第10話 あの夜のステージ ~麻衣という女~

 店の奥の暗がりにある誰もいないステージをみつめながら、俺は思い出していた。



 満席の店内の奥でライトに照らされた、のステージには、木村と同様、俺の店で定期的にライブをやっていた和田という男が弾き語りをしていた。


 俺がオーダーのカクテルをカウンターテーブルに置くと、麻衣まいはありがとうと言って受け取りすぐにグラスに口をつけた。


 麻衣は木村が働いていた警備会社の社員だった。

 木村の2歳年上で、最初の頃は警備会社のメンバーの中にたまに混じって店に来ていて、木村がライブをやるようになってからも会社の仲間と聴きに来ていた。

 しかし、木村が警備会社を辞めて俺の店でバイトをするようになった頃からは、頻繁にひとりで来るようになった。

 俺は後から知ったのだが、木村と麻衣が付き合いだしたのはその頃らしい。


 ちなみに、木村が34万のギターをローンで買った時、信販会社の連絡に嘘をついた警備会社の事務員というのも麻衣だった。

 ふたりがつきあっていたのも意外だったが、この件についても意外というのが率直な感想だった。麻衣はわりとストレートにものを言うタイプで、嘘をつくようなイメージがなかったからだ。


 ただ時期的なことを考えると、ふたりがつきあいだす前後かと思われるので、恋愛感情が冷静な判断を狂わせたのかもしれない。

 なんといっても、麻衣の方から木村にアプローチしたというのだから……


 麻衣は少し変わった女だった。

 家が資産家の家系で、父親はいくつかの中小企業をもつ起業家でもあった。

 その事業の中には、うまくいってるものもあれば、うまくいっていないものもある、と麻衣は笑って話し、父はとにかく新しいことや未知の事業に挑戦する人で自分にもそういう血が受け継がれている、と言っていた。


 俺はそれを聞いて合点がいったようないかないような変な気分になった。

 そんな資産家で起業家の娘なら就職先などどうにでもなるだろうに、全くえんもゆかりもない警備会社に勤めたり、木村のようなフラフラしている男とつきあう意味が理解できなかった。


 更に麻衣は、四人姉妹の長女で、家をぐ男兄弟がいないらしいのだが、自分は家を継ぐための養子婿ようしむこをとることは断り、後継ぎのことは妹たちに任せた、ということだった。


 木村も麻衣の家のことについてはとくに興味がない様子で、それどころか麻衣の考えに対し、ロックだ、などとたたえリスペクトしているようだった。


 俺にはこの二人が自分とは全く別の生き物のように思えた。

 待っていれば、大きな宝船が向こうから自分のもとへやって来てくれているというのに……

 

 もし俺に権利があるのなら、その権利は何があろうと行使こうしするだろう。当然だ。

 むしろ、より多く宝を手に入れるためのさくこうじるだろう。


 俺は、その権利の価値を全く理解していない麻衣が少し腹立たしかった。

 しかし同時に、それがこの女のかもし出す魅力なのだとも感じていた。

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