地獄の93丁目 祝勝会と対策会議

 アルカディア・ボックスへと帰った俺達は、デボラの魔王復帰を祝って祝勝会を開くことにした。参加者は漏れなく地獄の住人。酒も食事も地獄のものが中心に並んでいくわけだが、果たして口にしても大丈夫なのかどうか。多分、死にはしないんだろうが。


 酒に関しては人間が飲んだら急性アル中は間違いないと思うが一舐め試してみようか……。いまだにベースは人間だと思っているので、焼き肉は牛、酒はビールが恋しい。


 食事は俺達を中心とした料理と、魔物達を中心としたいつもよりも豪華なエサに

分けられ、箱庭中の生き物が集まっていた。申し訳ないがヘルワームは一番端だ。


「では、皆さん。お手元に飲料は回っておりますでしょうか!」


 全員が頷いたり返事をしてベルがそれを見回す。


「では、ドラメレクとか言う下賤な盗賊もどきに一時的に移っていた魔王の座を我らが美しき真の魔王、デボラ様が奪還なさったことについて、お祝いを始めたいと思います! そもそも、真の魔王たる器とは何か。鉄の意志、鋼の強さ、金の心、其の全てにおいて全地獄の住人を魅了してやまない……」


「カンパーイ!!!」


 全員が目、心を合わせ飲み物の入った器を掲げた。


 ベルはショックを受ける様子もなく、ただデボラ愛を歌うように語っている。酒よりも先にデボラの勝利に酔っている様だ。心酔とはまさにこのことだろう。


「色々あったけど、また魔王とその下僕の関係に戻ったね」

「下僕は無いだろう。夫婦という事でもいいんだぞ?」


 言わない。言わないが、ゆくゆくは、ね。


「悪魔というか地獄の結婚てどういうものなの?」

「特に決まったものは無いな。人間のように式をするものでもないし、そもそも籍などという概念も無い。当人同士の気持ち次第だ」

「へぇ」


 そしたら、夫婦に拘る意味もなさそうだけど……。まあ、この辺はゆっくり詰めていこう。ハッキリ気持ちさえ伝わっていればいいみたいだし。


「あらぁ? もう早速いい雰囲気ですかぁ?」


 顔の赤いローズが絡みだす。酔うの早すぎないか?


「さっき乾杯したとこなはずだが?」

「セージとステビアちゃんと0次会やってましたぁ~。でへへ」


 確かに、始まる前から三人でフラフラしてたな。なんて浮かれっぷり。楽しそうで何より。


「それはともかく。デボラ様、この度の魔王復帰、誠におめでとうございます。我ら職員一同、魔王様の下で働ける誉れ、名を汚すことなきよう精進いたします」


 急に真面目に挨拶しだした。


「うむ。これからもこの我とこの箱庭を宜しく頼む!」

「ええ~、デボラ様の事はそこに突っ立ってる男が必ずお守りしますからぁ」


 急にまた絡みだした。なんなのこの人。


「う、うむ。キーチローも頼りにしておる」

「あ、キャラウェーイさーん! 私達と飲みましょぉ!」


 急に去っていった。酔っぱらいの行動はよくわからん。


「今回は召還使ってくれんかったな~。デボラ様」


 カブタンがドラゴンの尻尾を抱えて飛んできた。


「すまん、使おうと思ったんだがこのアルカディア・ボックスが目を付けられていてな。下手に見せない方が良いと判断した」

「ふーん、まあピンチになったらいつでも俺ら駆け付けるからな!」


 言いたいことだけ言うとカブタンはまた仲間の下へ飛んでいった。


「アレがヘルワームだと言っても天界の奴は信じてくれんだろうしな」

「天界関連も色々ややこしくなってきたみたいだけど」

「“曇天”の隊長は時間に以上に厳しいが、会話にはなる。その部下は問答無用だったがな」


 思い出したら腹が立ってきた。いきなり顔を殴るなんて許せない奴だ。ややこしい事情が無ければ倍返ししていたところだ。


「なあに、進化のコントロールも出来ておるし、何よりドラメレクの捕縛に協力した。後は現場を見せながら説明すれば最悪な事にはならんさ。多分」


 隊長の事はよくわからないが部下の方はもはや罪とか言い出していたしな。一応警戒しておかないと。


「デボラ様! また魔王様になったね!」

「やっぱり魔王様と言えばデボラ様よね!」

「魔王! すごい! 俺も最強目指すぞ! うおおおお!」


 ケルベロスのダン、マツ、マーも駆け寄ってきた。


「ああ、ドラメレクとの戦いでは危険な目に合わせたな。すまない」

「俺達、デボラ様好きだからな!」

「そうよ! 私達だって戦えるんだから!」

「そうだそうだ!」


 デボラはとっても嬉しそうだ。最初に拾ってきた時からダママは確実に立派に成長した。もう地獄の中でもそうそうこの子らを虐待できる奴は居ないだろう。感無量という奴だ。ダママはデボラに背中を撫でられて気持ちよさそうに伏せている。


「話は戻るけど、あの覆面選手って部下なんだよね? ドラメレクとほぼ互角にやり合ってたけど。もっと強い人が上司にいるって事?」

「ああ、“曇天”は地獄のお目付け役みたいなところもあるからな。それ相応の実力を持っておる。特に隊長は化け物クラスだ。絶対に手を出すなよ」

「言われなくても戦いは得意じゃないんで」

「フフフ。ん? 酒が進んでおらんな。そうだ、この前閻魔にもらった酒、一口舐めてみるか?」


 そうだった。乾杯したのはいいものの全く口を付けていなかった。ココは一丁、漢を見せるとするか!


「では、魔王様。僭越ながら祝杯、干させて頂きます!」


 地獄の酒、初めて口に付ける酒。ゴクリと飲んでみた。


「イケる! おいしいコレ!」


 その後は一気に飲み干してしまった。いよいよ人間の味覚を超越したらしい。なんだか、デボラ達の一員になった喜びと、人間界への境界が生まれた不安感。


「おお! キーチロー! やりおるな! 今夜は飲み比べだ!」

「おう! 負けねいぞう!」

「ん? キーチロー?」

「おぉん? 流石、でぼら! 分身して飲み始めたか!」

「おい」


「……という訳でデボラ様の輝かしい功績は枚挙に暇がないわけですが、今回、あのふざけた大会の優勝者として名を刻まれたことは紛れもなく地獄の歴史に刻まれる事象となる事でしょう。今一度、デボラ様の魔王復帰をお祝いして、乾杯!」


 次の日、自分の布団で目覚めた俺は、どんなに魔力が上がろうとも、酒の強さには関係ないことを痛感し、次回からは缶ビールを持ち込むことを決意した。

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