地獄の33丁目 効能26時間?/訪問者

 お昼ご飯を食べてしばらく経った頃、我が家のインターホンが鳴った。宅配便でも来たかと身構えたが、ドアスコープを覗いて驚いた。そこに立っていたのは他でもない、キャラウェイさんだった。


 いきなり目の前に現れられても困るが、かと言って怪しい恰好をした訪問者が増えるのはそれはそれで勘弁願いたい。ましてや相手は地獄の魔王様達だ。せめて変装してくるぐらいの気遣いが欲しい。


「キーチロー君! こんにちは!」

「意外と早いお越しでしたね」

「ええ、あれからアルカディア・ボックスの事を考えていたら研究が手につかなくなって! だったら一回見に来てしまおうと思いましてね!」


 先々代魔王様は気さくに話しかけてくれた。俺は少し前かがみになりながら部屋へと案内し、早速箱庭を手渡した。


「ほう……、この中に5万バアルですか……。む? この銘……。ふふふ」

「どうかしましたか?」

「いえ。こちらの話です。では、早速中へ行ってみましょう!」

「中へ、と念じるだけでいいみたいです」


 キャラウェイさんと二人、アルカディア・ボックスの中へ飛び込んでみたはいいものの、一つ俺には心配なことがあった。


「キーチロー! 来たのね! ふふふふふふ」


 サキュバスの存在である。


「背筋が曲がっとるぞ! シャキッとせい!」


 俺の尻を思い切り叩くと満面の笑みでこちらを見るローズ。目線が一瞬下がったのを俺は見逃さない。


 前で手を組みながら背筋を伸ばしてみた。


「えー……。こちらが今回の旅でアルカディア・ボックスの発展に協力してくださる事になった、『地獄生物大全』の作者こと、キャラウェイ=カミングスさんです」


 ローズは顎に手をあて、こちらをニヤニヤ見ていたが、キャラウェイさんを紹介した瞬間、コントのような間で二度見した。


「(イケメン……)」


 たぶん、ローズの心が文字で映されていたらこんな感じだろう。表情から感情がダダ漏れになっている。


「初めまして! 私、このアルカディア・ボックスで住み込みで働いております、ローズウッド=ロールズと言います! 家はこっちです!」


 こらこらこら。手を引くんじゃない。サラッと連れ込もうとするんじゃない!


「落ち着いてください。ローズさん」

「初めまして。ローズウッドさん。ここの管理人さんという訳ですね?」

「私の事はローズと呼んでください! おっしゃる通り、このアルカディア・ボックスの管理人という大役を仰せつかっておりますわ!」


 握手が長い。俺は二人を引き離して、こっそりとローズに苦言を呈した。


「ローズさん、欲望に忠実すぎます! あなた前にそれでえらい目にあったでしょ!」

「だ、だって……」

「とにかく少し落ち着いてください。顔の周りにハートがブンブン飛び回ってますよ!」

「わかったわよ! 少し自重しますってば!」


 ヒソヒソと怪しい会話を終え、キャラウェイさんの方を見ると、もう俺達に興味はないのかキラキラした目であちこち見回っている。


「へぇー! ヘルワーム! 昔はたくさんいたんですけどねぇ! 久しぶりに三匹もまとめて見ました!」

「こっちのワン君は地獄で会いましたね!」

「あっちが今回の地獄巡りで捕えた生物ですか!」


 そこで、俺はとてもナイスな提案をしてみた。


「ここに一番詳しいのはローズさんですから、案内してもらってはどうでしょう」

「それは良いですね! 是非ともそうしてもらいましょう」


 ローズは手をお尻の辺りに持ってきて俺にだけ見えるように小さく親指を立てた。


「お任せください! まだまだ生き物は少ないですが、飼育員も少なくて大変なんですよぉ」

「なるほど、確かに食性や環境も様々な生き物がたくさん見受けられますね」

「今回は特にキーチローが考えなしに捕えてくるもんですからぁ」


 ほとんど、魔王様の指示だ。いきなり恩を仇で返してくるとは。そしてちゃっかり腕を組んでいるとは。サキュバス恐るべし。


「こんにちは、ヘルワーム君たち」

「お、なんやなんやこの魔力は。まるでデボラ様やんけ」

「確かに。どちらさんですか?」

「おお! 会話が出来る!?」


 やはり、元魔王といえど、地獄の生物と会話が出来るわけではないらしい。


「まさかヘルワームがこんな独特の話し方をする生物だったとは!」

「こっちがカブタンでぇ、こっちがカブ吉、この少し色が淡いのがメスのカブ子って言いまぁす」

「図鑑を今から作成し直したい……!!」

「食事はデボラ様を中心に地獄の生物の遺骸を集めて投入しておりまぁす」

「最近はこういった掃除屋が減って悪臭の元になってたりしますからねぇ」


 ローズのヌメッとした話し方は気になるが、キャラウェイさんの食いつき方は上々のようだ。掃除やエサやりをさせるのはさすがに忍びないので、一応立ち位置はアドバイザーとして居ていただく事にしよう。


「いかがですか? アルカディア・ボックスの中は」

「想像以上です! キーチロー君! 私は今日からここに住んだっていい!」

「あら! でしたらちょうど私の家に空き部屋が……」


 一応、俺はローズを睨んでみた。


「いえ、地獄にある研究室をそのまま持ってきます! このプロジェクトは面白くなりますよ!!」


 明らかに残念そうにしているローズだが、彼女は知らないのだろうか。誘惑しようとしている相手が先々代魔王であることを。てか、何歳なんだろう。二人とも。


「日程は調整中ですが二名ほどここの管理の手伝いをしてくれる人が追加される予定です」

「それは、頼もしい!」

「ちなみに男子は……?」

「男性1名、女性1名です」


 俺は呆れたようにリアクションしてみた。


「ふむ。ふむふむ!」


 どうやら全く意に介していない様だ。


「私の知識で役に立つことがあれば何でも言ってください! エサやりだろうが掃除だろうが何でもやりますよ!」

「いや……さすがにそれは……」

「じゃあ、掃除の知識は私が手取り足取り教えちゃおうかなぁ」


 各々がいろんな意味で興奮しすぎてカオスなことになっている。俺は少し冷静さを取り戻すべく、カブタンの背中に寄りかかった。


 即座に触手の鞭が飛んできた。


「何を呑気にくつろいどるんや! 暇があったら極上のエサでも持って来んかい!」

「カブタン、俺の癒しはどこへ……」

「ここのみんな、キーチローと話せて信頼もしてる。せやからお前、シャキッとしたらんかい!」


 ……俺は、少し、泣いた。

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