地獄の89丁目 予選③

『Hブロックの注目選手は脳筋オブ脳筋の鬼人族、その中でも歴代最強と謳われるレンキ選手、そして生ける吸血鬼伝説、ヴァンパイアの王! クリストフ選手~! 好カードですよ! それではヘルズファイト……レディ……ゴー!!!』


 Hブロックの試合は淡々と紹介された二人が周りの選手を蹴散らし、予定調和のように闘技場の中心で対峙した。あのレンキとか言う鬼人、でかい。2メートル以上ありそうだ。鬼とは言うが鬼人の名の如く、体は赤かったり青かったりするわけではない。普通のガチムチの人間が巨大化し、角と牙が生えたようだ。


「全く、脳筋種族というのは自覚してるがあんな紹介ってありかよ。心は打たれ弱いんだぞ!」

「はっはっは、良いではないか。吾輩なんぞあんな雑な説明、無い方が良いぐらいだ。ズズッ」


 クリストフとか言う吸血鬼は倒した敵の血を吸って体力を回復している様だ。攻撃の機会のようにも見えるが、意外にもレンキは手を出さなかった。


「いやはや、失敬。最近碌にうまい血を吸えていなくてね。とりあえずはここの皆様で我慢だ」

「良いんだ、どうせ俺は脳筋だから。全力の強い奴と戦いたいとか言わされるんだ」

「ならば吾輩も貴様の血で勝利の乾杯をさせていただくとしよう! とか言ってみる」


 何やら楽しそうに会話してるぞ……。


「さて、行くぞ!」

「どこからでも」


 レンキは金棒を振りかぶり、クリストフに突撃した。見た目のゴツさとは裏腹にかなり素早い。突撃の勢いそのままに金棒を振り下ろし、クリストフを完全にとらえたと思われたが、なんとクリストフの体は無数のコウモリに変化し、攻撃をかわした。躱された金棒は闘技場の中心を豪快に抉り取り、観客席にまで衝撃が到達する。


「そういうのありかぁ……」


 拡散したコウモリたちはレンキの背後に結集し、再度クリストフの形を成した。


「いやあ、一撃必殺は怖いな」

「したら、これならどうだ?」


 レンキが金棒を頭上に掲げ、両手でグルグルと回転させ始めた。レンキの周りには竜巻のような風の渦が出来、どういう原理かそれを金棒でぶっ叩いた。竜巻はクリストフに向かって襲い掛かり始めるがいかんせんスピードが遅い。


「これはさすがに当たらんぞ」

「……ひとつならな」


 レンキは先ほどのモーションを繰り返し、闘技場を埋め尽くすほどの竜巻を発生させた。なるほど、これなら広範囲に拡散して避けることは難しい。全然脳筋じゃ無いじゃないか。


「数を絞れば少しは精密な動作が……」


 クリストフは再びコウモリの姿で拡散したが先ほどより数が少なく、その分一体が大きい。竜巻の隙間を縫うように物凄い速さで滑空し、レンキに近づいていく。


「なんとまあ」


 レンキは野球選手の打者のように金棒を構え、素早く動き回るコウモリを待ち構えた。


「まずは一匹!!」


 レンキのスイングしたバット……もとい金棒は恐ろしい轟音と共に虚空を切り裂いた。ミートする直前にさらに小さなコウモリに拡散したのだ。その小さなコウモリたちが一斉にレンキに噛みつき、爪で引き裂き、攻撃を加えていく。


「ふむ……、硬い」


 レンキは一見すると血まみれになっているが大きなダメージではなさそうだ。再びクリストフの姿で集結したコウモリたち。まじまじと対戦相手であるレンキを観察する。


「ま、地道に行くか」


 クリストフは先ほどの攻撃を繰り返し、徐々に弱らせていく作戦の様子。レンキは金棒を投げ捨て、顔をパンパンと叩いた。金棒が地面にめり込んでいるんだがどんだけ重いんだあの金棒。


「蚊取り作戦だ」

「では、再開と行こう」


 クリストフはまた三体に別れ、攻撃を開始した。ところが。


 バチンッ!!


