第277話Ⅱ-116 タロウさん?

■森の国 北東の山地


 翌朝と言っても、日が昇る前に俺達はエルフの里を出発した。嫌がるママさんと抽選で選ばれたエルフ美女-サビーナとエリーサが一緒だった。ノルドは父親を捜しに行くのに、エルフの人手を貸すと言ってくれたので、里の広場で同行者を募集したのだが・・・、危うくケンカになるところだった。ミーシャが言っていた通り、俺はこの里では人気者のようで、見える範囲のエルフは全員行きたがった。だが、ここから森を抜ける為には4人乗りのバギーしか乗れないので、同行者は二人までとなってしまう。その二人の座を争って議論し始めたのだが、かなり激しい議論の末にくじ引き以外では怪我人が出るという結論になった。


 と言うことで、バギーの後部座席にはめでたく当選した2名が目を輝かせてシートに座っている。反対にママさんは自分の席をエルフに譲っても良いと言う態度だった。相変わらず、我が子の心配よりも父親と会いたくない気持ちが勝っているらしい。


 -ひどい母親だ・・・と思う。


 そんなママさんも横に乗せて俺はエルフの里がある森を後にした。森を北に抜けると平坦な草原地帯が広がったのでバギーの速度を一気に上げた。サリナ達が洞窟に閉じ込められてから既に40時間ぐらい経過しているのだから、かなり焦っている。


「凄い! 凄いな! サビーナ。 これなら馬よりも速い!」

「ああ、凄い! うん、ついて来て良かった! ありがとう、サトル!」


 喜ぶエルフをしり目にママさんはやさぐれた感じでサングラスをかけてシートにもたれかかっている。全くやる気は感じられないが、俺はノルドから聞いた情報だけを頼りにバギーを走らせ続けた。ノルドの説明によると北にある一番高い山よりも東側のどこかにママさんの父親-タロウがいると言う。


 -本当にタロウが名前なのか?


 先の勇者は日本人だったようだから、その一族が和名でもおかしくは無いが、ママさんはマリアンヌなのに・・・。


「あの辺りのどこかですね」

「ああ、そうだ。あの山地で木が薄くなっているあたりじゃないかな?」


 2時間以上走り続けるとサビーナは遥か遠くに見える山を指さして俺に方向を示した。


「どうしてですか?」

「あの辺りには川がありそうだからな、水をむにも魚を獲るにも都合が良いだろう」

「なるほど、そういうことですか。ありがとうございます、サビーナさん」

「役に立ったなら嬉しいな。なんでも相談してくれ。長老からもお前たちのために命を捧げよと言われている」

「ありがとうございます。お気持ちだけで・・・」


 命を捧げるなどとミーシャと同じ物騒なことを言っているが、サビーナ達は真剣なまなざしでバギーの行く先を見つめている。この真剣さをママさんにも見習ってほしいものだと思いながら起伏のある丘を回り込んで進むと、木の数が増えてきて地面の凹凸も大きくなってきた。少し先からは森になっていて山地全体は木で覆われているが、サビーナの言っていた通りに木が薄くなっている山裾やますそあたりから川が流れてきているのも見えた。


「あの先からは分かれて探しに行きましょう。二人は西側と東側から探してください。私たちはこのまま川に沿って北側に進みます」

「わかった。見つけたときはどうするのだ?」

「それは後で説明しますよ」


 バギーを森の入り口に止めて、ストレージからサビーネ達の装備を取り出した。すでにストレージ能力については隠すのをやめていて、里のはずれで二人を前にストレージからバギーを取り出している。突然現れたバギーに二人は興奮してテンションマックスの歓声を上げてくれた。ここで取り出したのはタクティカルベストと軽量リュック、グロック17、ペットボトルのドリンクと軽食そして発煙弾等だった。


「まず、この銃の取り扱いを説明します・・・」


 俺は最初にグロックの使い方を教えて、危険なので人には銃口を向けないように念を押した。二人ともすぐに使い方を理解して、少し離れたところにある木へ正確に命中させていた。


