第78話 エピローグ 4
「ガリレいるか?」
俺は一人で、ガリレの家のリビングに転移してくると、代わりばえのしない家の中を見回した。相変わらず趣味の悪いソファーがこれ見よがしにリビングの中央に置かれている。
黒と緑のチェックのソファーは、ナチュラルな質の良い家具でそろえられたリビングで浮いていた。以前、なぜこの柄なのか聞いたことがあったが、何でも伝統的な由緒正しい柄でお気に入りだそうなのだ。
ガリレの趣味はわからん。
ふとリビングの横の部屋の扉を開けてみる。
あの時と同じ絨毯にベットカバーが、まるでタイムスリップしてきたように綺麗なままの状態で使われている。こちらは落ち着いた色合いのシンプルな北欧風の柄だ。
相変わらずこの家の中は時間が止まっているようだな。
「懐かしいか?」
ガリレが階段を使って降りて来た。
俺は黙って扉を閉めるとソファーの前の揺り椅子に座った。10年前ここが俺の定位置だった。揺られながら目を閉じるとギッシギッシと床に擦れる音まであの時と同じだ。
「珍しいな」
「ああ、ダンジョンで拾ったんだ」
俺はパタパタと俺の周りを飛びまわり、あちこち匂いを嗅いでは固そうなものにかじりついている黒竜を見た。歯……牙が生えてきてどうもいづいらしく、終いには、天井からぶら下がっている薬草の束をガシガシかじっている。
苦くないのか?
「いや、お前が俺の所に来るのがだ」
ああ、そっち。
「ここにはあまりいい思い出がないからな。それよりこの黒竜をしばらく預かってくれないか? 育ち盛りなのかメチャメチャ食うんだ。ここなら餌に困らないだろ」
俺がそういうとガリレは電灯の上にぶら下がっている黒竜を目で追った。
怒りださないのが不思議だが、これは案外脈ありかもな。
「代替わりしたんだな」
え?
「もしかしてダンジョンで会った黒竜を知っているのか?」
まさかガリレがこいつのことを知っているとは思わなかった。
「お前はすっかり忘れているようだな。そろそろ思い出してもいいころじゃないか?」
「思い出す? ってもしかしてこいつが来てから見るようになった夢のことも知っているのか?」
黒竜が来てから、たくさんの夢をみる。これ以上夢を見たくなくて、ここに連れてくることにしたのだ。
「夢ね……それは古い記憶だ。お前だってわかっているんだろ」
ガリレに言われ、どうやら認めなければいけない時が来たようだと悟る。長い間目をそらせていた記憶。
それを思い出してしまえば、アリスに言わなければならない。
気づかないふりをしていれば、今のままでいられる。
俺はつくづく臆病者なのだ。
長い沈黙のあと、ガリレがコーヒーを差し出した。
「どこまで思い出したんだ?」
俺は、フーッと長いため息をつき、ぽつりぽつりとガリレに話した。
どうせ、ガリレは何もかも知っているに違いなにのだ。
「俺が、莫大な力を受け継いでしまったと気づいたのは、ここの修業が終わってすぐだ。その時はそれが何の力なのか分からなかったが、俺はそれを受け入れた」
アリスのためどうしても強くなりたかったのだ。
それがたとえ悪魔の力であってもあの時の俺は受け入れていただろう。
俺がガリレの所に修業に出されたのは、拾われてすぐ、反発してまたスラムに舞い戻り、アリスが迎えに来てくれたあとだった。今思えばアリスを独り占めしたくて、構ってもらいたかったのだ。
ガリレが時を止めた森で一人魔物相手に修業をしていた時、日に日に体の中に蓄積されていく魔力を感じた。それは初め俺の力が目覚めていく過程だと思っていたが、ある時ガリレが描いた魔法陣を見つけた。
魔法陣の下には巨大な力が封印されていて、その力は俺の中に蓄積された魔力と同じものだった。
封印が解けたわけじゃないし、修行を終えた俺を見てもガリレが何も言わないのでそのまま受け取ることにした。
「そこまで気づいていてなぜ俺に真実を聞きに来なかったんだ? まあ、なんとなくわかるがな。おおかたアリスの側にいられなくなるのが怖かったんだろう」
図星を刺されて俺はバツが悪くなり、黒竜を手招きして頭を撫でてやった。
「だって、仕方ないだろう。俺の中にある力はどう考えても闇の力だった。もしも、俺が魔族ならアリスの側にいていいのか考えると不安で……魔族が浄化魔法を使えないと知ってからは必死で使えるように練習した」
浄化魔法を何とか習得した俺は、俺自身がどんな存在であろうとも絶対にアリスに迷惑をかけないと誓ったのだ。それ以来俺の力が何なのかは考えないようにしていた。
「それが、魔王の力と同じだと気づいたのは、最近ルークに会ってあいつが代替わりだと知ったあたりからだ。あいつの力が俺の力と同じ種類だと感じたし、あいつも俺のことを魔王の代替わりだと思っているようだった。それまではせいぜい魔族の血が流れているのかなくらいだったが……」
まさか、あの地中に封印された力が魔王のものだなんて考えただけで頭が痛くなる。
「俺はお前が力を受け取った時に記憶も受け継いでいると思っていた。それにしても……」
ガリレが何を言いたいのか想像がつく。自分で言っていて情けないくらい女々しい。
だが、そろそろ認める時が来たのかもしれない。
「ガリレ、俺はやっぱり魔王の代替わりなんだな」
自分で言った言葉に脈拍が速くなるのを感じる。
ごくんと一つつばを飲み込みガリレの答えを待つ時でさえ、情けないがまだアリスに言う覚悟ができていなかった。
「そうだ、お前が受け継いだ力は魔王の力だ」
「やっぱりかぁ」
俺は全身の力が抜けていくような気がして、揺り椅子にもたれかかり目を閉じた。
「じゃあ、もしかしてここが幻の第一の魔王の森なのか?」
この世界で一番初めに君臨した、今ではその存在自体謎の魔王……その魔王の力を受け継いだというのだろうか?
だが、そうなると色々腑に落ちないことがある。
「ガリレ、お前はいったい何者なんだ?」
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