地獄の68丁目 キーチローの死後

「なんてこった。勢い余って殺しちまった……。俺は……、俺は……! どうすれば……!!」


 ドラメレクはわざと大げさにキーチローの亡骸の前で殺人犯ごっこをしていた。


「き、キーチロー?」

「嘘よね?」

「うおぉぉぉぉぉ! 許せねぇ!!」

「おい、返事せぇ! キーチロー!」


 ダママとカブタンがそれぞれキーチローに駆け寄るが、心臓を手刀で貫かれたと思われるキーチローの息はすでになかった。


「うわああああああ!」

「おのれぇ! 何さらしとんじゃぁぁっ!」


 カブタンとダママがドラメレクに飛び掛かるが全く問題にならず、次の瞬間にはデボラとキャラウェイの倒れているそばにそれぞれの体が転がっていた。


「魔族どころか魔物まで……。本当になんなんだ? この人間は」


 ドラメレクはあごに手を当て、考える素振りを見せたが、1秒で飽き、考えるのを止めた。


「ま、いいか。興味ないし」

「さっさと帰って食事にいたし魔しょう。今日は私が腕によりをかけてフルコースにいたし魔すので」

「そうだな。とっとと帰るか。もどうにかしなきゃいかんし」


 ドラメレクは視線をやや下に向けると頭をポリポリと掻いた。


「そこに倒れてる者どもを連れ帰ってお好きになさっては?」

「んー。そうだな。一旦連れ帰るか。でも、まずは前菜かな」


 ドラメレクは笑いながら泣いているベラドンナに魔法で首輪をつけると、自分の方へ引き寄せた。


「よぉ! 、さっきは悪かったな! ノリでからかっちまった。お前の魔力感じたぜ! 愛してるよ!」


 狂ったように笑っていたベラドンナの声がピタリと止み、ドラメレクの方へ視線が移る。


「ドラメレク様……、お戯れが過ぎます……」


 ベラドンナはさっきまでの仕打ちを全て忘れたかのようにドラメレクの胸に飛び込み、そっと腕を回す。


「いやあ、ここにいる女は美人揃いだけど、やっぱり慣れてるのが一番だな。サキュバスなんてのはどんなのか興味津々だが」

「嫌ですわ、ドラメレク様。こんな奴らに目移りして」


 こいつは自分の首に巻かれているものが何なのか分からないのだろうか。とコンフリーが心配したのかどうかは分からないが、気の毒なものを見るような目で、ベラドンナを見つめていた。


「さ、帰るぞ! コンフリーの手料理が食えるならケルベロスの肉なんかいらねーし」

「坊ちゃん達はいかがします? 復活に際しては大層献身的に動いてらっしゃい魔したが」

「そうなの? 着いてきたかったら好きにしろ! それもまたやりたいように、だ」

「お、お父様と一緒に居たいです!」

「俺も!」


 かくして、ドラメレクはキャラウェイとダママ、カブタンを置いて、その場から立ち去ったのである。


 後に残された、キャラウェイとダママ、カブタンはそのすぐ後に意識を取り戻すが、起きてしまった事を理解する頃にはただ、怒りをどこにぶつけたらいいのやら、破滅的に空しい気持ちで壁を殴ったり、遠吠えをするのであった。


 しばらく、地獄の最深部で暴れ回ったキャラウェイとダママ、カブタンであったが、次第に落ち着きを取り戻し、キーチローの遺体を一旦、アルカディア・ボックスに持ち帰ることに決めた。まだ、魂の行き先について、考えが及んでいなかったのである。


「さあ、では戻りましょう」


 キャラウェイは地面に魔法陣を描くと【転移】を発動し、アルカディア・ボックスへと帰還した。物言わぬ亡骸となったキーチローと共に。



  ☆☆☆


「着き魔したね。ドラメレク様」

「おお、懐かしき我が城よ!! まずは、飯だ! 任せたぞ! コンフリー! 用意が出来るまで遊んでやる! 行くぞ! ベラドンナ!」


 城を前に両手を広げ、それはそれは大げさに喜ぶドラメレクだったが、そんな感情もなんとなくノリでやっているに過ぎない。ここはこうすると面白いかな? ぐらいの軽い気持ちで全てを行っているようだ。


「畏まりました……ドラメレク様」

「仰せのままに」

「ああ、それとこいつらは地下牢にでも繋いでおいてくれ。頼めるか? リヒトとシュテルケ」

「はい! お父様!」



  ☆☆☆


「キーチローさん! キーチローさん! どうしてこんなことに……」


 キーチローの亡骸を前にセージとステビアが涙を流す。人間が死ぬことにさしたる興味も無かった彼らが、この箱庭での生活を通じて、キーチローには心を開いていったようだ。今はただ、失った悲しみをこらえきれず、ステビアは遺体に寄り添うようにもたれかかり、嗚咽している。


「キャラウェイさん! 他の皆さんは……!!」

「遺体はキーチローさんのものしかなかったところを見ると、連れ去られた線が濃厚です。はっきり言って刑罰を受けていたとは思えないぐらい強力でした。私の記憶以上に……」


 キャラウェイは悔しそうに声を震わせた。彼とてまた、かつては魔王と呼ばれた男。それに見合う実力も持っていたし、残忍さはそこまで無いものの、かと言って人間の生き死ににそこまで強い執着は無かった。だが、魔王として君臨した日々より、隠遁して魔物の研究に一人没頭していたころより、この箱庭での生活は楽しいものだった。


  ☆☆☆


 初めは、奇妙な人間が迷い込んだものだと思っていました。だが、この人間が魔物と心を通わせていると知った時は心が躍ったものです。もちろん、魔物と会話が可能だなんて特殊な能力もそうですが、彼の体を調べた時に、通常の人間には考えられないような魔力が流れていたです。普通の人間ならば先天的だろうが後天的だろうが身につくはずのない魔力。仮に後天的なものだったとしても肉体の方が持つはずがない。ただの人間には。


 そうして、自分の研究に飛躍的な進歩をもたらしてくれた人間を、また最高の研究対象でもある人間を、私は少しずつ気に入り始めていた。そんな矢先の死に、私は深い絶望と憤りを感じざるを得ません。



  ☆☆☆



 動物と触れ合える喜び。動物と会話が出来る喜び。こんなおいしい情報をもたらしてくれた人。でも、彼が死んだ今、ボックス内の魔物たちと話すことも叶わない。彼と出会うまでは当たり前だったことが今はもう当たり前じゃないんだ。こんなことってないよ……。



  ☆☆☆



 僕は、彼が好きでした。彼の力もそうだし、人柄も。魔族が何言ってんだって感じでしょうが、でも一目見た時から何か他の人間とは違うことは分かりました。魔力や会話できる能力は別にして。だから、動物と会話できなくなること以上に、彼と会話できなることが僕は悲しい。



  ☆☆☆



「あ、良かった。入れた」


 仮の肉体とは言え、形としては自分を模してくれたので、割とすんなりと入れたようだ。ん? あれはキャラウェイさんとダママにカブタン!! 無事だったのか! 良かった良かった。デボラ達の姿が見えない様だが……。


「あれ、皆さんどうしたんですか? そんなに沈んじゃって。デボラ達に何かあったんですか?」

「キーチロー君が死んでしまったんです……」

「うわっ! 俺の死体!? やなもの見たなぁ」

「そう、あなたの死体……ん?」


 みんなの目が一斉にこちらを向く。なんだなんだ?


「ぎゃああああああああ!!! お化けぇぇぇっ!!!!」



 ……いや、あんたら地獄の住人だろ。

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