第256話Ⅱ-95 文書配布スタンプラリー

■火の国王都 ムーア 


 俺が15分で印刷した文書に女王の署名を記入するのに二日かかると内務大臣から説明を受けた。女王の署名に時間がかかるのではなく、内容を法務官二人が必死で確認するのに時間が必要となるようだ。時間を有効に使うために待っている間は俺達は町の東外れにある大きな倉庫の購入手続きを行うことにした。ショーイとリンネが見つけてくれたのは、もともと武器庫として国に貸し出していた倉庫らしいのだが、先の戦で武器や物資の多くが戻って来なくなって空いてしまったものだった。もちろん戻って来なかったのはちびっ娘が物資の大部分を吹き飛ばしてしまったからだ。倉庫の中は2頭引きの馬車なら20台が入れる広さで天井も普通の家の2階ぐらいの高さにあるから、塩の売買を行うには十分な広さの筈だ。お値段は金貨250枚(約2500万円?)とこの世界では非常に高価な買い物になったが、ショーイが言うには相場より安いらしい。


 倉庫の中にプレハブを二つと寝る場所としてシェルターとキャンピングカーを入れた。片付けと掃除はリンネの死人しびと達にお願いして、床から壁まで余すところなくきれいにしてもらった。事務所の雰囲気を作るためにシェルターの中にテーブルや椅子、応接セットと活躍したコピー機も置くと、なんとなく仕事をする場所っぽくなってきた。


 丁寧に準備したが倉庫の整理には1日しかかからなかったので、次の日は獣人の村に様子を見に行った。もちろん、ママさんの転移魔法を使ってだ。転移魔法用の聖教石は倉庫の片隅―キャンピングカーの裏側―に埋めることでこの倉庫を暫定的な転移ポイントしてある。倉庫から獣人の村、エルフの里、セントレアに瞬間移動することができるようになったのだ。


 獣人の村では塩田の整備が着実に進んでいた。既に海水が大量に運ばれていて、棚田状になった塩田で徐々に濃度の上がった海水をリカルドとハンスが大きな釜で炊き始めている。


「順調みたいだね。リカルド」

「うん、塩を作るのは簡単だけど、サトルの持っているのと同じような色にするのは難しいかもね。試しに作ったものはもっと黄色い色になったんだ」

「味はどうなの?」

「そんなに変わらないかな」

「じゃあ、気にしなくて良いよ。俺の塩と比べる人はいないから」

「そうか、そうだね。海から運ぶ人は10人ぐらいで良いから、残りは道の整備に回ってもらってる」


 リカルドは俺のやりたい塩の製造と販売に必要なことを着々とこなしている。手足として働く死人しびとも十分に活躍してくれているようだったので、一通り見て回った後に食料などの物資を補給してムーアの倉庫に戻ってきた。


 倉庫に戻ってからは文書配布の準備を進めておくことにした。車はミニバン4WDを3台用意して必要物資を積み込んである。後はチーム編成を考えるだけになっている。ドライバーが俺、サリナ、ミーシャの3人になるので、ペアを作って配布するルートを決めなければならないのだが・・・。


「サリナは誰と一緒が良いんだ?」


 ここのところ機嫌のよくないちびっに最初にペアを選ばせてやることにした。今回は書類を配るだけの事務作業みたいなものだから、サリナの組み合わせにこだわる必要も無いだろう。


「私が決めて良いの? うーん・・・、リンネと一緒が良い!」

「じゃあ、リンネと一緒だな。それで良いよ。ミーシャは誰と一緒が良い?」

「私は誰とでも構わないぞ」

「私はサトルさんと一緒に行きますよ」


ママさんは聞いてもいないのに俺のパートナーに突然立候補してきた。


「お母さん!? サトルと一緒が良いの?」

「ええ、私は転移魔法が使えますからね。いざと言うときにはサトルを連れて早く移動できるでしょ?」

「そっか、転移魔法はお母さんしか使えないもんね・・・。仕方ないね」


 サリナは俺がママさんと行くのがあまりうれしくないようだが、自分が母親と一緒に行くと言わなかったくせに良くわからない奴だ。


「じゃあ、ミーシャはショーイと一緒で良いかな?」

「ああ、構わない。それで、配る場所はどうするんだ?」

「ミーシャは南を頼む、サリナは北、俺はこの王都周辺を多めに周るよ」

「「わかった」」


 火の国は南北に細長く伸びている国だ。正確には西にも大きく広がっているのだが、西側は火山を中心とした険しい山地になっていて集落などは存在しない。配布する数量は俺が100枚近くを引き受けるから残りは50枚ずつと少なくなるが、南北は移動距離があるので同じぐらいの時間がかかるだろう。配布する先のリストと地図をもらったが、迷うほど道があるわけでもないから、曲がる場所さえ見逃さなければ何とかなるだろう。


