第57話 姉さんと呼ばれた日

「ど、どうして」


「アーサー様!」


ルーシーは満面の笑みでアーサーに近づいた。


「どうして、どうやって」


アーサーは驚いた表情で2人を見つめた。


「今日は誕生日なんだろ?」


シスカは、スッとアーサーに近づいた。


「ケーキとか用意できなかったけど、話しがしたくて屋敷に来たんだ」


アーサーは窓の外を見た。ここは2階だ。

どうやっても入ってくることなんてできないはずだった。


「レズリ―お嬢様が、手伝ってくれたんだよ」


レズリ―が。

全く自分と接点のなかったレズリ―が、どうして。


「静かに過ごしてね」


レズリ―のいった言葉を思い出したアーサーは、目を見開いた。


「エイズラさんとかも渋々助けてくれましたよね」

「この屋敷使用人の数だけは多いからアーサー様のお食事中にお部屋に侵入してエイズラさんに案内してもらったんですよ」


目の前にいるはずのない2人の会話を聞きながら、アーサーは胸を押さえた。


「ジゼルお嬢様たちも来れればよかったんですけどね・・・見つかると色々厄介なことになりそうですし」

「最悪シスカさんだけ来てくれればいいかと思っていたんで大丈夫ですよ」


「賑やかだな」


いつも部屋に1人きりだった。

そこに、よくしゃべるルーシーがやってきた。


「お誕生日、おめでとうございます」

「お誕生日、おめでとうございます」


何もかも決まった人生で、目の前が灰色な毎日だった。

行きたくもない知らない身内の結婚式。興味がなくて抜け出したアーサーは、そこでシスカに出会った。


『・・・そうだな、そんなのおかしいよな、結婚って言うのはもっと夢があって、幸せなものだ。子供にそんな風に言わせてはいけない大事な行事のはずだ。それがどうだ、今日の結婚式は大人同士が勝手に決めて、お嬢様を道具みたいに、絶対に許せない』


そういったシスカに、アーサーは何をいっているんだと思った。

結婚に夢なんかなくて、幸せなんかなくて、大事な行事というのは建前で、大人同士が勝手に決めて、そういうものなんだ。

エヴァ―ルイス家に生まれたからには、道具として生きるのは当たり前で、それは諦めなくてはいけないことで、ずっとこのままなんだ。


『変えなくちゃ、こんな運命を』


だが、シスカは走っていった。

どこの誰かわからないけれど、どうせ無理だ。を、無茶なやり方で変えてしまった。

2人で逃げていくのを見て、結婚式からジゼルを連れ出すのを見て、アーサーは涙を流した。

僕にも、こんな風に運命から救ってくれる人がいれば。

そんなこと、生まれて初めて思った。


何かを望むことがなかったアーサーが、生まれて初めてそんな風に感じたのだ。

ずっと心の中にあった感情が奥底から湧き出てきたように、アーサーは無意識にそう感じて、気づいたら涙を流していたのである。


アーサーは自分にも、もしかしたら救いがあるのかもしれないと思った。


そして、その後ルーシーに出会った。

絶対に他人に心を開くことのなかったアーサーが、ルーシーを見て彼女は、彼のように僕を救おうとしてくれているのかもしれないと感じた。


そして少しずつ心を開いていったのである。


「友達になろう、アーサー君。ルーシーさんからアーサー君の話を少し聞いたんだ。屋敷から出られないなら文通でもいい、また外に出られたら一緒に遊ぼう」


アーサーには友達がいなかった。持つ必要もないと思っていた。

でもあの結婚式の時、初めてシスカに出会ってまたあの人に出会いたいと思った。

使用人にしたいが、恐らく無理だろう。

ジゼルのことを思い出しアーサーは無表情のまま考えた。

こういう時、どういう風になるのが正しいのだろうか。


「あぁ、僕と友達になってほしい」


アーサーは、そういってシスカの手をとった。

ルーシーはそんなアーサーをみてやっと子供らしい表情が見えたと涙がでそうになった。


「今度客人としてシスカたちを屋敷に迎えることにする。絶対する」


アーサーは懐いた。

両親に全く懐かなかったアーサーは、シスカからぴったりくっついて離れなかった。


「その時はケーキを持ってくるよ」

「うん」


アーサーは、少し微笑んで頷いた。


「今までの誕生日の中で、こんなに賑やかだったのは初めてだ」


アーサーはそういって満足気に腕を組んだ。


「え?そんなにうるさかったですか」

「嘘、もしかしてやばい?」


使用人2人は顔を見合わせてあたふたしているが、アーサーはそんな2人を穏やかな眼差しで見つめていた。

嬉しそうなアーサーを見てルーシーも思わず笑みがこぼれた。気づいたら時間は0時を回っている所だった。本当にアーサーの部屋には誰も尋ねないらしい。

安心していたシスカだったが、エイズラがヴァヒネの紅茶に薬をいれたり色々手回しをしてくれたことを知らないだけだった。


「使用人だというのに主人を愛し、結婚式から救い出すというのは素晴らしかった。シスカたちが結婚するときは呼んでくれ」


「ち、ちがうよ!?」


焦るシスカに対し、アーサーは腕を組んで考え込むように俯いた。


「そういえば、シスカの仮面って、本当にシスカのものなのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」


シスカは忘れていた。


「前にどこかで、あの仮面を見た気がするんだ」


自分の仮面は、あの時パーティで落ちていたものだということを。


「その・・・それは」


心臓がばくんと跳ねあがった。汗が自然と吹き出し、シスカは手を握りしめた。

アーサーならその本当の持ち主を知っているんじゃないだろうか。

シスカは、そのことを言おうと思ったが、


「もうそろそろ帰った方がいいわ。外に馬車を待たせてあるからこっそり部屋から出て帰るといいわ」


ルーシーはシスカに親指を立てた。


「・・・うん、ありがとう」


シスカはゆっくり立ち上がった。


「アーサー君、また会おうね」

「あぁ」


そして、2人は別れた。

シスカの心はもやもやしていた。


『前にどこかで、あの仮面を見た気がするんだ』


「・・・・・・・・・・・・・・・」


次の日、自分の屋敷に帰ることになったアーサーは、帰る前にレズリ―の部屋を訪れた。


「・・・!な、アーサー!?」


自分の部屋を訪れたアーサーに驚愕したレズリ―だったが、すっと手を差し伸べられて余計に困惑した。


「昨夜はありがとう。本当に」


「・・・・・・・・」


まさかお礼を言われるとは思わなかった。

あの人形のようで何を考えているかわからないアーサーが。


「・・・えぇ」


まさか初めて言葉をまともにかわすことがこんなことだとは。


「ワタクシも、ジゼルに資金援助をしてくれてありがとう」


レズリ―はそういってアーサーの手を握った。


「また来るよ、姉さん」


「ね・・・・・・・・・・・・・・・・っ!?」


アーサーはすこぶる機嫌がよかった。無表情だが気持ちはるんるんだったのだ。

そしてそのまま、ルーシーと自分の屋敷に帰っていった。

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