第200話Ⅱ-39 戦後処理 1

■森の国 首都クラウスの西


 森の国の兵やエルフ達と別れて俺達はクラウスに向かって車を走らせた。大型のピックアップトラックは俺が運転して、リンネ、ショーイ、そしてリカルドを乗せた。もう一台のクロカン4WDはサリナが運転して、ママさんとミーシャが乗った。木々を避けながら街道へ戻った後は東に向かってひた走ったが、あと1時間ちょっとでクラウスと言うところで完全に日が沈んだので、適当な空き地を見つけて野営をするためにキャンピングカーを2台呼び出した。


 捕虜にした3人は荷台の檻に入れたままで走って来たので、かなり辛そうだったが気にしないことにした。トイレもそのままさせようかと思ったが、荷台が臭くなるのも困るので、ショーイに見張りをさせて一人ずつ檻から出してやった。夕食は豪勢な焼肉パーティーで俺達は戦勝会を開き、捕虜にはパンと飲み物だけを与えていたが、捕虜達は特に文句を言うでもなかった。


 サリナ達はご機嫌で肉を焼き、食べ、大人達も俺が出したビールをうまそうに飲んでいる。周りにはリンネ配下の黒虎達を20匹ほど放って見張りをしてもらっているので、普通の敵なら問題なく追い払えるはずだった。俺は楽しそうに飲み食いしているみんなを見ていたが、頭の中では別の事を考えていた。


 -闇の世界・・・、黒い死人の首領、そしてあの魔物・・・


 人間相手だったら、今回の戦争のように負ける気はしないが、得体のしれない相手はやはり怖い。空から突然現れるのだから、今この瞬間に目の前に現れることだってできるのかもしれない。


 -まずは相手の事を知る必要があるな・・・


「マリアンヌさんは闇の世界の事で何か知っていることは無いのですか?」


 俺はサリナに勧められるままに肉を食べているサリナママから情報を聞き出すことにした。ママさんは食べる手を止めて、微笑みながら教えてくれた。


「詳しくはわかりません。この世界は光の神アシーネ様が司る光の世界。そして、それとは対極の世界が闇の世界・・・、肉体が滅びてなお生き続ける死者の世界と聞いています」

「死者の世界ですか・・・、やはりネフロスの信者と言う事になるのでしょうか?」

「闇の世界の神はネフロスですが、信者と呼ばれる人はこの光の世界に居ながら闇の神を信じる人々ですね。不死を願う人々や、死者を蘇らせたい人がネフロスを信じています」

「エルフが長寿だから滅ぼそうとしたと黒い死人達の頭が言っていましたが、どういう意味なのでしょうか?」

「さあ・・・、それは何とも・・・、ですがエルフは長寿の民、この光の世界の象徴のような存在です。その象徴を消し去る事が狙いなのかもしれませんね」


 -象徴を消し去るか・・・、それが果たしてどういう意味を持つのだろうか?


「空から現れた今日の魔物ですけど、あれ以外にも魔物はいるのでしょうか?」

「他にも空を駆ける魔物や地中から現れる魔物が居ると記録されています。いずれも、人を喰らう者たちです」


 -空を駆ける? やっかいな話だな、今日のは空から出てきたが長い間飛んでいたわけでもないから、倒しやすかったけど。


「その記録もご先祖の勇者が記録したものなんですか?」

「ええ、それも含まれます。でも、それ以外にもリカルドが集めている記録もたくさんあります」

「リカルドさんが? 魔物の記録を?」

「ええ、あの人はもともとそういった不思議な現象や魔物の事を調べるために勇者の一族の元へ訪ねてきたのです」

「そうだったんですか」


 あの不思議なオッサンが不思議なことを調べているのか・・・、だが、そもそも、仕事は何をする人なんだろうか?


「リカルドさんって、元々は何の仕事をする人なんですか?」

「あの人ですか? 仕事はしたことが無いと思いますよ。敢えて言うなら調べるのが仕事という事になるのでしょうかね」

「でも、生きて行くためにはお金を稼がないといけないですよね?」

「ええ、ですけどあの人の実家はお金持ちのようですからね、必要な時にはお金を送ってもらっています。それに、実家も色々と調査することに賛成しているようです」

「実家? 実家は何をされているんですか? イースタンの所みたいな大きな商人何でしょうか?」

「いえ、あの人の実家は違います。あの人は、ああ見えても王子様なのですよ」

「王子様!?」


 ママさんは少し皮肉な笑みを浮かべて、オウジサマと言う言葉を口にした。


「ええ、あの人はこのドリーミアの外の大陸の王国から来た人です。リーブルと言う国の王子だと言っています」

「『言っています』って、マリアンヌさんは嘘だと思っているのですか?」

「いえ、あの人は嘘をつける人ではありません。ですから事実なのでしょう、ですがこのドリーミアのどの国もリーブルと言う国と交易等を行った記録はありません。ですから、その国がどんな国であの人が本当に王子なのかはわかりません。でも、教会はリーブルと昔からつながりがあり、あの人は教会を通じてリーブルに連絡が取れるようなのです」

