番外

第28話 ミシェルの一日

 私の一日はお嬢様を起こすことから始まります。

 ここに来てからの日課です。

 以前のお嬢様は睡眠に時間を取ることすらままならない生活をしていました。

 短時間の仮眠で勝手に目が覚めてしまう。眠気を誤魔化すかのように笑顔を振りまくお嬢様を見ているのはとても辛かったです。


 しかし、今はそんなことはありません。

 好きなように寝て好きなように遊び好きなように食べる。まるで子供のような生活です。

 それがお嬢様にとってどれほどの幸福か。見ていればよくわかります。


 さて、そろそろ起こしに参りましょう。

 お嬢様の部屋に入るときはノックをしません。

 この時間は起きていませんし、何より私のお楽しみの時間なのです。


 お嬢様が三人は並んで寝れるくらい大きなベッドの中心で、幸せそうに眠っていました。

 ここに来た当初、お嬢様はびっくりするくらい寝相が悪かったのです。

 枕に足が乗っていたり、上半身が落ちていたり、極めつけは扉のすぐ横で土下座状態で眠っていました。

 一体どうしたらそんな姿勢で寝れるのか不思議でしたね。お嬢様の知られざる一面でした。


 そんなお嬢様の寝相を改善すべく、私はあるものを作ってお渡ししました。

 それは、等身大カイの抱き枕です。ダダの抱き枕と侮ることなかれ。

 これは本物のカイを完全再現しているのです。毛の触感と抱き心地の柔らかさ。まさにカイそのものです。

 もらった時のお嬢様のとびっきりの笑顔ときたら。それはもう、今思い出しても吐血してしまいそうなくらいです。

 この抱き枕のおかげでお嬢様の寝相は改善されました。

 現在もカイ枕を抱いて眠っています。そのお姿は美しい大人の女性とは真逆のあどけない少女です。


 なんて尊い。鼻血が止まりません。

 毎日見ているはずなのに、なんという破壊力でしょうか。

 このお姿を後世に残すべく、私は能力をフル活用し三百六十度全方位から動画を撮影、そして一眼レフカメラにて写真に収めます。

 これも日課です。お嬢様のビデオとアルバムでもうすぐ一部屋埋まりそうです。

 はぁ~……。いつ見ても何度見ても尊いです、お嬢様最高です。


「――んぅ……ふぇ、みしぇる? いたの? というかどうしてそんなはなぢをだしているのぉ?」


「おはようございます、お嬢様。朝ですので起こしに参りました」


「あら、もうそんな時間なのね。起こしてくれればいいのに」


「いえ、ちょうど起こしに来たらお目覚めになられたのです」


「そうなのね。おはよう、ミシェル」


 ふわっ!? 眩しい!お嬢様の笑顔が眩しすぎる!

 そのような顔をされたら、ちょっと罪悪感が。

 嘘ついてごめんなさい。でもバレるわけにはいかないのです。


「なにしてるのー? 朝食にしましょうー」


「はい。すぐにお作りします」


 私が朝食を作っている間、お嬢様はあいさつに来る動物や精霊たちと楽しくお話をなさっています。

 動物たちも毎朝律儀なものですね。

 精霊とティア様はカイと戯れています。カイのための朝の運動だそうです。


 朝食を済ませた後、今日は街に行く日なので私は準備をします。

 私が街に行っている間お嬢様はカイやティア様たちとお散歩をするそうです。

 いつもその日は何を見つけたかと楽しそうに話すお嬢様は可愛いのです。

 帰ってくるのが楽しみですね。


 街へ行ったら最初にギルドへ行きます。

 お肉の解体を依頼し、その間に市場で散策です。

 ガッフの街ではこうしていろいろな地方から商人がやってきてものを売っているのです。

 ときどき珍しいものがあるので、街に来たら必ず来るようにしています。

 ――こ、これは!?


「お、おじさん、これってもしかして……」


「お? メイドの嬢ちゃんか。今日も東洋国家から珍しいもの仕入れてきたぜぇ。まずこの二つは調味料なんだが『ミソ』と『ショウユ』って言うらしい。使い方は知らん。東洋国家じゃ一般家庭でもよく使われているものらしい。

 それでこれが穀物なんだが『コメ』って言うそうだ。東洋国家は主食としてこれを食べるって話だ。どんな料理か知らんけど美味いんだろうかねぇ」


「買います。ここにあるもの全部ください」


「お、おいおい本気か? かなりの量あるけど大丈夫かよ」


「問題ありません。全部買い取ります。なので東洋国家でまた珍しいものを見つけたら持ってきてください」


「ははっ。こいつは参ったな。またあっちに行かなきゃならんなぁ」


 おじさんは豪快に笑い、売っていた味噌醤油米を渡してくれました。

 ああ……この世界でもあったなんて。今日はいい買い物ができました。

 おじさんに多めにお金を払いその場を後にしました。

 そのあとは街を歩き回り、顔見知りになったお店の店員さんたちから少し近況を聞き、ギルドに戻ってお肉を受け取ります。

 時間はお昼を少し回った頃でした。

 いけません。お嬢様がお腹を空かせて待っているでしょう。急いで帰らねば!