「3日で終わると思うけど、念のために食料は5日分積んである。後部座席を倒せばゆっくり寝れるようになっているから、野宿よりは居心地は良いと思う。万一、3日目で配り終わらなくても、4日目には必ず一度ここに戻ってきてくれ」

「食べる物は何を積んでくれたの?」


 ちびっは書類の配布よりも食い物の方が気になるらしい。


「パンとか温めて食べる牛丼とかカレーとかだよ。カップ麺も入れてある」

「わーい! 久しぶりに牛丼だって! ミーシャ!」


 肉を愛してやまない娘は焼肉でなくても肉が良いのだろう。嬉しそうにミーシャに抱きついている。戦の時も残った食糧を整理すると牛丼だけ減っていたような記憶がある。こいつはいまだに色気より食い気ってことなんだろう。だが、ちびっ娘の食欲よりも、俺はミーシャとショーイの組み合わせが気になっていた。


 ―ミーシャだから大丈夫だが・・・、狭い車内でショーイと一緒に寝るのか・・・。


 ママさんが俺と行くと言い出さなければ、俺がショーイと行くつもりだったのだが、ほんの少しママさんを恨みながら、明日以降の段取りについて最終確認を始めた。


■炎の国 アルムの村


 今朝は日の出とともに王宮で配布する文書を受け取って、3台の車で配布先に向かった。俺は最初の村アルムにムーアから10分で着いた。20件程度しか建物が無い小さな集落に見えたが、ママさんの話では村の周りの畑の中にも家が点在しているはずと言うことだ。井戸の近くにある一番大きな家の窓から俺の車を見て怯えた目が4つ見えている。車から降りて、近寄っていくと逆光になった暗がりの奥に見えていた目が引っ込んだ。


「あのー、すみません、王宮から書状を持ってきました。村長の家を教えてください」


 窓越しに家の中へ声を掛けるとぼそぼそと話しをする声が中から聞こえた後に入り口のドアが少しだけ開いて皺だらけの顔が見えた。


「王宮・・・、村長はわしですが・・・、その黒い塊は一体・・・」

「これは・・・まあ、気にしないでください、これが新しい法の書状になります。次の満月から有効になりますから、奴隷や人身売買は禁止されます」

「奴隷・・・、人身売買?」

「この村に奴隷はいますか?」

「い、いえ、そんな。このような小さな村に奴隷などはおりません」

「そうですか、では問題ないですね。これからも人を買ったりしないでくださいね。新しい法の文書がこれになりますから確認してください」


 扉から半身を出している村長に笑顔で書状を手渡すと、怯えながらも書状を受け取り開封して確認してくれた。


「人の売り買いは禁止・・・、獣人とエルフも人・・・?」

「何か問題でもありますか?」

「いえいえ! とんでもない、ですが、我々の暮らしとはあまり関係が無いことでしたので・・・」


 確かに奴隷がおらず、獣人達と会う事もなければ何の事かもわからないだろう。


「では、ここに受け取りの印をお願いします」

「はい、少しお待ちください」


 村長は奥に引っ込んで直径3㎝ぐらいの大きな木彫りの印鑑を持って来た。炎の国では村長や町長等の責任者が法を公布することになるのだが、王宮から届いた書状を受け取った確認をあらかじめ渡されている公印で行う事になっている。受け渡しを記録するためにスタンプラリーのように2枚の紙に押していかなければならない。


「はい、ありがとうございます。村の方々に必ず伝えるようにお願いしますね」

「もちろんでございます!間違いなく皆に伝えておきます・・・それで、今晩のお食事ですが・・・」


 未だに怯えている村長は何度も頷いて約束してくれたが、突然夕食の話を始めた。


「食事? 何の話ですか?」

「今日は早いお着きですが、今日はこの村にお泊りになられるのでは?」

「いえ、すぐに次の村に行きますよ」


 3日で100の町村を回らないといけないのに、こんなところでゆっくりして行く暇は全くない。


「次の村? そうですか・・・、今までのお役人は必ずお泊りになっておられましたので、てっきり今回も同じかと、精一杯おもてなしをさせていただきますが」

「お気持ちだけいただきます。それでは、これで失礼します」


 村長はまだ何か言いたそうにしていたが、時間が気になったので話を打ち切って車に戻った。ママさんも村長に笑顔を向けて助手席に乗り込んだ。まだ一か所目だが、とりあえず奴隷廃止の法案が最初の村に渡った。


 -1日に33か所・・・10分おきに配っても330分で6時間以上か・・・、結構厳しいな。


 俺は文書配布スタンプラリーを少し甘く考えていたことにようやく気が付いた。

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