第230話Ⅱ‐69 自立

■火の国の南海岸


 サリナは思ったよりママさんの事を心配していなかったようだ。花火で遊び倒してシャワーを浴びた後は、エルとアナに挟まれてベッドですぐに眠りについた。ショーイとリンネは二人で何か話しながらビーチチェアでワインを飲んでいる。俺も片づけを終えると一人ストレージに入って、ゆっくり風呂に入ることにした。


 体中に染みついた火薬と煙の臭いをシャワーで流してから湯船につかって、精霊の言っていたことを考えていた。水の国の女王も今日の精霊も俺がまだ子供だと言う。それに反発するつもりは無いが、この世界で大人になるというのはどういうことだろう?単に20歳で成人になるとか大学を出て就職するというのとは違うことだとは思う。


 ―そもそも大人・・・ってどうやってなるんだ?


 改めて考えると、大人になる方法が良くわからなかった。だが、自分が考える大人はいろんな意味で自立した人間だと思っている。


 ―自立・・・、ちゃんと働いて自分で物事が決められるって感じかな?


 全てのものを持っているから金のために働く必要も無いが、何かこの世界で役に立つことをする・・・というか、社会の一員として何かすべきなのだろう。だったら、何をするかを決めてそれを実行すれば大人に近づける・・・、何だかそんな風に思えてきた。


 ―で、何をする? 勇者? 魔竜討伐? 悪人を捕らえる?


 これを自分で決めないと大人になれないのかもしれない。これまでは結構流されてきたが、もう少し主体性を持って考える必要があるな。だったら俺は・・・。


 §


 翌朝は太陽が昇るのを眺めながら朝食をとり、キャンピングカー等をすべて収納して、みんなで歩いて勇者の神殿に向かった。神殿の前には獣人たちが敷き革を敷いて3人座っていたが、俺達を見て駆け寄ってきた。


「昨日から変わっておりません。ずっと、ここに神殿はあります」

「そうですか、中は覗いてみましたか?」

「とんでもない! 勇者様の神殿に触れることなどできません」


 なるほど、ここでは勇者が神格化されてるんだな。とりあえず扉を開いてみたがすんなり開いて、中には誰もいなかった。


「おーい! 水の精霊! いるのか?」


 扉を開けたまま声をかけてみたが何の返事もない。呼び出せるようなものでもないのか?それとも中に入って扉を閉めないと出て来ないのか?


「ショーイ、一緒に入ってみようか?」

「ああ、良いぞ。入ろう」

「ちょっと待って! サリナも一緒に行く!」

「いや、お前はここに居ろよ。あの精霊が嫌いなんだろ?」

「嫌いだけど、サリナ抜きであいつをサトルに会わせたくないの!」

「ダメだ。留守番だ。ミーシャと一緒にみんなを守ってやってくれ」

「フーッ!」


 サリナは怒った猫のような声を出してじたばたしていたが。無視して俺が先に神殿の中に入った。続いてショーイが・・・。


 ―バーン!


