第141話Ⅰ-141 懸賞金

■王都ゲイル 下町の宿


 主人が死んだ宿の奥さんは涙を流して宿から去って行った。悲しかったわけではない、俺が払った金貨100枚が嬉しかったのだ。娘と二人で幸せに暮らしてくれることを祈って、宿から立ち去る二人を見送った。


 金貨100枚で買った宿は汚かったが、部屋は2階に7部屋と一階には経営者たちが生活していた部屋と倉庫、そして汚いトイレ&洗面コーナーがあった。まずは二階から片付けに着手することにして、部屋にあったベッドを全てストレージのごみの部屋に収納した。


「サリナ、リンネ、ショーイの3人で二階の埃をすべて落としてくれ」


 3人に床を拭くモップとバケツ、そして壁を拭くクロスを山のように渡しておく。3人ともすぐに作業を始めてくれた。


 一階にも残された家財と倉庫の中に汚いものが山のようにあったので、内容も確認せずに全てストレージに放り込んだ。


「ミーシャとハンスで一階の掃除をよろしく」


 二人にもおそうじセットを渡して俺は別の作業に着手した。この建物には通りに面した玄関と、経営者たちの住んでいた部屋の通用口から入ることが出来る。どちらの入り口も古い木のドアですぐに壊れそうだったので、新しいものと交換するつもりだが、その前に入り口の上に監視カメラを設置することにした。ワイヤレスでソーラーバッテリーの物を選んだので、ネジで外壁に取り付けるだけの簡単な作業だった。宿のカウンターの中に受信機とモニターを設置して写っている角度をチェックしたが、クリアに写っている。同じ要領で人感センサーのライトも夜間の襲撃に備えるために取り付けておいた。


 二階に上がると部屋の掃除は半分ぐらいしか終わっていなかったが、役割分担で作業を加速させることにした。


「サリナ、掃除は他の二人にやらせて、お前は壁紙を貼ってくれ」

「壁紙?」


 ちびっ娘は説明より真似をさせた方が早いので、脚立に上って、白いレンガ調の壁紙シールを壁の上から下まで貼って見せた。

「うわぁ、綺麗な石が出てきたね!?」

「梯子から落ちるなよ、下で余った部分はナイフで切ればいいから。できるな?」

「うん、大丈夫!任せて♪」


 俺に任されるとご機嫌なサリナは一心不乱に作業をするはずだ。建物は木の柱と土壁でできているが、壁は色あせてあまりに汚かった。ガラスの無い窓も何とかしないといけないが、壁紙の後に着手するつもりだ。


 ベッドのあった客室は6畳ほどの広さだったので、床には難燃素材の赤い絨毯を敷いておく。床と壁が変われば随分違うだろう。天井の張替もショーイに後でやってもらうつもりだ。


 一階の倉庫も掃除が終わっていたので、床に防水マットを敷きつめて、その上に足つきの洋風バスタブを置いた。裏路通りに面した壁の下を電気のこぎりで小さく穴を開けて、排水が出来るホースをバスタブの底につないでおく。倉庫も6畳ぐらいあったので、空いている壁際にアルミラックを置いて、バスタオルやシャンプー等も並べる。シャワーはポータルブルの物を使うが、俺以外はこの部屋で体を綺麗にしてもらうつもりだった。キャンピングカーには無かった湯船でゆっくり湯につかれるのも良いと思う。


 さて、俺の作業はこのぐらいで良しとしよう。もう一つの仕事を片付けるために、ハンスを連れて組合に行かなければならない。


 §


 俺達が通された組合長の部屋はバーンよりは小さく、クラウスよりは大きな部屋だった。組合長のニコライは白髪の老人で、背中をまげて杖をついて俺達を迎えた。


「ようこそ、おいで下さいました。お話しは宮殿からも聞いております」

「ええ、黒い死人達の首領に王命で懸賞金を掛けたいのです」

「首領にですか・・・、それでお幾らを懸賞金に?」

「金貨2,000枚で行きましょう。生死を問わずで構いませんので」

「に、2,000枚ですか!? そんな途方もない金額は聞いたことがありませんが!?」


ざっくり計算なら日本円で2億円だ。誰もが驚く破格の金額なのは間違いない。


「そいつが首領であることを証明してもらわないといけないですからね。単に捕まえたり、殺したりするだけではダメです。それに、嘘の情報や違う死体を持って来たら、処罰すると注記しといてください」

「は、はぁ、それは大丈夫ですが・・・、本当に2,000枚を?」

「ええ、今日持って来ていますから。組合で預かっておいてください。それとは別にやつらのアジトの情報をくれれば金貨10枚を払います。ただし、俺達が行ったときに奴らが居るってのが条件ですけどね」

「はあ、判りました・・・」


 ハンスに背負わせた大きなリュックには1,000枚入った麻袋が3つ入っている。マイヤーから取り上げた金は世直しのために、有効に使わせてもらうことにした。懸賞金をかけたのは、黒い死人達に追われる恐怖心を味わってもらうためでもある。


「それとは別に人を雇いたいので求人をお願いします」

「どのような求人でしょうか?」

「夜の間に見張りをする人間を2名と昼間に大工仕事をする人間です。どちらも1日辺り銀貨2枚をお支払いします」

「見張りは何処でやることになりますか?剣士等の腕が必要なのでしょうか?」

「いえ、眠らない人なら大丈夫です。交代で休んでもらってもかまいませんが、一人は必ず起きていることが必要です。場所は私たちが買った下町の宿の中になります」

「わかりました、その報酬ならすぐに人は見つかると思いますので、見つかればそちらに尋ねるようにさせましょう」


 俺達が黒い死人達を探していることは相手にもすぐ伝わるはずだ。向こうから襲ってくる可能性も常に考慮しなければいけない。ショーイの話では、この町にもまだアジトが残っているから、そっちは今夜にでも偵察に行くことにしてある。


 ■ゲイルの町はずれ


「あいつらが戻ってきて宮殿を襲った? ラインに向かわせた奴らも戻って来たのか?」

「いえ、まだ戻ってきていません」


 兄貴と呼ばれる男は下町の外れにある大きな空き家で手下の報告を聞いていた。空き家は人が住まなくなって長い年月が経っている。元の家人が誰か知らないが、そのまま残されていた大きなソファーの上で首を捻って男は考え込んだ。獣人とその仲間が向かったはずのライン領には馬に乗せた手下を50人ほど送り込んである。相手が離れた相手を襲う魔法を使えるのは判っていたから、近づかずに弓で襲うように指示していたのだが。


-既にラインに到着していたなら、昨日か今日には追い付いているはずだが・・・

-あいつ等だけ戻って来たなら、手下どもと行き違いになったのか?それとも・・・

-だが、王宮を襲った? 何のために?


「それで、今は何処にいるんだ?」

「へい、前回襲った宿に入り込んだようです」

「わかった、そのまま見張らせておけ」

「へい」


 風の国に居る手下全員に動員をかけている。明日までには100人、その翌日にはもう100人ほど集まるだろう。大勢で一斉に襲えばあいつ等もどうしようもないはずだ。手下が何人失われようが構わない。


-必ずあいつらを殺す。それも、なぶり殺しにしてやる。


男は何度も撃たれた太ももをさすりながら、どうやって痛めつけるかを夢想していた。

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