第107話Ⅰ-107 リンネの別れ

■リンネの小屋


 ミーシャ達が床で寝なくて済むように、小さいベッドを並べてやってから俺はストレージに入った。リンネを信じてよいかは判らなかったが、ミーシャが大丈夫だと目で合図を送ってくれた。リンネの話しが全て本当なら恐ろしく、そして悲しい話だ。200年も死人と暮らす・・・、俺なら気が狂うか、ゾンビの被害を忘れてどこかに逃げ出すだろう。


 明日は燃え残しが無いように、しっかりと燃やすことにしよう。その為には・・・


 §


 朝起きて、良いニュースが二つと悪いニュースが一つあった。悪い方はハンスが、いまだに目覚めないと言うことだ、薬で眠らされているなら、そろそろ目覚めてよいはずなのだが・・・。良い話の一つ目は死人しびと達が休まず頑張ってくれたおかげで、立派な深い穴が掘られていた。リンネの指示通りに斜めのスロープを作って、どんどん深くしていったようだ。今は穴の中に立って待っている。穴の目的を判断する能力は無いようで安心した。


 もう一つの良い話は、ミーシャの狼についてリンネが情報を持っていたことだ。ミーシャとリンネは、昨日の晩はベッドに入ってからも話を続けていた。もっぱらリンネが話していたようだが、狼は東にある風の国へここの砦から運ばれていったらしい。だが、残念ながら具体的な行先については知らなかった。


 死人達は深さ5メートルある穴の中に70人ぐらい居た。上を見上げるでもなく、身動きせずに満員電車のように立っている。


「リンネ、じゃあ、始めるけどお別れは良いのか?」

「ああ、大丈夫だよ。こいつらの体がなくなっても、あたしの中では生き続けるからね」


 既に死んでいる人間に対して変な会話だが、200年の歴史は侮れないだろう。


「サリナ、やってくれ。風弱めでな」

「うん、ふぁいあ!!」


 炎のロッドから、いつもよりも太くて大きな火炎が穴の底に広がる。死人達は炎の中で身じろぎもせずに立っているが、肉が焼かれる匂いが穴の中から漂って来た。俺達は風上に立っているのだが、穴から熱風が吹き上げてあたりの温度が上昇してくのが判るほどだった。サリナは魔法で疲れることも無いだろうが、あまり時間を掛けたくもなかったので、俺は地面に座って攻撃型手榴弾と焼夷手榴弾をサリナの横から交互に投げ入れ続けた。攻撃型手榴弾は狭い範囲の爆発力が強い、死人も小さくなった方がより早く燃えるはずだ。焼夷手榴弾は燃焼時間も短く、範囲も狭いのだが4,000度以上で燃焼するから、連続で投げ続ければ穴の底の温度は一気に上がるはずだった。


 俺が投げ込むたびに、穴の底から手榴弾の爆音と熱風が次々に吹き上がってくる。穴の底は半分ぐらいしか見えないが、30分ぐらい続けると立っているやつ居なくなったようだ。サリナに炎を止めさせて穴の中を確認すると、まだ満足のいく状態では無かったので、15分延長して焼夷手榴弾をひたすら投げ続けた・・・。


 死人達が骨となって眠る穴はサリナの風魔法で土を戻して埋めた。少しへこんでいるが、問題ないはずだ。供養のために、名前の無い墓石をストレージから出して真ん中に置いた。これでゆっくりと眠る事が出来るはずだ。永遠に休んでほしい。


 小屋に戻っても、ハンスは目覚めていなかった。呼吸はしっかりしているから、命にかかわる状態ではないようなのだが。


「リンネ、本当に薬で眠らされているのか?」

「寝てたから、そう思ったんだけど、あいつらが薬の量を間違えたのかもね」


 間違いでは済まされないが、このままでは身動きが取れない。副作用がなさそうな気付け薬を使ってみるか・・・。

 タブレットで検索したアンモニアの気付け薬をハンスの鼻の前で、二つ折りに・・・。


「フンガァー!!」


 ハンスは絶叫と共に飛び起きた。気付け薬のアンモニア臭は強烈だった、鼻から頭に突き抜けるような臭さだ。


「こ、ここは? サトル殿!?」


 刺激臭で涙をボロボロ流しながら俺達を見ている。


「ハンスは何処まで記憶があるの?」

「私は・・・、シリウスの町を出て、夜明け前に砦の近くで様子を見ていたのですが・・・、そうです、首に矢を受けてしびれたところで頭を後ろから・・・、どうやら待ち伏せされていたようです。それで、みなさんはどうしてここに?」

「助けに来たにきまってるだろ。ミーシャとサリナが行くって言うから、俺の馬車で連れて来た。ここはリンネさんの家だよ、リンネさんがハンスを助けてくれたことになるね。ひょっとすると炎の国に売られていたかもしれない」

「リンネさん?」

「やっぱり、起きても男前だね、この人達は連れて帰るっていうけど、あんたが良ければこのままずっと此処に居ても良いんだよ」


「リンネ殿、助けて下さったことに感謝します。ですが、私にはやらねばならぬことがありますので、ここに居るわけには行きません」

「硬いのね、冗談に決まってるでしょ!」

「だが、ハンスよ、リンネは私のオールドシルバーについての情報を教えてくれたのだ、お前が危険を冒してここに来てくれたおかげだ感謝する」

「いえ、このように無様な結果で、ミーシャ殿にご迷惑をおかけし面目次第も無い。それでオールドシルバーは何処に?」

「風の国だが、詳しい場所は判らない。だが、黒い死人しびと達の線を追いかければ、手がかりが見つかるはずだ。私は一度森の国とエルフの里に戻ってから東の国へ向かうつもりだ」


 なるほど、そういう予定なのか。俺もメモしておかないと。


 §


 リンネの小屋を引き上げて街道まで歩いた後は、大型のピックアップトラックに乗って、5人で王都セントレアへ戻ることになった。ミーシャとハンス、そしてリンネ本人の希望でリンネが同乗している。ミーシャは狼を探しに行くときにリンネを風の国へ連れて行くと約束していたのだ。黒い死人達の足取りを追うのを手伝わせるらしい。俺のプランでは、風の国も二人旅のはずだったのだが・・・、エルフの里までで我慢しよう。


 明日には森の国へ二人で出発できる、恋が始まる予感・・・

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