 俺が振り向くとまた扉が勝手に閉まっていて、ショーイの姿は無かった。


 神殿の外ではまたもやショーイが弾き飛ばされて地面に転がっていた。


「ったく! 何だってんだ、俺は入れないのかよ!」

「あーっ! ショーイの馬鹿! サトルが二人きりになっちゃうじゃないの!」


 サリナは転んでいるショーイを飛び越えて、神殿の扉の取っ手を掴もうとしたが、その手は空を切った。神殿は目の前からまた忽然と消えていたのだ。


 神殿の中で一人になった俺は、あきらめ気味に扉の取っ手を掴んだが、予想通りびくともしなかった。そして、振り向くと予想に反して玉座には誰も座っていなかった。


「あれ? いないのか? ワァっ!」


 水の精霊が今日は俺の後ろからいきなり抱きついてきた! やわらかい胸が背中に当たり、耳元に息がかかる。


「おい! いきなりなにすんだよ、は、離れろよ!」


 ―どうして? 嫌ではないのでしょ? わかるのですよ。


「い、嫌じゃないけど・・・、ってダメだから離れろよ!」


 ―ふーん、やっぱり子供なのですね。今日は誰も見ていないから、何をしても良いのに。


「何をしてもって、それよりも、いい加減にマリアンヌさん達を返してくれよ!」


 ―返して? 別に引き留めているわけではないですよ。時がくれば戻ってきます。もう少しです。


「もう少しってどれぐらいなんだ?」


 ―さあ、ここと外、そして神の庭も時の流れがそれぞれ違いますからね。


「そうか、じゃあ、外で待っているから出してくれ」


 ―せっかく来たのですから、少しお話をしましょうよ。


 精霊は俺の背中から離れて、赤い髪を揺らしながら玉座にふわりと飛んで行った。


「話? そうか、俺も聞きたいことがある。そもそも、水の精霊って何ができるんだ? やっぱり水を操ることができる?」


 ―ええ、その通りです。私は自由自在に水を操ることが出来ます。


「魔法で水を操るのとは違うのか?」


 ―同じですね。いずれも水の神の力を使うものです。違うのは、魔法は人の力の範囲でしか操れませんが、私は神の力そのものを与えられています」


「なるほどね。精霊のほうが水を操る力は強いんだな」


 ―そうです、ですが昨日の娘さんは人とは思えないほどの力を持っていますよ。


「サリナの事だな。じゃあ、もっと魔法が使えるようになるんだな」


 ―ええ、あのは誰よりも素養があります、そしてあなたもです。


「俺?俺ももっと魔法が使えるのか?」


 ―今のあなたは本来の力を使えていません。まだ、この世界を想う気持ちが小さいのです。先の勇者はあらゆる魔法を使いこなしましたが、それはドリーミアを想う気持ちが誰よりも強かったからです。


「想い・・・、それは具体的には何を想えばいいんだろ?」


 ―さあ? その答えはあなたの・・・勇者の心の中にしかありません。


「・・・そうか、判ったよ。自分で考えてみる」


 ―そうです。自分で考え、自分で決める・・・、勇者はその心のままに。もう少しで大人に成れそうですね。


 水の精霊は微笑みを浮かべると例のごとく消えた。具体的な説明は無かったが外に出ることが出来ると思って扉を押すとすんなり開いた。ドアの向こうで待ち構えていたサリナが俺に飛び掛かってきた。


「サトル! 大丈夫!? 変なことされなかった?」

「あ、ああ。話をしてきただけだよ」

「本当に?」


 サリナは俺の周りをクンクンと鼻をならして回り始めた。


 ―お前は犬か!?


「あー、何だか匂いがする!また、あいつがくっついたんでしょ!? もーッ!!」


 ―犬並みの嗅覚かもしれない。俺には何の匂いも感じないからな。


「いや、話しだけだ。お前も俺も魔法がもっと使えるようになるらしいぞ」

「魔法が? なんであいつがそんなことを!?」

「あいつって、あれでも神様の使いだからな。水を自在に操れるんだぞ。それより、俺が扉に入って出て来るまでどのぐらい時間がかかった?」

「時間? すぐだよ。サトルが入って・・・、10秒ぐらいかな?」


 ―10秒か・・・、もう少し話していたからな。やはり時間の流れが違うのか


「あッ! 消えた!」


 サリナの声で振り向くと、俺の後ろにあったはずの神殿が消えていた。


「ひょっとすると、ママさん達が戻ってくるのかもな」

「どうして?消えると戻るの?」

「良くわからないが、消えているときはどこか違うところに繋がっているんだろ。だったら、どこかに繋ぎに行ったってことだよ」

「ふーん・・・。良くわかんない・・・」

「まあ、ここで待つことにしよう」


 しばらく立ったまま待っていたが、戻って来なかったので椅子を出して、みんなで好きな飲み物を飲みながらゆっくりと座って待つことにした。だが、さらに1時間が経過しても神殿は戻って来ない。


「サトル、絵を描いても良いかな?」

「ああ、いいぞ。道具を出してやろう。リンネも描くか?」

「あたしは今は遠慮しとくよ。ここでお茶を飲んでゆっくりさせてもらう」


 サリナ達にお絵かきグッズを渡してやると、3人で椅子に座ったまま絵を描き始めた。見ていると昨日の花火を描こうとしているようだ。アナは花火だけを描き、エルはアナが花火を持っているところを描き、サリナは・・・、何かよくわからないものを描こうとしている。


 ―うん、サリナは迷画伯ってかんじだな。 


 3人のお絵かきが進み30分が経過したときにようやく神殿が戻ってきた。


「やっと戻ってきた! お母さんいるかな・・・」


 サリナの心配は杞憂だった。神殿の扉は中から開いて、ママさんの明るい笑顔が見えた。椅子から立ち上がったサリナは一直線に母親の胸に飛び込んで行った。


「お母さん!」

「あら、サリナ、どうしたのですか?それに、皆さんお揃いだったんですね・・・」

「お母さんたちが居なくなったから心配してたんだよ。もう1日たったのに!」

「1日・・・、そうですか、私たちがいたのは1時間ぐらいかと思ったのですが」


 やはり、神殿の向こうは時間の流れが違う空間になっているようだ。ママさんの後ろには笑顔のハンスも立っている・・・・!


「ハンス! 腕は!?」


 ハンスの右腕が元通りになっていた!

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