「あ、ミシェル、おかえりなさい」


「お、お嬢様、何を?」


「ミシェルが少し遅かったから、たまには自分でも作ってみようかと思ったのよ。でも難しいわね。ミシェルみたいに上手にできないわ」


 家に戻るとお嬢様がキッチンで果物を切っていました。

 ななな、なんと危険な!

 お、お怪我はなさっていないでしょうか!? お嬢様の全身をくまなく確認します。


「み、みしぇるっ。大丈夫だから。手も切ってないし、ましてやそんなところに傷なんてできません!」


「はっ! 失礼しました。遅くなって申し訳ありません」


「い、いいんだけど、鼻血どうにかしなさい」


 おっと。こんなに頻繁に血を出していたら貧血になってしまいますね。

 何か対策を考えましょう。


「すぐに用意しますので、そちらに座って待っていてください」


「ううん。今日は見てるわ。ミシェルがどんな風に料理しているかね。それで今度は私にも料理を教えてくれる?」


「ええ、もちろんです」


 お嬢様が切った果物を使って簡単なサンドイッチにします。

 まずは包丁の使い方からお教えしましょう。


 お嬢様はいつも美味しいと言って召し上がってくれます。

 メイド冥利に尽きるというものです。幸せです。

 私は当然三十分の祈りを捧げてから食べました。なんせお嬢様がお切りになった果物を使っているのですから。


 そのあとお嬢様はまたお散歩です。

 ティア様とカイを連れて出かけていきました。

 その間私は購入してきたものを使い夕飯の仕込みをしようと思います。


「ミシェルも一緒にお散歩行きましょう?」


「ティア様、いつの間に」


「朝の散歩でいいところ見つけたの。ユミがミシェルと一緒に行きたいって言うから戻ってきたわ」


「うれしいのですが、私はこれから仕込みを……」


「大丈夫よ。すぐにつくから」


 そう言ってティア様は私の手を取り、転移を使われました。

 さすが精霊王ですね。魔力も感知できませんでした。


 転移した先は色とりどりの花が咲き誇っていた、お花畑でした。

 何が咲いているのかは全然わかりませんが、とても、とてもきれいな光景でした。

 視線の先には花冠をつけ、動物と精霊に囲まれた女神がいました。いえ、あれはお嬢様ですね。

 あまりに尊すぎて女神様と勘違いしてしまいました。

 そんな女神の視線がこちらに向き、小走りで駆け寄ってきました。


「ミシェル。あなたにもこれ。ふふっ、似合ってるわ。お揃いなのよ?」


 私の頭に同じ花冠を乗せ、女神が微笑みました。

 いつの間に私は天国に足を踏み入れたのか。

 こんなにも、こんなにも心が幸せになるなんてあるでしょうか。いいえ、ありませんとも。

 このまま死んでも悔いはありません。安らかな気持ちで永遠の眠りにつけます。


 私はそのまま、動物たちと遊ぶお嬢様を眺めること二時間。

 目の保養は完璧です。これであと三年はいけます。

 先に転移で戻り、先ほどやろうとしていた夕飯の仕込みをします。

 仕込みが終わったタイミングでお嬢様が帰ってきました。


 遊び疲れて帰ってきたお嬢様とお風呂に入って汚れを落とし、お嬢様にお茶をお出しして夕飯を作ります。

 今日はいいものが手に入ったので早速作りました。

 炊き立てのご飯に醤油をベースに下味をつけた唐揚げ、それとお味噌汁です。

 お嬢様は見たことのない料理を前に首を傾げていましたが、私にとっては懐かしい料理です。

 ああ……美味しいです。久々に和を感じました。

 お嬢様もお口にあったようでとても美味しそうに召し上がっていました。


 食後はお嬢様とティータイムです。

 今日あったこと見つけたものについて楽しそうに話されます。

 ティア様やカイ、他の精霊たちも加わり、楽しい一時でした。


 夜も更けてきてお嬢様が眠そうにしているのでお開きです。

 半分眠りこけているお嬢様を寝室まで運びベッドへ。


 そうしてお嬢様が寝入ったのを見届けてから私も自室に戻り眠ります。

 明日もまた、今日とは違う幸せな日になることでしょう。


 これが私の幸せな一日です。では、また明日……。










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