異世界転生者の憂鬱
久野真一
第1話 異世界転生
ふと気がつくと、どこだかわからない一軒家のリビングのようなところに俺は座っていた。
「え?」
自分に何が起こったのか認識できない。確か、友達と徹夜麻雀をやった帰りに―そう、車に跳ねられたはずなのだ。身体中が死にそうに痛くて、血がいっぱい流れて、それから意識がだんだん遠くなって、「死にたくない」と強く願った事を覚えている。
「身体はちゃんとあるよな……」
自らの身体のあちこちを見回す。血はついていないし、関節が変な方向に曲がったりもしていない。
「ということは死んでなかった?」
最期の記憶と現状が一致しなくて混乱する。あの交通事故や徹夜麻雀自体夢だったのだろうか。
「いえ。あなたは確かに死にました」
ふと、気がつくと、テーブルの向かいに綺麗なお姉さんが座っている。純白のドレスをまとって、金色に輝く髪を持つ彼女は落ち着いた雰囲気と相まってとても神々しく見えた。そして、背中に生えた羽に、頭に浮いた輪っか。
「えっと。あなたは……?」
状況自体が不明だけど、いきなり現れた彼女が気になる。
「神様……とでも言えればいいのだけど、ただの説明係といったところかしら」
少し憂鬱そうに神様(?)はそう言った。まだ色々な事が信じきれていないけど、彼女が人でない何者かだということは、どこか納得できた。
「その、説明係とは?そもそも、ここはどこなんでしょうか?」
何かを知っているようだったので、説明を求める。
「そうね。まず、
「やっぱり、ですか」
今が夢だとか他の説明をつけることはできそうだったけど、あの記憶が夢じゃないのなら、俺はやっぱり死んだのだろう。
「やけに落ち着いていますね?」
「いえ。そうじゃないんですけど。現状は受け入れないと仕方がないな、と」
死んだのが元通りになるわけじゃないし。
「それで、説明係というのは?」
それが気になった所だった。一見、神様あるいは天使とも呼べそうな容貌をしている彼女だけど、そうではないと言う。
「名前の通りです。死んだ人の中で、転生予定の人に今後の処遇を説明するのよ」
「転生?読んだラノベとかで、異世界転生もの、なんてのがありますが」
ラノベのテンプレだと思っていたけど、まさか存在するとは。
「ああいう都合のいい転生じゃないんですけどね。最近の転生者は、「スキルは?」とかいきなり言ってきて困ります。現実とラノベをごっちゃにしないでもらいたいのですけど」
「ええと、説明係さんもラノベ読むんですね」
彼女は日本在住じゃないようだけど、どこで買ったのだろう。
「フィリアでいいですよ。転生者が何度も似たような事言うから、ちょっと興味が湧いて、そっちの世界に降り立って読んでみたのです」
説明係ことフィリアさんは、俺たちの世界とこっちを行き来できるらしい。
「それで、異世界転生ものと今の俺の状況が違うのはわかったんですけど、今後どうなるんですか?」
それが今聞きたかったことだった。「転生予定」と言っていたから、俺も何らかの形で転生するのだろう。
「話が早くて助かります。まず、あなたには……正確には、要件を満たした人には、なんだけど、別の世界に転生してもらいます」
「やっぱりですか。それで、そもそも転生といっても、どこに行くんでしょうか?」
「こことは違うどこか……なんだけど、19世紀イギリスが近いでしょうか」
「産業革命後みたいな?」
「話が早くて助かります。ちなみに、魔法とかスキルとかはありません」
「は、はあ」
心底うんざりしたように言うフィリアさん。それだけ、スキルだの何だの言う人が多かったのだろう。
「ところで、転生ということですけど、赤ちゃんからやり直し?それとも、そもそも人間に転生できるかもわからない?」
地球で言い伝えられている本来の転生だと、そういうことにもなりそうだけど。
「安心してください。今の記憶を持ったまま人間に転生してもらいます」
「そうですか……」
人なのは良かったけど、記憶を持ったままか。
「嬉しそうじゃないですね?」
「まだ、やりたいことがいっぱいありましたから。それに、彼女も気になりますし」
非業の死を遂げた人ならあるいは喜べるかもしれないけど、恋人として付き合って数年、ゆくゆくは結婚を、と考えていた人と二度と会えないのはつらい。そして、いつもお馬鹿やってた友人も。それに、夢も。
言ってて泣きそうになってしまう。別の世界でやり直せるだけ幸運と思わないといけないのに、二度とあの日々が戻ってこないのかと思うと、ただただ悲しい。
「記憶を消してやり直しはできないですか?持ってても辛いですし」
フィリアさんに懇願する。
「残念ながら、私はただの説明係。それに、転生のルールも機械的に決まっていて、変更不可能なの。ごめんなさい……」
心底申し訳無さそうに、フィリアさんが謝る。この人なりに色々苦労してきたんだろう。
「いえ、無理言ってすいません。なんとか頑張ってみます」
つらいけど、別の世界でやり直してみよう。
「そう言ってくれて助かります。じゃあ、手続きを説明しますね」
そう言って、フィリアさんは転生先の異世界について改めて説明してくれた。まず、この部屋を出ると転生すること。飛ばされる国は、19世紀イギリスに近い文明を持っていること。転生者への最低限の福祉として、自宅と、転生者専用の職業斡旋所を用意してくれること。名前については、今の俺の名前をそのまま使えること。言語については、日本にいるものと考えればそのまま通じること、などなど。
「ずいぶん、人道的なんですね」
もっと、お話で読んだ異世界転生だと色々適当だったけど。随分、お役所……というか、手厚い待遇をしてくれているように見える。
「昔は、もっといい加減だったんですけど。こっちで、さすがに非人道的ではないか、という声が下から上がって、色々改善されたんですよ」
「神様の世界も大変なんですね」
少し、同情してしまう。
「神様じゃないんですけど。それで、他に質問は?」
「無いです。あとは、こっちでなんとかします。でも、やっぱりつらいですね」
仕方ないことなのだけど、そう思ってしまう。
「気持ちはよく分かります」
フィリアさんが悲しそうな表情をして俯く。
「そう言っていただけるだけで救われます」
席を立って、転生のために部屋を出ようとする。
「最後に。辛いと思うけど、希望を捨てないでくださいね」
フィリアさんからの精一杯の励ましの言葉。
「頑張ってみます」
一度拾った命を無駄にしたくない。だから、頑張ってみよう。
そうして、俺は異世界に転生したのだった。
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