第26話 病院へ急げ

「すみません、レズリ―お嬢様。ちょっと、出ていくであります」


マチルダはそういって屋敷を飛び出そうとした時、電話が鳴った。


「シスカです・・・マチルダさん、ごめんなさい、ごめんなさい」


シスカは、大粒の涙を流しながらまだ寝ていなくてはならないとナースさんに言われていたのを振り切り目を盗んでマチルダに電話をかけていた。

頭には血のにじんだ包帯を巻き、激しい痛みと心身をうずまく不安がシスカを襲っていた。


「どうしたでありますか、シスカ殿」


マチルダは、眼鏡をはずした。これはただでごとではない、シスカがジゼルと出かけて泣きながら謝り電話をかけてくるなんてこと、ただごとでないに決まっている。そして、冷静かつ鋭い眼光でシスカに問いかけた。


「俺とジゼルお嬢様の乗っていた馬車が襲われました。御者のおじいさんは重症で・・・俺が至らなかったばかりに、お嬢様が・・・お嬢様が誘拐されてしまいました、どうしたら・・・俺のせいでお嬢様が・・・」


シスカの動揺しっぷりにマチルダは、どんと力強く壁を殴った。


「後悔しても仕方ないであります!!!」


壁がへこみ、電話の向こうにもその音は重く響いた。


「・・・!」


「シスカ殿、冷静かつ端的な状況説明を求めるであります」


シスカは、冷や水を浴びせかけられた気持ちになり、マチルダの喝によって少し冷静さを取り戻した。


「はい、馬車を襲った男たちは顔を黒い仮面で隠した5人組でLF(エルエフ)がどうとか言っていました・・・いきなり現れて俺たちを襲い、馬車で逃げたようです。人気のない場所で襲われたので目撃者はいないと思われます」


「LF(エルエフ)・・・エルフの会の裏の名前であります」


エルフの会・・・またでてきた。その名前を聞いてシスカはぞくりと背筋に冷たいものが走るような感覚に襲われた。


「シスカ殿は今どこにいるでありますか」


「・・・俺は病院にいます。でもこれから今すぐにでも抜け出してジゼルお嬢様を助けにいきます」


シスカは、ずきずきと痛む頭を押さえながら、額に脂汗をにじませそういった。電話ごしからでも、シスカの容体は明らかに悪そうであった。


「シスカ殿は何をされたんでありますか」


マチルダは、淡々とシスカに問いかけた。


「俺のことはいいんです、ちょっと頭を殴られたり蹴られたりしただけですから」


マチルダは、それを聞いて拳をぎりりと握りしめた。


「いや、大丈夫であります。シスカ殿は病院で休んでいてほしいであります」


「嫌です」


「正直いって足手まといであります、大体目星はついているであります。私1人で行くでありますよ」


「それなら尚更行く、女性1人で行かせるわけにはいかない!」


シスカは、自分でも敵わなかった屈強な男たちを思い出した。いくら人間離れした怪力を持っているマチルダでも流石に敵わないだろう。


マチルダは、シスカの言葉に口をつぐんだ。女性1人?私をか弱い女性だと思っているのか?


「それに俺は約束したんです。ジゼルお嬢様がピンチになったら助けにいくって!お願いします、一生のお願いです、目星がついているなら場所を教えてください、俺は、行かなかったら死ぬほど後悔します」


シスカの必死の懇願に、マチルダは目を細めた。

そして、すうっと電源が切れるように目を閉じ眼鏡をかけた。


「・・・わかったであります。じゃあ、一緒に行くであります。シスカ殿の病院名と病室を教えてほしいであります」


マチルダは、いつもシスカに話しかけるような柔らかい話し方で問いかけた。


「ダイアナ病院で、305号室です!」


「すぐ向かうであります、絶対に勝手に病院から出たり動き回ったりしないでほしいであります。”いてもたってもいられなかった”なんて言い訳はこの非常事態に通用しないでありますからね、大人しく病室で待っていてほしいでありますよ」


マチルダは、子供に言い聞かせるようにだが棘の鋭い言い方でそういうと、


「わかりました、待ってます。マチルダさん、お気をつけて!」


素直な返事が返ってきたのを確認し電話を切った。

マチルダは、大きく殺気立ち血走った目で呟いた。


「私の大切なものを傷つけるヤツは、絶対に許さない。この世に産まれたことを後悔させてやる」


そして、ベットの下から武器の入った肩掛けカバンを取り出し屋敷の閉じまりをすると、全速力で屋敷から飛び出した。


屋敷からマチルダが飛び出した後、レズリ―からの電話が静かな屋敷に鳴り響いていた。

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