地獄の101丁目 衝撃の天界③
とにかく、無心で網を振った。最初の一撃でムシカゴにとらえる事が出来たのは十人ほど。文字通り一網打尽と行きたいところだったが、相手もそれなりに場馴れしている。横薙ぎに網を振ったが、半数近くには逃げられてしまった。余りばらけられても困るので、目標を切り替え、一人一人丁寧にムシカゴ送りにした。
ムシカゴの中では捕えられた隊員がぎゃあぎゃあ騒いだり、カゴの破壊を試みているようだが、無駄無駄。デボラ謹製のこのアイテムは俺が魔力を注ぎ込んで強化したので君達が束になっても傷一つつきませーん。
捕まえるにしても人の動きは直線的でわかりやすい。昆虫採集の難易度で言うとショウリョウバッタぐらいだ。羽が生えている訳でもなし、トンボやハエのようなトリッキーな動きもない。次々と消えていく隊員を唖然としながら見つめているニムバスにデボラが迫る。
「よそ見をしておって良いのか?」
「ハッ!?」
ニムバスの横っ面にデボラの拳がめり込む。あれは痛そうだ。
「グッ……!! ふざけおって!!!」
「ふざけているように見えるか?」
デボラが両手をボキボキ鳴らす。世紀末の救世主だ。ニムバスをぶっ飛ばす際に服を破って攻撃するのはやめてほしい。色々マズイことになるので。
「さて、雑魚は片付けたぞ? 後はお前一人だなぁ? ククク……」
「待て、キーチロー。それは悪役側のセリフだ」
ちょっと調子に乗り過ぎたところをデボラに諌められた。ともかくニムバス以外の隊員はムシカゴに収めた。後は逃げて行ったクロードと重傷者一名。
「アル、どうやら杞憂だったようだ。キャラウェイ殿達にはクロードを追ってもらってくれ」
『承知しました。デボラ様』
顔を殴られてショックだったのか、ゆでだこのように顔を真っ赤にしているニムバス。怒りのせいかプルプル震えているようだ。
「この俺を怒らせるとどうなるか…………思い知らせてやろう!!」
「良かったな、キーチロー。悪役のセリフがまた向こうに戻った」
魔王様。余裕である。おかしい。少なくとも相手はドラメレクを捕えるぐらいには実力者のはずだが?
「くらえっ!!」
ニムバスが放ったのはクナイのような飛び道具。俺は叩き落としたが、デボラは人差し指と中指で止め、ニムバスに投げ返した。あなたマジもんの北○神拳伝承者ですか?
「ぐっ……!!? バカな! バカなぁぁっ!!」
正直、感想としては共感できる部分もある。強い強いとは思っていたが、アレ? こんな強かったっけ? という違和感。
「デボラ……ひょっとして箱庭効果?」
デボラは俺の方を見てニヤリと笑う。あ、これやったな。
「キャラウェイ殿と修行していたこともあるが、魔力は肉体にも影響を及ぼすからな」
インチキだ、ずるい。けどやっぱりデボラは魔王が似合う。だからこれでいい。少なくとも魔王と肩を並べるだけの力はある。困難は分割できる。
「何をごちゃごちゃと……。こうなったら奇跡の御業を見るがいい!!」
何やらニムバスが気合を溜めるような動作を始めたが俺達の頭上を越えて火球が飛んでいく。
「あっ」
「ぐああああああっ!! あちいいっ!!」
「我等を無視して話を進めるな。正直、興が冷めつつあるが、我が妻の出産に悪影響を及ぼそうとした咎、消えはせんぞ」
保護対象から援護射撃が飛んでくる。正直もう負ける要素はない。負ける要素は無いが、どう落としどころを見つけるのか。それだけが問題だ。あのハゲは素直に引くとも思えないし、これ以上ダラダラやってると胎教に悪い。ムシカゴに収めるのは簡単だが、全員押し込めるとさすがに中から破壊されないとも限らない。
「あの、今回の査察はそちらの不手際という事で引いていただけると助かるのですが。正直、もうあきらめてもらった方がお互いの為だと思うのです」
「ふざけるな! こちらは隊員に一名怪我人が出ているんだぞ!」
「事前に注意しましたよね? ここには近づかないように」
「そんな話は知らん!」
どうもしらばっくれるつもりらしい。時間の無駄なので竜じゃ無くともイライラしてくる。
「アル、録画は?」
『ございます。査察の様子は全てモニタリングしております』
アルは自分の中で起きていることを華目羅に写し取ることも出来る。全くもって便利な箱庭だ。
「ぬっ!!」
「こちらとしても査察には協力したいのですが、事前の注意を聞き入れてもらえないのであればそれは不可能かと」
「なるほど、なるほど。確かにこちらの準備不足だった様だ」
ニムバスは冷静さを取り戻し、自身の置かれている状況を再認識したようだ。いかに無理筋の難癖をつけているかという事を。加えて味方は全て捕らわれの身、という事を。
「では、査察は改めて行うとしよう。きっちりと。全てを。完璧に」
「では、今日のところはお引き取りを」
「隊員は全員解放してもらおう」
「もとよりそのつもりです。竜の怒りに触れたため、避難していただいただけですので。ただ、再び暴れられても困るんで、外での解放になります」
ニムバスは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、こちらとしては当然の要求だ。
「待て、キーチローよ。そんな甘いことで大丈夫か? 我等、次の査察とやらで何か起きた場合、容赦せぬぞ」
「それは俺達も一緒ですから」
俺は竜の旦那の方を向いてにっこりと微笑んだ。所謂、暗黒微笑という奴だ。全てが済んだら恥ずかしくて死にたくなるかもしれないが。査察を台無しにされて怒ってるのは奴らじゃない。こっちだ。
「私はキーチローとデボラさんがそうおっしゃるのなら……」
竜王の孫さんには迷惑かけて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。どうか健康な子供を産んで欲しい。言い方は悪いが、繁殖はこの施設で一番重要な目的なのだから。
「……仕方があるまい。今回は我々の負けだ。だが、危険な施設だ、という認識は消えんぞ」
「それを説明するのが本来の査察なので。さあ、お引き取り下さい」
「何かあれば我からも天界に申し開きをさせてもらおう。証拠持参でな」
「ふん! この施設はいつか曇天の管理下に置く! 覚えておけ!! クロード! 聞こえるか! 撤収だ!!」
うむ、割と強キャラだと思っていたがセリフを見るに自ら噛ませ犬のポジションに降りてくれているようで安心した。
「ご夫妻には迷惑をかけました。申し訳ありません」
「我からも陳謝する。この通りだ」
俺とデボラは頭を下げる。誠心誠意。
「こちらとしても間借りの身。妻の為にも安全でなるべく快適な環境の構築を請う」
「心得た。では、奴らを追い出してくる」
竜の夫妻はお互いを見つめ、俺達に対して頷くとゆっくりと去っていった。竜と共に危機は去った。後は事後処理と曇天対策か。
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