第236話Ⅱ‐75 勇者の記録

■始まりの町スタートス教会跡


 教会跡の空き地に戻ってきて、キャンプ用のテーブルセットを取り出して木箱をその上に置いた。木箱は土をきれいに払いのけると、かなり厚みのある板で精巧に作られていることが分かった。ジャストサイズで上から被せるようになっていた蓋を取ると、中には迷宮の木箱で見慣れた麻布が出てきた。布をめくるとさらに油紙のようなもので包まれたノート、俗にいう大学ノートが10冊ほど出てきた。表紙にはアラビア数字で番号が振られていて、見慣れた文具メーカーのロゴも入っている。中を見なくても日本人が使っていたことが明らかだ。開いて中をパラパラと見ると・・・。


 1冊目のノートには、先の勇者たちがどんな風にこの国へ来て、修行をして魔法や武術を習得していったのかが時系列で書いてあるようだった。勇者には何人かの仲間がいて、その仲間の事も書いてある。いくつか気になる箇所があったが、後で確認することにした。


 次に開いたノートはこの世界の魔法のことが書いてあった。最初に火の魔法について書いてあるが、読み進めるとロッドや風の魔法と組み合わせて使うと効果的だと、絵を交えて説明しているのだが・・・、絵が驚くほどヘタクソだ。サリナは間違いなく、勇者の子孫だなと確認できた。


 他のノートも魔法の使い方が色々と解説してある。共通しているのは魔法を強化するには魔法力と聖教石の組み合わせが重要と言うことのようだ。ロッドはそれの集大成なのだろう。5冊読んだが似た内容だった。それに、画期的なことは何も書いていない。むしろ、勇者がこんなことを書かなくても・・・と言う気がした。


 だが、次のノートでその理由を勇者自身が書いていた。この国では魔法を工夫すると言う人間が少数派だったようだ。複数の魔法を組み合わせて使うとか、道具を使って魔法を強化するとか、俺の中では当たり前のことがこの世界では行われていなかった。


『この世界では何かの理由で“創意工夫”が少ない。だから科学も発展していない』

『その代わりなのか、神の恩恵―魔法―を神が授けた(?)』

『魔法が無くて科学が発展する世界と魔法があって科学が発展しない世界。どちらが良いというわけではない』

「だが、この世界で魔法を使うためには神の存在を信じ、この世界を想う心の強さが必要だった」


 勇者はそんな風に結論付けていた。1時間近くかけてノートを見たが画期的なことは見つけられなかった。もっとも斜め読みなので、もう一度ゆっくりと読み直す必要がある。俺が顔を上げると、黙って紅茶を飲んでいたママさんが俺を見つめている。


「何が書いてあるのですか?」

「魔法の使い方が中心ですね。後は聖教石やロッドとの組み合わせなんかが書いてあります。それ以外は勇者がやってきたことが・・・、ですが魔竜の事が書かれていません」


 ―何故だ?魔竜については最も大事な情報だと思うのだが・・・。


「聖教石の造り方は書いていませんでしたか?」

「ええ・・・、少し書いているのですが短いですよ」

「何と書いてあるのです?」

「神に祈りをささげて、聖教石を加工した。それだけです」

「それだけ?」

「それだけです」


 ママさんは目を細めて風の丘の方を振り向いた。期待した答えでは無かったたようだ。だが、見た範囲ではそのぐらいしか書いていない。


 ―このノートに書いてある通りなら、まずは神を信じるところから始めるしかないな。


「ところで、どうしてこのスタートスに転移できたのですか?ここにもエルフの里と同じ聖教石があるのですか?」

「そうです、この場所にも転移用の光聖教石が埋められているのです。先の勇者はここから転移魔法でいろんなところに転移したと父や祖父から聞いていました。エルフの里にも行ったと聞いていましたから、あそこにも同じ光聖教石があると信じていたのです」

「いろんなところって、他にはどこに行っていたのですか?」

「各国の教会ですね。今は閉ざされたところが多いですが、州都の大教会には転移の間が必ずありました。・・・と言うよりも、昔は教会の転移の間からしか転移できなかったのです。勇者が自分で転移の光聖教石を作ることが出来るようになって、エルフの里やこの空き地のような場所からも転移できるようにしたのです」

「なるほど、自分で光聖教石が作れれば、どこからでも転移できるようになるんですね」


 移動手段が馬や馬車に限られているこの世界で自在に転移できる場所を作れたというのは画期的なことだったのだろう。


「それで聖教石の加工の方法を詳しく知りたかったのですが・・・」

「でも、書いてある通りだと思いますよ」

「書いてある通りというのは、神に祈りを捧げると言うことですか?」

「ええ、魔法もそうですよね? 神様にお願いすれば、それが実現される。だったら、石の加工も同じですよ。神様にお願いすれば、ちゃんと加工できるのでしょう」

「なるほど・・・、あなたの言う通りですね。さすがは勇者です。魔法と分けて考えていたのが間違いだと言うことですね。だったら、次は加工する聖教石を探しに行く必要がありますね」


 ―勇者ねぇ。用済みになれば邪魔者に・・・。サリナの一族もそういう扱いだったのだろうか?


