地獄の51丁目 命名、命の名
モフモフ探検報告会の後、俺はフェンリルの元へ行き、様子を見ることにした。環境の変化もそうだが、ローズのおもちゃになっている可能性があったからだ。そして、その予感は見事に的中していた。明日なんて待ちきれないとばかりにフェンリル達のいるフィールドに雨を降らせていた。
正確に言うと水を撒く魔法のようだが。
「ローズってそんな魔法も使えたの?」
「サキュバスは元々魔力が高い上に、こう見えても私は“上位”の魔族ですからね! 一応、簡単な四元素の魔法は使えるわけでしてよ」
自慢気にその豊満な胸を張る。俺にどう見られているかはなんとなく自覚している様だ。出会い方こそ最悪だったが、その明るいキャラクターは今ではアルカディア・ボックスになくてはならない存在だ。
「さあ、オオカミちゃんたち! 順番に泡つけてぇ! その後は丁寧にブラッシングですよぉ!」
おもちゃにしているかと思ったが意外と真面目な世話だ。モフモフの為なら苦労も厭わないという事だろうか。ヴォル以外のフェンリル達も割と素直に言う事を聞いている。後で聞いた話だが、フェンリル達も綺麗好きなので水浴びは好きらしい。
「なんか、雷のおかげで正気を取り戻したみたいでよかった。じゃあ、俺は部屋に戻るよ」
「はいはーい」
ローズは鼻歌交じりに新しい魔法陣を作成している。水を止めて泡を撒くつもりのようだ。この感じなら心配はないだろう。帰って新しく任命された名付け係を片付けよう。仲間も増えて管理が大変になってきた。エサの配分やらデボラにお願いするのも忘れてはいけない。
そうして、部屋に帰ってきた俺は愛用のパソコンを開く。まだ名前を付けていない生き物は……っと。
【ヘルコンドル】
【ラタトスク】
【ヒクイドリ】
【白金魚】
【サラマンダー】
こんなところか。
ヘルコンドルなぁ……。最初に地獄で捕まえた時も割とあっさり捕まってくれたし……なんかノリがいいから“ハッピー”でどうだろう。
……なんかいい感じだ。今日の俺は一味違うぜ。
【ヘルコンドル】
オス。名前はハッピー。
ラタトスク……。こいつもいい性格してるが見た目が可愛いからな。可愛いは正義だ。シマリスじゃないけどマリス。ああ、自分のセンスの向上に恐ろしささえ感じる。
【ラタトスク】
オス。名前はマリス。
ヒクイドリ。名前ぐらいはカッコよくて幸せそうなのが良いな。旦那さんはアグニ! 奥さんはベスタ! 火の神の加護がありますように……。
【ヒクイドリ】
オス……アグニ
メス……ベスタ
白金魚は元気な子供をたくさん産んでくれるといいな。名前は……貴婦人らしくレディでいかがでしょうか。
【白金魚】
メス。名前はレディ。
サラマンダー。こちらも火属性のメスですな。リザードっぽいからリサってことにしよう。可愛くてイイネ!
【サラマンダー】
メス。名前はリサ。
よし、大体名付けは終わったな。どんな変化が訪れるか楽しみだ。デボラじゃないけどワクワク感は俺にもわかるようになってきた。名前がこんな意味を持つなんてな。不思議なもんだ。喜びの一郎なんて大層な名前を付けてくれた親にも感謝しないと。
「キーチロー! 作業は順調か!?」
突然、背後から声がしたので俺は驚いてコーヒーをこぼした。
「急に話しかけるの止めてくれ!」
「なんだ? 何かやましい事でもしておったのか?」
俺はこぼしたコーヒーを念入りにふき取りながら抗議する。
「やましくてもやましくなくても急に声をかけられたらびっくりするでしょうが!」
「ふむ。以後気を付けよう。で? 作業は順調か?」
「色々調べながら名前付けてみたけど……」
俺はデボラにパソコンの画面を見せた。今回の作業も自信はある。……あるがやはり人の反応というのは気になるものだ。目を通す間の緊張感がなんとも言えず嫌いだ。
「キーチロー」
真面目な顔をしたデボラがまっすぐ俺を見つめる。
「素晴らしい! やはりお前に任せてよかった! 欲を言えば一緒に考えたりしたかったが、上出来だろう。明日にでもみんなに知らせよう!」
仕事が認められる瞬間というのは何度だって味わいたいものだ。ましてや美人上司に褒められるなんて世の男の憧れでもある。勝手な偏見だが。ましてやその上司が自分に惚れているのだというからまるでアニメやドラマの中の世界の出来事だ。相手は魔王だが。
「よかった。反応がどうなるかと思ってたけど好感触でよかったよ。安心したからコンビニでも行ってくる!」
「我も行きたいぞ! コンビニ!」
デボラはコンビニがお気に入りだ。ホームセンターも好きだが、コンビニもこちらの世界に来るたび変身して着いてくる。人間界の技術や物に異常な関心を示しているので、カブタンとの出会いの場に連れて行ったときは帰らせるのに一苦労した。
「ちょっと今日の晩御飯買ってくるだけだから!」
「人間界の食事も覚えないとイカンからな! 視察だ!」
こうして強引に着いてくることになったが、俺はもう一つ困っていることがあった。
人間の姿になった(と言っても角が無くなり、それらしい服に着替えただけだが)デボラが可愛すぎるのだ。ずっとこのままの姿ならハッキリ言って俺から交際を申し込んでいたぐらいだ。
実際そんな勇気はないだろうけど。
可愛い女性を連れて歩くと街の人間が振り返ったり凝視する様がなんとも滑稽だ。俺もこんな風に口を開けて通りすがる女性を見ていたのだろうか。デボラを連れて歩くと人々の視線の行く先が胸と顔を往復しているのがよくわかる。傍目から見るともうあからさまだ。今まできっと俺も気味悪がられていたことだろう。
だがしかし! 男としては自然な事なのだ! 正当化する気はないが! これは! 本能なのだ!
ただ夕食を買いに来ただけなのにそんな思考のアレコレが気になって疲れる。だから、一人で気楽に買い物に来たかったのにっ……!
「俺は今日はカレーの気分だ!」
「ラーメン、カレー。この辺はキーチローの鉄板だな」
「舌が子供なもんで」
「よし、では今度作ってやろう。人間界の食事も鋭意研究中だ!」
ありがたいことに俺にも魔王様はエサをくれるのだ。感動で涙があふれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます