地獄の58丁目 危険な奴ら①
「くそっ! あんなババアに馬鹿にされるなんて!」
「落ち着きなさい。リヒト」
ベラドンナが出て行った後、リヒトは感情を隠さず激昂した。シュテルケも冷静を装っているが、内心は怒りに打ち震えているようだ。
「ま、口の悪さはともかく、言っていることはごもっとも。我々は我々でドラメレク様の復活の準備を進め魔しょう、坊ちゃま」
興奮した二人ををなだめるようにコンフリーが口をはさむ。
「その呼び方も止めて欲しいね。コンフリー」
「我が敬愛する主の御子なれば。私にとってはかけがえのない坊ちゃま達でござい魔す」
リヒトとシュテルケは照れくさそうに顔を背けた。もちろんコンフリーが真に仕えているのはドラメレクであろう。だが、その子供達にも等しく敬意を持って接しているので、禁忌の子らもまた、コンフリーにはよく懐いていた。
悪魔の父と天使の母。一見、デボラと境遇は似ているように見えるが、その経歴は全くと言っていいほど相違なるものであった。まず、リヒトとシュテルケには母の記憶が無い。それもそのはず、父は魔王ドラメレク。天界に仇なすほどの悪逆の異端児である。幸いにして子供達には教育(と呼べるか定かではないが)を施し、また、我が子としての認識もあったが、攫ってきた天使の処遇など知ったことではないとばかりに捨て去った。悪魔に汚された咎により、堕天させられたにも関わらずである。彼らの母のその後の行方は杳として知れない。
故に、かどうかは与り知らぬが、その幼稚で粗暴な性格は矯正されることなく時が過ぎたようだ。
悪魔を含む地獄の住人は二種に大別される。曰く、悪を成すもの、成さぬもの。最も彼らの中に悪を成すという意識はなく、各々がやりたいようにやった結果が他人に害を成したというだけで、それを良しとするか悪しとするかだけの違いだ。ドラメレク達は前者、デボラは後者と言ったところである。
「――で? なんか当てはあるの?」
「取り合えず人間界に行ってみ魔すか」
「は?」
突然の提案に意味が解らず二人は固まるのみであったが、コンフリーは構わず続ける。
「魔獣、幻獣の類は何も地獄にのみ存在するわけではあり魔せん」
「にしたって地獄より見つかりやすいとは思えないけど」
「マンドラゴラやフェンリルはともかく、フェニックスに関しては各地に伝説があり魔すからね。不死の鳥が人間界で生き続けていても不思議はあり魔せん」
「……で? 国は?」
コンフリーはリヒトとシュテルケが嫌そうな顔で聞いてくるのを見て、意思の疎通が出来ていると喜び、嬉しそうに答えた。
「あえて日本にし魔しょう!」
「馬鹿か! またデボラに出くわすぞ! 出くわさなくても魔力を感知されたら一発だ!」
「リヒトの言う通りです! 不死鳥伝説なら世界各地にあるでしょう!」
「ワタシ、こう見えて日本という国が好きなのです。あ、悪い意味で」
「悪い意味で好きなんて聞いたことねぇよ」
「大丈夫、彼らの住まいとは離し魔すから! 散歩と思って行き魔しょう! さあ!」
コンフリーはリヒトとシュテルケを押し出すように部屋から運び出し、移動用の魔法陣の上に乗せた。
☆☆☆
「え、出張ですか?」
仕事中に皆川部長に会議室に来いなんて言われたもんで、また何かやらかしたかと心配になっていたが、どうやら違うようだ。ひとまずは胸を撫でおろし、出張とやらの内容を詳しく聞くことにした。
「我が社では社員教育の一環で二年目以降の社員を対象に年に一度、各地の支店に営業研修に3日間行ってもらってるんだ」
はあ、なるほど。一応、商材研修は受けたが、確かに実物は研修の中でも数えるほどしか見たことは無い。何せ、かなりニッチな部品のメーカーだ。街中で使用されているところなんて見る機会は皆無と言っていい。
「数字で見るよりも生きた経験になるでしょう。頑張ってください」
「で、どこの支店ですか?」
「京都ですね」
おお、久しぶりに新幹線に乗るぞ!
☆☆☆
「――で、なんでデボラが着いてきてるのかね?」
「ベルとキーチローが行くなら我も行かねばなるまい!」
新幹線の二人掛け席を華麗にひっくり返し、隣にはデボラ、向かい側にはベルが座っている。三人の膝の上にはすでに駅弁が乗っている。てっきり、出張には一人で向かうものと思い込んでいたが、今回は同じく経験のないベルも同行することになったらしい。因みにデボラの旅費はベルの自費だ。慈悲と言ってもいい。
「そして、なぜスーツ姿なのか」
ベルはともかく、今回はデボラまでスーツに眼鏡をかけてのお出ましだ。もちろん角は消え、赤いセミロングの髪は後ろで束ねられていた。衣装も含めて勤め人には到底見えない。ただのコスプレだ。
「雰囲気は合わせないとな! 安心しろ、仕事にまでくっついていく気は無い!」
「当たり前でしょ! そんないかがわしい社員連れていけるか!」
「デボラ様の【
「研修に行くのに意識飛ばしてどうすんだ!」
元々、弁当を広げていたせいなのか、はたまた目立つデボラとベルのせいか、チラチラと注目されていたところへ俺が少し声を張り上げたので、一層周りの目は厳しいものになった。
「――ともかく、地獄にもアルカディア・ボックスにもデボラなら一瞬で飛べるんだから邪魔だけはしないように」
「任せておけ! 京都はパワースポットが多くて敵わん!」
ほんと、何しについてきたんだこの人……。
俺は、イカレた話をしている自覚があったので声を潜めてデボラに注意したが、デボラの興味はすでに加熱式弁当箱と、最近自分で作れるようになった卵焼きに移っていた。
「ふふん、我の作った卵焼きよりも甘いな」
因みに第一号の卵焼きにはすりおろしたこのわたが練り込まれており、申し訳ないが噴き出した。
「アレが霊峰、富士ですね」
ベルは窓の外を眺めながら牛肉弁当に手を付け始めた。
「神でも住んでいそうだな。ガンを飛ばしておけ!」
「ちょっと、お止めなさい!」
まずい。デボラの中では完全に小旅行になっている。こっちは研修で行くというのに。ベルは例によって事前に資料を【
俺は気を引き締めて、京都にある支店へと向かうのだった。
……シュウマイ弁当うまいな。
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