第70話Ⅰ-70 緑の旅団
■第4迷宮南の湿原
いつものように日の出前に朝食を取った俺達は、キャンピングカー周辺のトカゲ軍団を三人で手分けして一掃した。ヘルメットとインカムをセットしてエアボートに乗り込む。ミーシャの手元には今日もアサルトライフルが抱えられている。当分は弓では無く、新しいオモチャで行くつもりのようだ。
今日も快晴だ、というよりこの世界は雨が降らないのか?と疑問を持つぐらいにいつも晴れている。強い日差しの中でキラキラと光っている湿原の中を、昨日と同じように細い水路を縫って迷宮がある北の池を目指していく。だが、今日も池の3km程手前でインカムからミーシャの声が聞こえた。
「一度、止まってくれ」
「どうした?やばいヤツがいるのか?」
「それもあるのだが、緑の旅団が昨日のラプトル?だったか、ヤツと戦っている」
昨日は夕食後にジュラシック的な映画を見せてやったのだが、言葉や文字がわからないまま見ていた二人は興奮して絶叫していた。その時に似ていた恐竜の名前だけは教えてある。ミーシャが見ている方向へ俺も双眼鏡を向けたが、見つけることが出来なかった。ボートを更に1km程近づけると、緑の旅団の奴らがようやく見えてきた。恐竜は2匹だが、槍と剣を持つ獣人たちが30人ぐらいで取り囲んでいる。恐竜には既に槍が刺さっていて、かなり弱っているようだったが、大きな口を開けて獣人たちを威嚇している。しかし、頑張りも限界だったようだ。1頭が喉元に炎を纏った槍を突きたてられて倒されると、残りの一頭もすぐに同じ運命をたどった。倒した奴らは槍を突き上げて雄叫びあげているのが、離れた俺たちのところにも聞こえてきた。
さて、これは問題だ。こいつらも、俺達の動きを予想して迷宮へ来たのだろう。黙ってみていると、迷宮のお宝を奪われるかもしれないが・・・、仕方ないだろう。今から割り込めば、戦闘になるのは間違いない。攻撃されれば反撃するつもりだが、お宝を奪うためにこちらから仕掛けるつもりは俺には無い。しばらく様子を見るしかないと言うことだ。俺はボートのエンジンを止めてから、ヘッドセットを外して後ろのサリナ達に話しかけた。
「ミーシャ、サリナ、緑の旅団がどうするかを見てから動くつもりだけど、我慢してくれるかな?俺は魔法を使ってあいつらから魔法具を取り上げるつもりは無いんだよ」
「サリナはサトルの言う通りで大丈夫!お兄ちゃんからの言いつけだもん!」
「私もサトルの判断に従おう、あいつらが魔法具を見つければ、金で買い取れないかを交渉することにしよう」
「じゃあ、しばらくはこの場所で様子を見るから周りにも目配りしといて。サリナの炎は使用禁止ね。火は遠くからでもみつかるからな。水か風でふっ飛ばしておけ」
「火はだめなのかぁ、じゃあ、じぇっとで頑張る!」
俺はサリナの頑張りを信じることにして、双眼鏡で獣人たちの動きを追いかけた。緑の旅団の獣人は緑や灰色の鱗に覆われた皮膚を持っている。服は上に半そでのベストを、下はスカートのような物を纏っているだけだ。膝上ぐらいのスカートの裾からは後ろに尾がでているから、ズボンは履き難いのだろう。
戦っていた30人以外にも大き目のボートを運んできた奴らもいて、総勢50名ぐらいで迷宮へ遠征してきたようだ。ボートは二つ持ってきているが、既に一隻は6人を乗せて池へ漕ぎ出している。6人ともパドルを持って両舷から必死にこぎ始めた。人力とは違う力でボートはかなりのスピードで進んでいく。だが、ボートの後ろの水面が波立ってきた。何かが追いかけている・・・、いきなり水面に大きな波が立ったと思った瞬間にボートは底から突き上げられて、6人とも池に落ちた。二人は引っ繰り返ったボートの上に戻ろうとしているが、何かの力で一人が池に引きずりこまれた。残りの四人は岸に向かって泳ぎ始めていたが、一人、また一人と水中に消えて行き、泳いでいた人間は全員が水面から消えた。ボートにしがみついていた最後の一人も、大きな波紋を残して消えていった。間違いなく昨日の口がワニのヤツだろう、一匹だけでは無さそうだ何匹もいるに違いない。
大き目とは言っても、あいつらが持ってきた木造のボートは俺達が乗っているエアボートと同じぐらいのサイズだ。ワニ魚からすれば簡単にひっくり返せるのだろう。あいつは魔獣図鑑には載っていなかったから、この世界の正式な呼び名は今のところ不明なので、ワニ魚と呼んでいる。
双眼鏡で旅団の動きを確認していると、驚いた事にまだあきらめない様子だった。今ので絶対引き返すと思ったのだが、どうやら頭のネジがかなり飛んでいるのだろう、今度は8人で乗り込んで、ボートを岸から押し出そうとしている。ボートは少し大きくなったかもしれないが大差は無い。どうやら4人が槍を持って水中のやつをしとめるプランのようだ。まあ、結果は予想が付くが・・・、それでも船の上から水中のワニ魚を見つけたようだ、水中へ力強く槍を投げ込んでいく。漕ぎ手の4人は必死で漕ぎ続けて島まで半分ぐらいまで進んできた。槍は何本も積み込んでいたようだ、4人がかりでボートの左右に何度も投げている。
それでも、船が揺れたと思った途端に、立って槍を投げていた4人は全員が池に落ちてしまった。落ちたヤツはボートに戻ろうとしたが・・・、誰一人戻ることは出来なかった。漕ぎ手の4人は向きを変えて、岸に向かって必死に漕ぎ始めている。人数が減った分だけ進む速度は速くなったようだ。しかし、魚のスピードには勝てるはずが無い、先ほどと同じように底から突き上げられたボートから振り落とされた漕ぎ手の4人も同じ運命をたどって、水中に消えていった。
岸で見ていた残りの旅団から低い咆哮が聞こえてきた、悲しみなのだろうか?双眼鏡で見ている限りは拳を振り上げている一番デカイのが喚いているようだが、悲しみと言うよりは怒りをぶつけているように見える。ひょっとすると旅団の団長なのかもしれないが、どうも仲良くなるのは難しそうなタイプだ。
残っていた30人以上の旅団の団員は残された荷物を纏めて、立ち去る準備を始めてくれた。
ようやく俺達の順番が回って来た様だ。
俺はエアボートのエンジンを始動させて、旅団から遠ざかっていく方向へゆっくりとボートを進めた。
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