 一体のコウモリが補足され、羽を叩き潰された。とっさに距離を取り、クリストフの姿に戻るが、頭から血を流している。


「なんという早さ……クッ……」

「もう、やめとけ。次は全部潰す」

「ぐぬぬぬぬぅ…………、ハァ…………、また輸血パックちょろまかす生活かぁ」


 クリストフは両手を上げ、降参の意思を表明した。


「なんとも見ごたえのある試合だったな! 奴の主催でなければこんな大会開くのも悪くは無いかもしれん!」


 少し興奮気味にデボラが観戦後の感想を述べる。俺はあんなのと闘わなくちゃいけないのかと気分が沈んでいたが。


『Hブロックは面白い闘いでした! 続き魔してIブロック! 我が主、ドラメレク様の登場です! それではヘルズファイト……レディ……ゴー!!!』


 Iブロックの参加者は大半が闘技場に集合しなかった。恐らくみんな棄権だろう。ドラメレクはその行動が気に食わなかったらしく、残った参加者を容赦なく空の彼方へ蹴り飛ばすとこう叫んだ。


「Jブロックからどんどん入ってこい! どうせ本選で闘うのだ! 歯ごたえのある奴以外は要らん!」


 参加者たちは当然ほとんどが棄権の意思を示すが、いつの間にか闘技場が封鎖され、出入りが出来なくなっていた。当たり前のように暴動が起きるかと思われたが、Jブロックの参加者は生気のない目でどんどん闘技会場に送り込まれていく。


「何が起こってるんだ!?」


「ドラメレク様!!! 私からのプレゼント受け取って欲しいねぇ!!!」

「ベラドンナ! いい仕事だ! 滾ってきた! 漲ってきた! 今夜はすごいぞ!!!」

「はぁい!! ドラメレク様!!」


 参加者たちはドラメレクに襲い掛かるが、次々と闘技場の外、同じ方向に飛ばされていく。


「さぁさぁ! 皆様を我が城へご招待だ!! 次! Kブロック!」


 参加者はどんどん、飛ばされていく。


「Lブロック!!」

「そこまでにしておきなさい、ドラメレク」


 キャラウェイさんだ。予想外の組み合わせになってしまったが、興奮状態のドラメレクはさらにボルテージが上がってしまったようだ。


「バランさぁん! ヤろう!」


 言い終わると同時にドラメレクは攻撃体制に入っていた。さっきのレンキも早かったが、こちらもかなり早い。前回、一撃でやられたキャラウェイさんは大丈夫だろうか。


「ハイハイ。ヤりましょう、ヤりましょう」


 意外な事にキャラウェイさんは全ての攻撃を受けきっている。それどころかドラメレクの攻撃を縫って頬にキツイ一撃をお見舞いした。


「あぁ! これこれ! これだ! バランさんの一撃だ! コキュートスでのあれは何だったんですか!?」

「情けない話ですが平和ボケしていたようです。なので少し昔のトレーニングを再開してみました」

「たったそれだけで!? こんなわずかの期間で!? すげえ!」


 ドラメレクは興奮状態だが、一旦、攻撃性は落ち着いたようだ。


「もったいない! この闘いは本選で続きをヤりましょう! 今回は俺が引きます!」

「そうしてくれると、年寄りは助かりますね」


 かくして、ドラメレクの暴走はキャラウェイさんによって止められたわけだが、その様子を見ていてドン引きしたMブロック以降の参加者は一人を除き、みんな棄権してしまった。その残った参加者とは、Oブロックの褐色のエルフ、モリエルというらしい。本人曰く「ラッキー!!」とのことだが、俺から言わせると多分、アンラッキーだ。

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