「これは・・・、凄すぎるな! これなら近くの獲物など何匹でも倒せるじゃないか!」

「お二人ならそうでしょうね。でも、危険な時だけ使ってください。それと大きな音がしますから、タロウさんを見つけたら空に向けて3発撃ってください」

「3発だな? よし、わかった」

「それと、この発煙弾の輪を引いて・・・、地面に投げてください」

「うわっ!? なんだ、赤い色が出てきたぞ! 燃えているのか?」

「いえ、これも目印ですよ。銃声が3発聞こえたら煙が上がっている方向に集まると言うことにしましょう。2つ渡しておきますから、一つ目の煙が止まったら2つ目を使ってください」


 俺は煙を出し続ける発煙弾をストレージに戻して、タクティカルベストと無線をサビーナとエリーサに装着させた。


「無線で二人の声が離れても聞こえています。こちらの声も耳の中に聞こえてきますからね」

「ああ、耳が何だか変な感じだが・・・、わかった。よし、じゃあ行こう!」

「お願いします」


 エルフの二人は笑顔を見せて東西に分かれて森の中に走って行ったのを見送り、俺達はバギーで木をかわしながらゆっくりと北の方へと向かっていく。横のママさんは相変わらず無言だった。


「ところで、マリアンヌさんのお母さんはどうされているんですか?」

「母はいません」

「いない・・・と言うのは亡くなったのですか?」

「いえ、父の説明では私には母はいない。私を産んだ後に居なくなったと聞いています」

「・・・」


 -あかん! 無茶苦茶や!


 ママさんのお母さんも変人なのだろうか?それともタロウと言う人がおかしいのだろうか?この家族ではサリナが一番ましというかちゃんとしているような気がしてきた。ママさんからはそれ以上の説明はなかったので、会話もそこで止まってしまった。そのうち木が密集してきてバギーでも走りにくくなったので、バギーを降りて徒歩で木々の間から見える山の頂とコンパスを頼りに速足で北を目指した。


 川に沿って30分ほど歩いた時に西の方角から3発の銃声が聞こえてきた。


〔サトル! 聞こえるか? 馬の足跡を見つけたから、こっちに来てくれ! 何度も通った跡がある〕

「判りました。すぐに行きます。・・・エリーサが何か見つけたようですね」


 無線からエリーサの声が聞こえて、手掛かりが見つかったと言うのにママさんは皺を鼻の上に浮かべて不機嫌そうに頷いた。建設的な意見は聞けそうになかったので、俺は黙って西の方角に向かって急ぎ足で進み始めた。後ろにはだらだらと歩く人がついて来ている。俺が思ったよりもかなり離れた場所からピンク色の煙がたなびくのが見えたところで、サビーナが追いついてきた。


「おおー! あんな風に見えるのだな! いやぁ、やはりサトルの魔法は良いな!」


 サビーナは目を輝かせてサトルを横から見つめてくれる。非常事態の最中でも思わずドキドキする綺麗な緑色の目がすぐそばで輝いている。それにしても、エルフの二人は森の中を走るのが速すぎる。まだ遠くに見えるエリーサの煙までの距離と同じぐらいをサビーナも逆方向に走っていたはずなのに、既に俺達に追いついて来ている。


 サビーナが俺達に追いついてから5分ほど歩いて、ようやく発煙弾が上がっている場所にたどり着いた。エリーサは手を振りながら俺達を笑顔で待っていた。


「ほら、見てくれ! ここからあの方向に何度も馬が通った跡があるだろ!?」


 嬉しそうなエリーサが指さす地面には確かに草が踏みしだかれて、馬のひづめの跡が続いている場所があった。


「そうですね、ありがとうございます。じゃあ、この跡を追いかけましょう」

「うん、そうなんだが・・・、サビーナ、何か先の方にいると思わないか?」

「やっぱりそうか、私も大きなのが動いているのを感じた」


 エルフの二人には何かがいるのを感じたようだが、当然ながら俺には何のことかさっぱりだった。


-敵? 黒い死人がこんなところに居るはずはないけど・・・、それとも魔獣か?

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