投げた復活液の瓶が、僕の頭に突き刺さる! ああ、この状況下でナイス投擲です、師匠!
「だ、ああああ!」
「……嘘でしょ」
「嘘な、ものか……! もう一度言ってやる」
一瞬だけ、ふらつきながら、剣をエクスタシアへ突きつける。
――痛みを猛烈に叩きつけられた僕の体は、ああ――
「僕は、敗因。色欲龍、貴方の敗因になる者だ――!」
「……っ! やって……くれるじゃない!」
――絶好調だ!
◆
肉薄する。
いくら頭の冴えが取り戻されたからと言って、エクスタシアの攻撃が驚異であることに変わりはない。一度解除された士気錠卿のデバフも、時間をおけば復活するだろう。
だからここが勝負の分かれ目だ。
――出し惜しみは不要。ここで全ての決着をつける。
「――――ぉおおお! “S・S”!!」
思えば、邪念が混じっていた。
ゲームにおいて、常に色欲龍は人類の味方だった。プレイヤーとしても、慣れ親しんだイメージが強く、それに印象が引っ張られていた。
色欲龍なら、負けても死にはしないだろう。そんな意識が、どこか僕に隙を作っていたんだ。
「……“色牙”!」
「“B・B”! “S・S”!」
SBSで、攻撃を透かしながら、コンボを稼ぐ。
――それが、師匠に格好をつけたいなんて理由に変わって。僕はそこで満足しようとしていた。これが命を賭けた戦いなら、一発でスイッチも完璧に入っただろうに。
意識が切り替わり切っていなかったんだ。
「――ッ、“死奇翼”」
「“S・S”」
――必殺の三連撃、色欲龍最大の一撃を、薙ぎ払うようにSSを横ぶりで放ち、躱す。続く二発目も、AAを、三発目には、SSを。
今度はSBSも使わず、それぞれの無敵時間だけで躱していく。集中していれば、見え見えのブッパなど、呼吸と同じ要領で回避できる。
思えば、僕はもともと、追い詰められないと真価が発揮できない人間なのだろう。ゲームで負けイベントに挑んでいたときも、リトライができる状況であれば、僕は肝心な所でミスをしていた。
僕がゲームで負けイベントに勝利するのは、大抵疲れで集中力が低下したことで、逆に余計なことに意識を回さなくてよくなったタイミングだ。
「……“妖炎”ッ」
――攻撃のモーションで、滑り込むように移動する。解っているぞ、色欲龍。最初からそこに、僕はいない。回転する炎が、僕の側をすり抜けていく。
逆に、最初の百夜戦。それまでほとんど成功しなかったSBSが、土壇場で成功した理由は何だ? 体から、余計な力が抜けていたからだ。
「なにそれ……さっきまでとは、動きが別人じゃない……!」
「――“G・G”!」
コンボが、上位技まで到達する。
ここからは、一気に色欲龍のHPを削り切る。先程までのダメージと、ここからのコンボ、足りるはずだ。このままコンボを繋いで、“最上位技”までたどり着けば――
「……ははは、これがうちの弟子だよ、色欲龍。バカなんだ、少しばかりね」
「これはもう、バカって段階じゃあないでしょう――!」
――ああ、もうさっきから。
周りの言葉も、耳に入らないくらいだ!
「“
BBの上位技。より強力な防御デバフ、これで準備は整った。コンボを繋いで、最後の一手にたどり着く。
最上位技。全てのプレイアブルキャラに一つ設定されたそれは、その名前の通りそのキャラクターの最強技だ。
僕のそれは、その時、敵が受けているデバフの倍率を倍にして計算する効果がある。デバフの効果が重複するルーザーズ・ドメインにおいて、防御デバフを重ねまくったその一撃は、文句なし、ぶっちぎりのゲーム中最大火力。
これを超える一撃は、師匠の概念起源以外では見ることができないという代物で、ゲーム中でも、僕が愛用していた物だ。
「これで終わりだ、色欲龍――ッ!」
「ああ、もうどうしてそこまで――――!」
――剣を振りかぶる。色欲龍の刀は、僕の体をすり抜けた。
もう、僕を止めるものはなにもない。
喰らえ色欲龍。これが僕の最大の一撃にして、このゲームのある意味代名詞とも呼べる技。そしてお前の、敗因だ!