「聖教石はどこで採れるのでしょうか?」

「判りません。それも書いていませんでしたか?」


 ノートには聖教石を採掘(?)する方法については見当たらなかった気がする。だが・・・。


「具体的にどこで入手するとは書いていなかったと思いますが、この前ムーアで黒い死人達のアジトから持ってきたのがありますけど、これは使えませんか? それに、迷宮で見つけたのもいくつかあります」


 俺はストレージの中に保管してあった聖教石を取り出してテーブルの上に並べた。袋に色とりどりの聖教石がたくさん入っているのがアジトで獲ってきたもの。宝石箱に入れてあるのは、迷宮で燃えるライオンから持ち帰った赤い石と最後の迷宮に埋まっていた黄金色の聖教石だった。


「この袋に入っているのは、教会魔法士が持っていたものですね。これは、その魔法士の色がついてしまっているので加工は出来ません。この赤いのは・・・、聖教石ではないですね。ですが、何か強い力のある石だと思います。そして、最後のこれは・・・どこで見つけたのですか?」


 ママさんは最後の迷宮で見つけた黄金色の聖教石を手に持ち、太陽の光にかざして見ている。


「これは南の迷宮、未開地と言われる一番南にあった迷宮で勇者の魔法具を見つけた場所で地面に埋まっていました」

「そうですか、これが転移用の光聖教石だと思います。数も5本ありますから、先の勇者―私の先祖がその場所に埋めたのでしょう。その場所に戻り易くするためだと思います」

「戻り易くですか? 確かに、馬や馬車で行くなら何日どころか1か月ぐらいはかかるかもしれませんからね。今は魔獣だらけで行くと大変なことになるし・・・、でも何のために戻る必要があったんだろう?」

「それは次の勇者―あなたのためでしょう。次の勇者が魔法を使えれば、そこに転移することが出来ます。ですが・・・、転移の魔法は自分の知っている場所にしか行けないと聞いています。遠くに転移場所があっても、その場所を知っていないと転移はできないのです」

「だったら、何故あそこに聖教石があったんだろう?」

「わかりません。ですが、この石を使って新しい転移場所を作ることが出来ますね。そうすれば、こことエルフの里、そして新しい転移場所の3か所は自在に転移できるようになります」


 転移ポイントを作るとしたらどこが便利だろう?俺の車でも、ここからエルフの里までは、昼間に丸一日走って着くかどうかだ、セントレアはもう少し近いが、それでも10時間ぐらいだろうか?ポイントを作るならできるだけ遠い場所の方がお得だな。


「マリアンヌさんは、どこに転移ポイントを作るつもりなのですか?」

「それはあなたが決めることですよ。石もあなたが見つけてきたのですからね。ですが、水の国の女王に相談した方が良いかもしれませんね」

「女王に?」

「ええ、女王はセントレアに転移場所を持っているはずです。もし、その場所を使わせてもらえるなら、セントレアには必要ないでしょう。もっと遠い風の国や南のバーンに作った方が良いと思います」

「なるほど、確かに近くに二つあっても効果が薄いですからね。じゃあ、何処にするかは女王と相談してからですね」

「ええ、そして、聖教石がどこにあるのかも女王は知っているのかもしれませんからね」

「どうして、女王が聖教石の採れる場所を知っているのでしょうか?」

「あの方は何でも知っているのですよ。それを話すかどうかは別にしてね」


■エルフの里


 サリナはミーシャ、エル、アナとテントの設営を手早く終えて、バーベキューグリル等は広場に並べた。いつものように、みんなで食べるように準備しておけばよいはずだったが、今回は大勢のエルフが一緒だから、食材も道具もたくさん必要だった。


「ミーシャ、エルフの人たちは何人ぐらいいるのかな?」

「そうだな、今は200人ぐらいだろう」

「200!? いっぱいだから今ある食器じゃ足りないね。後でサトルが用意するから大丈夫だと思うけど・・・」

「食器はそれぞれ持ってきてもらえばいいだろう。皿とフォークだけあれば何とかならないか?」

「それなら大丈夫だね」

「うん、そうだな。後で皆に声をかけておくよ」

「じゃあ、後の準備はサトルが戻ってきてからだね」

「そうだな」

「ねえ、もう2時間ぐらい経つのに、二人は遅いよね」

「だが、夕食まではまだ時間があるだろう?」

「うん、そうだけど。どこに行ったか分からないし・・・」

「心配するな。あの二人なら大丈夫だ」

「うん・・・、ねえ、うちのお母さんもサトルのことが好きなのかな?」

「!・・・、いや、好きかもしれないがお前の言う“好き”とは意味が違うのじゃないか?」

「そうかなぁ。なんだか嫌な予感がするんだよね。この間のせいれいの人もだけど・・・」

「精霊の人? 神殿であった水の精霊の事か?」

「うん、あの人は嫌な人なの!」

「どうしてだ? この間はお前が何か言いかけたのをサトルが止めていたが」

「うんとねぇ・・・、サトルの口に自分の口をつけたの」

「!」

「それに勇者の事、サトルのことが好きだって言ってた!」

「そ、そうか・・・。まあ、サトルは良い奴だからな。うん、みんなが好きになるのだろう」

「でも、あの人はダメ! くっつき過ぎだもん。私だって、我慢しているのに・・・」

「うん、だがサリナ。相手は精霊だからなぁ。人と同じように考えても仕方ないだろ?」

「それでも・・・やっぱり嫌! ミーシャは嫌じゃないの?」

「わ、私か・・・、うむ、あまり良い気持ではないが・・・、私たちが口出しする問題でもないな」

「ミーシャは・・・、大人だね。私もそうならないといけないのかなぁ?」

「いや、お前はそのままで良いのだ。私は今のままのお前が好きだぞ」

「本当!? ありがとう、ミーシャ!」


 まだすっきりしたわけでは無かったが、ミーシャと話したことでサリナは少し気持ちが楽になった。


 ―ミーシャは今のサリナを好きでいてくれる・・・、でも、サトルは?

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