第128話Ⅰ-128 ライン領へ

■王都ゲイルの宿


 ハンスが必要な情報を聞き出した後は、サリナとリンネを連れて町の中心部に近い宿へ移った。二部屋しか空いていなかったが、5人で泊まっても問題ないらしい。話をするために5人で一つの部屋に入るとかなり狭いが、短い時間だから我慢するしかない。


 女性陣はベッドに腰かけ、俺はキャンピングチェアーに、ハンスは部屋にあった丸椅子に座っている。


「それで、さっきのヤツの話でハンスが聞きたかったことは全部判ったんだよな?」

「ええ、私が探していた剣士も、狼の行き先もラインの領主の所でしたから。情報としては十分です」

「了解、じゃあ、ミーシャもそのライン領に行くってことになるよね?」

「もちろんだ、明日には向かうつもりだ」

「わかった、さっきの件とサリナの件もあるから、どっちにしろ、この町からは早く出た方が良いね」


 相手が犯罪者集団とは言え、大勢に怪我をさせたし、サリナに至っては関係ない人たちの倉庫まで破壊したはずだ。早めに立ち去るに限るだろう。


「それで、ライン領ってどの辺なの?」

「私も詳しくは判りませんが、ゲイルから東に行ったところです。馬車なら3,4日ではないでしょうか?」


-かなりアバウトだが、とりあえず東。


「そこの領主って、どんな人なの?お金で狼を返してくれるのかな?ミーシャは知ってる?」

「いや、私はこの国の事は詳しくない」


「かなり評判の悪い領主です。この国の王の叔父にあたる人物なのですが、残虐で女癖も悪いそうです」


-ハンスが言う残虐・・・、どんな感じ?


「具体的にはどんなことをするの?」

「いう事を聞かない奉公人や領民は、拷問にかけて、いたぶるのが趣味のようです」

「・・・」


 俺の常識では信じられないが、つい先ほど信じられない光景を見てきた身としては、否定することも出来なかった。


「気に入った若い娘がいると、館に連れ帰って・・・」

「ハンス、もういいや。それって、この国の王様は止めないの?」

「そこは良くわかりませんが、領内では自由にさせているようです」


 なんにせよ、そんな奴から、ミーシャの大切な狼をお金で返してもらうのは無理だろう。それに、若い娘が好きならミーシャやサリナも危ないかもしれない。


「ハンスはその剣士とどうやって会うつもりなの?」

「それは・・・」


-ノープランですか。


「ミーシャもお金では無理そうだけど、どうするつもり?」

「そうだな、隙を見て館に忍び込むしかないだろうな」


-無謀だけど、はっきりしている。


「じゃあ、俺達4人は明日の朝からラインの方に行くとして、リンネはどうするの?」

「あたしかい、あたしもみんなと一緒について行くよ」

「そうなの? でも、黒い死人達から聞き出すことはもう無いよ」

「そんな冷たいことを言わないでおくれよ。向こうで色々聞いたりするんだろ?あんた達よりは、あたしの方が目立ないから、役に立つはずだよ。それに、あたしには行く当ても・・・」


 確かに、ハンスやミーシャがウロウロすると目を引くのは間違いない。行く当てがないのも本当だろう。本人が行きたいなら、連れて行っても良いかもしれない。


「じゃあ、5人で行こうか」

「本当かい? ありがたいねぇ。きっと役に立ってみせるよ」


■ライン領へ向かう街道


 朝一番でイースト商会に立ち寄って、この国の地図をハンスに買って来てもらった。ライン領までは馬車で2日、領主が住んでいる町は馬車で4日、車なら4時間程度の距離だった。


 5人で乗る車をどれにするか悩んだが、RVタイプのミニバンを新たに採用した。国産モデルなので、サリナでも運転できる大きさだ。デカいハンスを助手席に座らせて、俺は3列シートの一番後に一人で座って、昨日の事を思い出していた。


 殺された宿の主人の光景が頭から離れない。あんなに簡単に人を殺す奴らが身近にいるのだ。それに、俺も人に向けて銃を撃ったり、スタンガンで脅したり、かなりの事をやった。ストレージがあるから、異世界でも現世のように暮らせるつもりでいたが、世捨て人にならない限りは無理だったのだろう。この世界の人間たちは野蛮で危険だ、俺も生き方を変えて行くしかない。


 今から行くラインの領主も評判通りなら獣に近い人間なのだろう。だからと言って俺が裁く必要も無いが、押し入って狼を取り返すことに躊躇する必要もない。俺の魔法を有効に使うべきだと思い始めていた。


 §


 大きな川を越えてライン領に入ってからも、辺りの風景は変わらない。森の国ほどは木が多くないが、整備されてない雑木林がたくさんある。小さな集落の周りには畑があり、それ以外には緩やかな丘陵地帯が続いて遠くには高い山が見えていた。


 ラインの領主が住んで居る町に行く前に、地図に載っていたトレスと言う町に立ち寄った。トレスは遠くからは建物が並ぶ街道沿いの大きな町に見えたが、歩いて町の中に入ると空き家や壊れた店が多くあるのが判った。


「なんだか、さびれた感じだな」

「そうですね、人が減っているのでしょう」


 ハンスの言う通りなのだろう、街道から続く大きな通りにも人影は少ない。今まで見てきた“町”と言われる場所は、通りには必ず露店がでていて、人通りが多かった。


「この町で領主と館の事が判らないか聞いて行こう。ハンスとミーシャは目立つから、リンネとサリナで店を回りながら聞いてみてよ。俺達3人は離れてついて行くから。サリナは魔法を使うのは・・・、任せるよ。好きに使って良い」

「良いの?」

「ああ、良いよ。好きなようにやれ、だけど結果には自分で責任を持てよ」

「責任・・・、うん、わかった」


 俺はサリナのベストに無線機を入れ、大きな胸の上にマイクをセットしながら自分自身の責任についても考えていた。


 サリナの魔法も俺の武器もこの世界で与える影響は計り知れない、その結果に責任を持つことが俺自身にできるのだろうか?

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