「“
――――しかし、そこまでやって、僕は気づいた。
ああ、これはだめだ。
発動できない。
「……何とか間に合ったわね」
士気錠卿の効果が、再び僕の体を支配したのだ。
「――――あ、ぐ」
体が重い。先程までの高揚感が嘘のように、体から力が抜けていく。後少しなのに、後一歩なのに。後一撃、攻撃を入れれば僕の勝ちなのに。
色欲龍の目の前で、その一歩がどうしても届かない。
どうする、どうすればいい? ダメだ、思考がまとまらない。振り上げていた剣も、高まっていた意識も、何もかもがすり抜けていく。ずり落ちていく。
だめだ、だめだ、だめだ! ああ、もうだめだ、としか考えられない!
「もう、手こずらせてくれちゃって。で、も。これで今度こそおしまい、ね?」
「……ま、だ」
「も、う。ダメよー? 無理しちゃ、この後が持たないんだから」
まだ……まだ……
――崩れ去る意識の中で、僕は少しだけ考えた。
色欲龍エクスタシアは、とても麗しい女性だ。見るものを魅了し、彼女の相手ができるなら、死んでも構わないという男性は山程いるだろう。
中には、バツとして彼女に搾り取られて、トラウマになるものもいるそうだが、そんなものは自業自得で、少数派。
僕だって、普通なら彼女の誘いを嫌がる理由はないのではないか?
僕が意地になっていたのは、師匠が一緒にいたからで、そして彼女の言葉にスイッチが完全に入ってしまったからだ。
でも、始まりは違ったはずだ。負けたくない、以外の理由で僕は彼女の誘いを断ろうとしたはずだ。師匠が断ったのは、彼女が師匠の祖母で、同性だから。
でも、僕にそれは通用しない。僕に彼女と血がつながっているという意識はない。
いや、だからこそ?
――だからこそ、なにかまずいと、思ったのか?
ああ、そうだ。
――――なにか、まずい気がする。
正直、この時僕はここまで思考を回したわけではない。ただ迫りくる敗北を前に、それがなにかまずいことになる予感だけが猛烈に感じられて、
ただ、一歩を踏み出さなければいけない気がしただけなのだ。
その上で、僕は色欲龍を止めなくてはならない。その場合、どうするか。彼女の虚を突くしかない。だから、
だから――体を前に突き出して、もともと、倒れ込みそうだった体の重心を、前にずらして、
「……ん?」
僕は、
――色欲龍に、口づけをした。
「――」
「な――」
この時、彼女は完全にその気になっていたから。
僕はそれを利用するだけでよかった。
口づけをした途端、色欲龍は眼を閉じて、それを受け入れた。だから、
彼女の体を押し倒し、その喉元に剣を突き立てた。
「こ、れで」
「えっ?」
「えっ?」
師匠と、それからエクスタシアの声が同時に聞こえてくる。なんだろう、僕は何かおかしなことをしたのだろうか。もう、意識がはっきりしない、自分が何をしているのかわからない。
「――僕の勝ち、ですよね」
あとは剣を押し込めば、それで終わりだ。そうだよな? 何も僕は間違っていないよな?
「あ……」
そう言われて、色欲龍は手から発炎刀を取り落した。地に落ちると同時、溶けるように発炎刀は消えていく。戦闘終了の合図だった。
同時に、僕は正気に戻った。
「……ん?」
今、僕は人として最低なことをしなかったか?
思い返して、ぶわっと背中から汗が吹き出る。――そして、
「………………なぁ?」
背後から、とても、とても冷たい師匠の声が聞こえた。
「はい」
僕はもう、完全にその時、この場における正当性を全て失っていた。たとえ勝ったとしても、たとえそうする必要があったとしても。
もし今後、この勝利に色々なものが救われたとしても、
この一瞬だけは、僕が何よりも悪者だった。
――押し倒したままの色欲龍が、潤んだ瞳でこちらを見つめる。
やめてください、まじでやめてください、こっちが勝ったんですよ!?
師匠もなにか言ってやってくださ――
「――――最低」
ぷいっと、泣きそうな顔で師匠に言い放たれ、
僕の心は、粉々に砕けるのだった――
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