第316話Ⅱ-155 再び神殿へ7
■ネフロス国 神殿前
俺は宇宙空間で赤いモビルスーツに向かってサブマシンガンを撃ちながら回転していた。相手の動きが早くて狙いをつけるのが難しかったが、こっちも上下左右に自由自在に飛び回り・・・、なるほど、空を飛ぶときもこのイメージなら怖くないのかも。宇宙なら“落ちる”という感覚は無い。俺の風の腕輪もブーンは絶対に落ちないと保証してくれるし、無重力空間を自在に・・・。だが、宇宙にいたはずの俺はコロニー内の地面に押し付けられ背中から重たい何かを乗せられた。・・・スライムか? 柔らかい何かが・・・、何で宇宙にスライムが・・・。
「シルバー! 早いよ! ミーシャがついて来れないじゃない!」
夢から覚めた俺の耳元でサリナが怒鳴っていた・・・覚めたのか?まだふわふわしているから浮いているのだろうか?違った・・・、口の中に長い毛が入って来て気持ち悪い。どうやらシルバーの背中に乗せられて俺の上にはサリナが乗っかっているようだ。ムチムチの体が俺に密着しているのが感じられる。
-あれ? 俺は何をしてたっけ・・・。
子供を助けようとしたところに後ろで柵が砕ける大きな音がして・・・、背中に何かが・・・?
「おい、サリナ。どうなってるんだ?」
「サトル! 気が付いたの!? 大丈夫!?」
「大丈夫? 何があったんだ?」
「何がって! サトルは死にかけてた! 背中に岩が当たったの!」
-なるほど、木の柵を突き抜けた岩が俺を直撃したということか。
「それで、なんでシルバーの上に乗ってるんだ? 何処に向かってる?」
シルバーは俺達二人を乗せても速度を全く落とさずに走っている。密林の中で足場が悪いはずだが、様々な障害物をかわしながら滑空するように走り抜ける。
「それが判んないの! サトルと私を乗せて突然走り出したの!でも、神殿の方向に向かってるよ」
-神殿? ふむ、神の導きだからか? 農場なんかに構ってる場合じゃないのか・・・。
「ミーシャがついて来ているのか?」
「うん・・・、さっきは後ろに見えたんだけど。シルバーが速すぎて見えなくなった」
「そうか・・・」
理由は判らないが、こいつも大好きなミーシャを置いて走っているぐらいだから、それなりの理由があるのだろう。ご神託は別にしても、これまでの実績から俺自身は巨大な狼に全面的な信頼を置いていた。だが、なぜ急いでいるのだろうか?
「サリナ、起き上がるから。お前は俺の腰にしがみつけ」
「うん、もう大丈夫なの?」
「ああ、多分な・・・」
サリナに抑え込まれていた状態から上半身を起こして、シルバーの背に
「死にかかったって、お前の魔法で治療してくれたのか?」
「・・・違う。お母さん・・・」
背中越しにサリナの声が俺の胸に伝わって来る。心なしか元気が無い気がする。自分じゃなくママさんが治療したことが気に入らないのかもしれない。
「ママさんとショーイはどうしたんだ?」
「それもわかんない。ミーシャよりずっと後ろの方だった」
やはりエルフの戦士がクロスカントリー№1という事なのだろう。オリンピックがあればマラソンでも優勝できるんじゃないだろうか?それも2時間を切るぐらいのタイムで・・・。余計なことを考えていると祭壇が目の前に来た。祭壇は左右と後方が垂直になっているが、正面は階段状になっていて最上部には6本の柱が立っているのが見える。
-中南米にこんなピラミッド的なのがあったような・・・。
シルバーはピラミッドの階段も一気に登り始めた。乗っている俺達は落とされないように前傾姿勢になり、首筋の毛をしっかりと掴んだ。一蹴りで数十段の階段を登るシルバーは息も切らさずに駆け上がって行く。
-もうすぐ頂上付近・・・。
「サリナ、魔法を使えるように準備しろ!」
「うーん・・・、ここは魔法が使えないみたい」
「そうなのか!?さっきまで使えただろ?」
「うん・・・、でも、なんか違うんだよね・・・」
「?」
詳しく聞きたいところだったが、頂上に着きそうだったので俺はサブマシンガンを片手で持った。
-あと一蹴り・・・。
シルバーが祭壇の頂上に飛び上がったと同時に目の前にこげ茶の神官衣を着ているやせた男が現れた。迷わずトリガーを引いてサブマシンガンの銃弾を男の胸に叩き込んだ。俺が躊躇せずに撃ったのは男が足元に刻まれた六芒星の中に沈み込んで行こうとしていたからだ。
-普通の人間じゃないのは確実。
銃弾は神官衣をずたずたに引き裂きながら男の体を揺らしたが、男は悲鳴も上げずに俺の目をじっと見て、そのまま祭壇の中に溶けるように沈んで行った。
「消えたの!?」
「・・・どうかな」
シルバーから降りて男が消えた地面を触ってみるが、固い大きな岩が敷きつめられているだけで、仕掛けなどの
祭壇の最上部は10メートル四方ぐらいの平らな空間に6本の石柱が立てられていて石柱を結ぶようにして六芒星が描かれていた。それ以外には何もない・・・、神に生贄を捧げる場所なのか?それとも・・・宇宙船でも呼ぶのか? 意識を失っていたからか、余計なことが頭の中に次々と浮かぶ。
深呼吸をして祭壇の上から神殿の方向を見下ろして確認したが、前回来た神殿と少し違うようだ。中央に洞窟のような入り口があるのは同じだが巨大な石柱は無いし、野外コンサート会場みたいな施設も無い。というか、その代わりにこの祭壇が立っているのだ。
振り返って農場があった方向を見たが・・・、こっちも変だった。
■ネフロス神殿
神官長は水晶球が浮かぶ暗闇の空間に戻って来た。
「結界はつなぎ直せたようだな」
「だが、少し遅かったようだ。あいつらがこちらの世界に残ってしまった」
「ふむ、それはそれで良いではないか。あちらの世界に居無くなれば、我らの計画も進むことだろう」
「しかし、こちらの神殿とご神体を守らねばならんではないか」
「無論だ。それでも、ここでは魔法は土魔法と闇魔法以外は使えんからな。あいつらを追い払うぐらいは出来るだろう」
「・・・そうであれば良いが。新しい勇者の魔法は生きているぞ」
神官長は黒い死人達の首領ほど安心できなかった。魔法が使えないはずのこの場所でも、あの男は鉄の矢じりを神官長の体に大量に撃ちこんでいた。
「そんなものは、我らには何の効果も無かったであろう? 伝説の勇者の武具で無ければすぐに再生できる。急ぐ必要はない。じっくり時間をかけて、追い込んでやればよい」
「わかった。おぬしはどうするのだ?」
「戻ってムーアの結界の仕上げをして来よう。あ奴らがおらんのなら、少しは止めることが出来るであろう。・・・あと3日でムーアの町をネフロス様へ捧げてみせよう」
「ふむ。わかった。だが、油断するなよ」
「ああ、お互いにな」
二人は暗闇の空間から出て、神官長はこの世界の上神殿へ、首領はドリーミアにある神殿へと戻って行った。空間に浮かぶ水晶球には色々な場所の神殿が映っていたが、ボルケーノ火山の同じ場所に立って居るはずの神殿は全てが異なっているように見えていた。
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