第254話Ⅱ-93 公文書印刷

■火の国王都 ムーアの王宮


 今回の火の国入りでは、女王から貰っている証明書のおかげで前回は迂回した関所を堂々と通過することが出来た。俺のミニバン4WDを見つけると関所の兵たちは怯えながらも槍を構えて取り囲んだ。だが、先の戦で敵だった勇者一行とわかると、憎しみを込めた目で見ながらもそのまま通るようにと障害物を退けてくれた。彼らにとっては俺達は勇者ではなく、仲間を大量に殺し、傷つけた憎い相手と言うことでしかない。


 ―この世界に関わると当然こうなる・・・


 王宮の入り口でも車を見ただけで証明書を見せなくとも、中に通してくれた。車からコピー機と発電機を台車に乗せて王宮の中に入っていくと事務機の修理に行く会社の人になったような気がした。もちろん、そんなことをやったことも無いのだが。


 女王の間にすんなりと入っていくと、奥の大きな机に座った女王の横には3人の男が立っていた。俺たちの背後には案内をするには多すぎる近衛兵がついて来ていた。


 ―まさか、襲ってくることも無いと思うが・・・


「ようこそ、勇者様。遠方までありがとうございます」

「いえ、お約束ですからね。早速ですが、法を変える文書は出来ていますか?」

「まあ、いきなり本題なんですね。その前に、メアリーはいかがですか?元気にしておりますか?」

「ええ、元気ですよ。私も外に出ている時間が多くてあまり一緒にはいないのですが」

「そうですか、できるだけ一緒にいてあげてくださいね。あのも王宮の外で暮らすのは、いえ、この国を離れるのも初めてです。しっかりしたではありますが、心細く思っているでしょう」

「わかりました、年の近い仲間がいますからできるだけお話しするようにします」


 ちらりと横にいるサリナを見たが、俯いたままだった。相変わらず、ご機嫌ナナメって感じだ。


「よろしくお願いします。では・・・、ここに居るのはこの国の大臣ブライト、近衛侍従のオットーと法務官です。書状の話はブライトから説明させていただきます」


 ブライトと言われた男は土気色の顔をした40歳前後に見える男だった。細面の整った顔立ちをしているが、表情をほとんど変化させずに軽く頭を下げた。


「初めまして、勇者様。ブライトと申します。以後お見知りおきください。早速ですが、今回の女王令が出来上がっておりますので、まずはご確認ください」


 ブライトに命じられて法務官が丸められた紙を俺の前に持ってきた。この世界で作られた紙は黄ばんでゴワゴワした手触りのものだ。大きさはA4より一回り大きいが、綺麗な長方形と言う訳でもない。内容は・・・


 ・我が国では人の売り買いを行うことを禁ずる。

 ・奴隷として人を保有することを禁ずる。

 ・売り買いを行った者並びに人を奴隷として保有する者は死罪または牢に繋ぐものとする。

 ・獣人及びエルフ等の異形の者も人として扱う。

 ・この定めは次の満月をもって有効となる。


 ほぼ問題ない・・・のか? もう少し人権的な記載を入れた方が良いような気もするが・・・、最低限の要素は入っている気がするから、まずはこれで良いだろう。


「牢に繋ぐ期間は決まっているんですか?」

「死ぬまでですな」


 ブライトはさらりと言ったが、要するに人身売買は死刑か終身刑ということだな。かなりの厳罰主義だが、そのぐらい厳しくても俺は問題ないと思った。


「わかりました。次の満月と言うのは何日後でしょうか?」

「昨日が丁度満月でしたので、30日後と言うことになります」


 この世界の暦は月の満ち欠けで数えている。月といっても、地球にあるのとは違っていくつもあるのだが、その中で最も大きい月が満ちるサイクルが約30日ということだ。


「良いでしょう。この内容でお願いします」

「では、勇者様の魔法でこの書状を写していただけると聞いておりますが」

「ええ、ですが、この部屋でやりますか?少し音が出ますし、匂いもするので別室の方が良いと思います」


 コピー機自体は大した音が出ないが、発電機を回すとそれなりの臭いと音がする。女王陛下の部屋でやる作業ではないだろう。


「構いません。私も見てみたいので、ぜひこの部屋でお願いします」

「そうですか、わかりました」


 女王本人がそう言うなら特に隠し立てする必要も無いだろうと思って、その場で作業をすることにした。横を見るとサリナが頷いて台車から発電機を地面に下ろすようにショーイに指示を出した。コピー機は台車に乗せたままで、コンセントを発電機に繋いですぐに発電機のスターターを押した。発電機の唸りが綺麗に整えられた部屋に低く響き渡る。


 ―ドゥルル・・・・


「こ、これは何の音ですか?」

「魔法の音です。少し音の出る魔法なんですよ」


 女王の問いに適当に答えておく。この世界では理解不能なことはすべて魔法と言ってしまえば解決するので、ある意味楽だった。もらった書簡をコピー機にセットしてコピーのボタンを押す。1枚出てきたのはA3サイズで現行よりも二回りぐらい大きくなった。


「これだと大きすぎますか? 切った方が良いでしょうか?」


 俺はコピーされた1枚目を法務官に渡しながらブライトに尋ねた。


「えっ!? もう出来たのですか? ・・・確かに・・・、いや、・・・うむ。大きさはこれでも構いません。念のため内容を法務官が確認してから女王に署名をもらいます」

「1枚ずつ確認が必要なんですかね? 同じものが300枚出てきますから、その1枚が問題なければ続きを始めます」

「署名をいただく前にはすべて確認する必要があります」


 コピーだから違うものが出て来るはずはないのだが、そんなことを言っても理解できないだろうから、頑張ってチェックしてもらうしかないな。


「じゃあ、続きも写しを作っていきましょう」


 枚数を299枚にセットしてコピーボタンを押すと、リズミカルな音とともにA3の紙がリズミカルに出力され始めた。途中で髪の補給が必要になるだろうが、15分ほどでプリントできるだろう。


「それは、同じものが出てきているのですか?」

「ええ、写す魔法なので全く同じものが出てきます」


 ブライトは眉間にしわを寄せて考え込んでいる。


「それはどのようなものでも写せるのでしょうか?」

「紙に書いてあるものなら、ほとんど大丈夫でしょう」

「なるほど・・・、これ以外の書状を写していただくことも可能でしょうか?」

「できますが、どう言う書状でしょうか?」

「法に限らず様々な文書が国内では出状されます。同じ文書を10枚、100枚と書くのには時間も労力もかかりますので、その魔法があれば・・・」


 行政文書の類なら問題ないか・・・、だが、無償で提供するのはもったいないし、この国の事をまだ信用できない。


「文書によりますね。内容が問題なければ、費用をもらって写しを提供しましょう」

「その魔法の箱を売っていただくことは出来ませんか?」

「これは、私の魔力が切れるとそのうち動かなくなりますから、売っても役に立たないですよ」


 嘘では無い、コピー用紙や発電機の燃料を補給できなければ、単なる箱になる。


「そうですか、それは残念です」

「ですけど、塩を販売する場所をこの町に作る予定です。その場所で使えるようにしておきましょう。必要な時はそこに来てください」

「なるほど、それは助かります。具体的な場所は決まっているのですか?」

「いえ、今探していますので、決まったらご連絡しますよ」


 ショーイとリンネが二人で倉庫になる場所を探しに行ってくれている。予算は青天井と伝えているから、すぐに見つけてくれるだろう。コピーレンタルの収入を当てにする訳では無いが、この国の文書を見ればが国の事が判るかも知れないと思った。

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