第83話 不穏

「ほ……」


「ほ?」


「ほ、本当に人間ですか?」


「あら?」


 思わずそんなことを聞いてしまった。

 気づいた時にはそんな言葉を発していた。

 かなり失礼なことを言ったのではないだろうか。

 どうしよう……怒ったりしてないといいけど。


「ふふっ。もちろんあなたたちと同じ人間ですよ。少し老いるのが遅くなってしまっただけです。驚かせてしまいましたかね?」


 そう言って彼女――ユミエラさんは微笑んだ。

 その表情が本当に女神にしか見えなくなってしまった。

 こんな小さな子供を魅了するなんて、罪な人ねっ。

 ……別に、そんなに小さくなんてないし。


「それにしても、懐かしいわぁ。あの転移陣を使ってよくアリアたちが来てたのよ。カンナちゃんが少し大きくなってから、彼女も忙しくなって来れなくなってしまって………………少し寂しかったわ」


「えっと……その……」


「でも、あなたたちが来てくれた。それだけで私は嬉しいわ。ありがとう。歓迎するわ」


「「は、はいぃ……」」


 ときめきの許容量をとっくに超えています。

 これ以上は、もう……。

 なんか、彼女と会ってからおかしくなっている気がする。

 カナモはカナモでさっきからポーっとしてるし。


「今うちにもね、あなたたちと同じくらいの子がいるのよ。――――タマモ。こっちへいらっしゃい」


 ユミエラさんの奥にある建物から、私たちと同い年くらいの少女が出てきた。

 全体的に黒く、毛先だけが金色という特徴的な髪が目を引いた。

 瞳は海のような深い青色。とても幻想的だった。


「ほら、ご挨拶なさい」


「…………タマモ」


 恥ずかしそうにユミエラさんの後ろに隠れる少女――タマモ。

 ひょっこりと顔を出して名乗る姿がとっても可愛らしかった。


「ごめんなさいね。この子、少し人見知りで。時間が経てばいずれ慣れてくるから。タマモ、お茶とお菓子の用意をしてくれる?」


「……かしこまり」


 そう言い残して駆け出して行ってしまった。

 何だか無性に撫でたくなる子だったな。

 その時、突然周囲の空気が変化した。

 異様な空気に包まれ、不安に思っているとユミエラさんが私とカナモの肩を抱き寄せ、剣呑な声を出した。


「カイ、来なさい。――――それで、あなたはここに何か御用でも?」


 誰かの名前をよび、大樹の方を向いて話しかける。

 すると、ユミエラさんの後ろに大きな白い虎が、大樹の下ではぼやけた人影が現れた。


「これはこれは、精霊の姫よ。お会いできて光栄ですな。その様に警戒する必要はありませぬ。私は屋敷にあった陣の残滓を辿ってきただけ。今の私は魂だけの存在。そうでなくともただの老獪に何かできるはずもなく。この度は、ご挨拶をば」


「……不愉快ですね。ここはあなたのような方がいらっしゃる場ではありません。早々に立ち去りなさい」


「ええ、ええ。そう致しましょう。なにせ、この状態を長時間続けては本体に影響が出てしまうでしょうから。しかし、何かしらの置き土産でも残しておきたいと思うのです。ですから、あなたに少しだけお伝えしておきましょう」


「…………」


「――――あなたの御実家の方々、まだ生きておいでですよ。今は私の下で働いております。それと、近々この森を足掛かりに大陸を制覇する予定です。頭の片隅にでも入れておいていただければ。それでは……」


 そう言って怪しげな人影は消えた。

 険しい顔をしたユミエラさんの心にしこりを残して……。








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