「教会ですか?昔は教会がこの世界の全てを司っていたんですよね?」

「ええ・・・、ですが前の魔竜討伐の際の騒乱で教会は分裂し、今の国という形に変わりました。以前より教会の力は弱くなりましたが、今でもまだ教会を通じてアシーネ神に祈りを捧げる人は多くいますし、ドリーミア中に教会がありますからね」


 教会と外の国-リーブル国-はどういう関係なんだろう?まさか、そこと闇の世界が繋がっている? いや、アシーネ神とネフロスは対極の存在だからそれは無いか・・・。話がずれてきたな、闇の世界がどういうものかを知るためにはリカルドから話を聞いた方が良いかも知れない。


「色々と教えてくださってありがとうございます。リカルドさんも聞けば教えてくれるでしょうか?」

「ええ、教えると思いますよ。ただ、あの人は自分の興味でしか話が出来ないので、少し判り難いかもしれませんけどね」


 -確かにそうかもしれない。


 俺は立ち上がって、離れた場所に一人で座って、紙に何か書きながら肉を食べているリカルドの方に近づいた。リカルドは俺を見ると嬉しそうに話かけてきた。


「なあ、この肉は一体何なのだ? 普通の肉に味がついているけど、肉自体も柔らかくて不思議なぐらい美味しい。サリナは牛の肉と言っているのだが、本当なのか?」

「ええ、牛の肉ですよ。牛の肉でも牛の種類や肉の部位-場所-によって味が全然違うから、俺の国では牛を大事に育てて、解体するときにも丁寧に分解するんですよ。肉もしばらく寝かしたり、たれに付けたりして更に旨味を引き出す工夫をしています」

「牛の種類? 部位? それはどのぐらい種類があるのだ?」


 このままだと質問攻撃が始まると思った俺は、ストレージから焼肉屋の部位メニュ―が牛の体に図解されているものを取り出して渡してやった。


「文字は判らないでしょうけど、この線を引いたある場所ごとに肉の味が違うんですよ。それよりも、私からも聞きたいことがあるんですけど」

「おお! この資料は貰っても良いのかな!?」

「ええ、それは差しあげますから、私の質問に答えてくれますか?」

「あ、ああ、何だ? 何が聞きたいんだい?」

「今日の昼間に空に出てきた魔物の件です。リカルドさんはああいう魔物の事についても調べているとマリアンヌさんから聞きました」


 リカルドはキョトンとした顔で俺を見返した。


「ああ、マリアンヌがそう言っていたんだね?うーん。僕は魔物を調べているわけでは無いんだよ。僕はこの国にある不思議な事全てを知りたいんだ」

「この国・・・、リカルドさんはリーブルと言う国から来た王子なんですか?」


 目の前の男が王子? 少しずれているのは甘やかされて育ったからだろうか?


「いや、正確にはそうじゃないよ。僕は確かにリーブル皇国の王家の人間だけど、王位継承権のある王子では無いからね」

「そうなんですか。どうして、このドリーミアに来ることになったんでしょうか?」

「それは来たかったからだよ! 魔法をどうしてもこの目で見たかったんだ!」


 また、いつものキラキラお目目で話しだそうとしたリカルドを手で制して、話を元に戻すことにした。


「なるほど、それでこの国の不思議な事、さっきの魔物の件ですが、ああいう魔物は他にもいるんでしょうか?」

「ああ、ぼくも直接見たのはあれが初めてだけど、集めた情報では他にも空を飛ぶ魔物や地中から人を喰らう魔物。それに暗闇の中で生きる魔物は他にもいるはずだね」

「その魔物が居る“闇の世界”についても何か知っていますか?」

「闇の世界は魔法あふれる光の世界ドリーミアの影の部分だと僕は思っている」


「影の部分?」


 リカルドはいつもの不思議モードとは違う理知的な話し方で俺に自分の考えを説明し始めた。

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