第130話Ⅰ-130 ラインの領主

■ライン領 マイヤーの町


 ライン領の領主が住んでいる町は領主と同じマイヤーと言う名前だった。俺達は町には入らずに領主館が建っている丘の裏側にある森の中へ入った。森の中に来たのは、オッドの話を聞いて領主の館を偵察するためだったが、聞いた話は耳を疑う内容だった。


 領主は昔から女好きで気に入った若い女をみつけると、連れ去って慰み者にする典型的な悪代官だったようだ。それでも、昔は娘の親に金を渡すなどをして奉公人の体裁を整えて連れて行っていたらしいのだが、風の国の先王-領主の兄が無くなってからは、そういった体裁をとることも無い単なる人さらいに成り下がっていた。


 そして、そのたちの悪い領主には双子の息子、キーンとギーンと言うのが居る。そいつらも父親を見て育ったせいか、娘は攫うものだと思っているらしく、領内に可愛い娘が居ると聞くと、二人で手勢を連れて押しかけて行くらしい。さらに息子達は若い女の情報に金も払っていた。領民の中にも領主たちへ近所の娘を渡そうとする奴がいると言う事だ。


 だが、最近の息子達は女をもてあそぶだけでは満足できなくなってきたらしい。女に飽きると森へ連れ出して・・・、狩るのだ・・・娘を。運よく、血まみれで逃げ帰って来られた娘の話では、服も着せずに館の裏の森へ追い出して、弓をもって二人で追いかけるということだった。


 - 人間を狩りの対象にする・・・、狂っている。


 不思議だったのは、こんな鬼畜領主の元で暮らしている領民がいまだにたくさんいると言う事実だが、ハンスやリンネの話を聞いて納得した。この国では住むところは自由ではないのだ。現世の日本のように自由に引っ越せるわけではない。住む場所を変わるためには身分証と許可証を持って移る必要がある。身分証や許可証を出すのはもちろん鬼畜領主だから、出す訳がない。


 もっとも、無許可でゲイルに移住する不法滞在者のような人間も居るから、トレスの町のようにどんどん人間が減っていくのだろう。反対にライン領の中は入市税のようなものは一切取られなかった。入って来る人間はウェルカムなのだ。


 森から見える丘の上の領主館は豪華な作りだった。装飾が施された大きな柱で支えられた3階建ての建物で中央部分に尖塔がある。周囲は高い壁に囲まれて中は見えないが、庭も広いのだろう。俺達は、ひょっとすると息子達が森の中に出てこないかと待っているが、そうはいかないようだ。


 出てこないなら直ぐにでも押しかけて、領主達をボコボコにしたいのだが、一つ問題が残っていた。ハンスの探しているショーイと言う男とは戦わずに話がしたいのだ。単純に突っ込むと戦いは避けられないだろう、何といっても用心棒なのだから。


 ショーイを先に呼び出す方法を考える必要があった。


「リンネ、お前の死人使いって犬とかでも大丈夫なの?」

「死んだ犬も私のいう事は聞いてくれるよ。それがどうかしたのかい?」


「ああ、他の動物でお使いを頼みたいんだよ」


 俺はA3の紙にマジックで-『ショーイ、森で待つ。来なければ領主を殺す』-と大きな字で書いて、プラスチックケースの中に紙を入れた。ドリルで小さい穴をケース開けて首から下げる紐を通した。


「それは、どうされるのですか?」

「ハンス、ショーイは強い剣士なんだね?」

「ええ、私が知っている中では最も速く、最も強い剣士です」


 - それなら、逃げずに来てくれるかもしれない。


「リンネ、こいつを・・・、操ってくれよ」


俺はストレージの『獲物の部屋』から、アサルトライフルで倒したデスハンターの死体を地面に取り出した。


「な、なんだい! この気持ちの悪いのは!」

「これは、らぷ・・、デスハンターっていう魔獣だよ。首にこいつをぶら下げるから、あの屋敷に行って、走り回ってくるように命令してよ」

「あんた、犬だって言わなかったかい?」

「犬、だよ。同じ生き物だから行けるんじゃないの?」


 俺の予想では走り回るぐらいの指示は聞いてくれるはずだ。そして、このメッセージを見た誰かが領主に伝えれば、ショーイに森へ行くように必ず指示を出すだろう。問題はショーイが逃げずに来るかどうかだが、ハンスの話ならなんとか出てきてくれるような気がする。


「走り回るってのはいつまで走らせればいいんだい?」

「時間の指定とかもできるの?」

「時間は無理だけど、やってほしいことは伝わると思うよ」


 なるほどね、時間じゃないとすると・・・


「じゃあ、10人の人間に会うまで、屋敷の中を走り回るってことで」

「ふん、出来るかわかんないけど頼んでみるよ。だけど、最近死んだのかい?まだ、血が流れてるじゃないか・・・」


 俺がストレージの獲物の部屋に入っている間しか時は流れないから、鮮度は抜群だ。胴体はアサルトライフルで穴だらけだが、顔は無傷なので人間の識別ができることを期待しよう。


 リンネは地面に横たわるデスハンターの横に膝をついて、首の付け根にそっと手を置いた。驚いたことに、俺達が治療をするときと同じような暖かい空気がリンネの手から流れて行くのが感じられた。


-治療と同じような魔法なのか?


「ワッ!」


 離れて所で見ていたサリナが声を上げたが、横たわっていたデスハンターはしっぽと手を使ってゆっくりと立ち上がろうとしている。リンネも首に手を当てたまま、一緒に立ち上がった。


「わるいけど、あたしのお願いを頼むよ」


 デスハンターは頷くことも無く銅像のように動かなくなった。


「その手紙を早くぶら下げなよ、そしたらこの子は走り出すからさ」


 俺は自分の頭が入る大きな口とその中の鋭利な歯を横目に見ながら、頭からメッセージボードを掛けてやった。


「じゃあ、行っておいで」


 リンネが優しく声を掛けると、いきなり前傾姿勢になって屋敷に向かって走って行った。


 世界初、死竜メッセンジャーの誕生だ。

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