三回忌で気付いた、違和感の正体
(えーと……あ、昭司君だった。そうだった)
(どうした、いきなり)
(えへ、ちょっと度忘れ)
無理もない。
月一回の対面だし、元気な頃は接点がなかったから交流もない。
そして幽霊の状態になってからも自己紹介なんぞをしたこともなかったし、何度も言うが家庭の日常会話で菩提寺が話題に上がることもないだろうから、意識がそっちに向けられることもないだろう。
(……毎月、拝んでくれてありがとう)
(先月からどうした? 妙に改まった感じだな)
(え? あたしのためにしてくれてるんだよね?)
他に目的があるなら教えてもらいたい。
(もちろんだが……なんでだ?)
(何でって……確認?)
確認するまでもないだろうに。
まぁいいけどさ。
「……長い時間お疲れさまでした。月命日のご供養、これで終わりです」
「ありがとうございました。来月は三回忌になるので、お願いしますね」
「はい、予定に入れてます」
今日の美香は肩もみをしている。
毎回肩もみをしているが、肩もみをしているかおんぶされてる体勢になってるかのどちらかだったから、肩もみも目に付いていた。
それがいつのまにか、両腕を肩や首に回してしがみつくようになってから、そっちの方に気を取られてたから、肩もみしている印象も薄らいでいた。
ご機嫌そうなのは変わらないし、異変は特に何も感じない。
今日はこの後他の檀家の法事の予定があるので、お茶を一杯頂いて早々と退散することにした。
「ねぇ、磯……和尚さん」
「どうした? 池田」
「美香ちゃん、何となく若返ってる感じしない?」
「へ?」
出棺の時に見た彼女の幽霊体の姿は……高校時代を思い出す。
つまり、亡くなった時点での姿じゃない。
それよりも若返ってる?
「何か、顔が幼くなってるような感じがして」
変化というと、言われてみれば髪の毛がさらに長くなってる。
でも怖いから池田に言うのを躊躇ってた。
けどおかしい。
「高校生から中学生になりかけてるってことだよな?」
「まぁ……極端な言い方だけど、そんな感じね」
「小学生の頃は髪は短かったっつってたな?」
「うん、そうだよ?」
「髪が長くなるのはおかしくないか? その頃に戻ってるってんなら、逆に髪の毛が短くなってないとおかしい」
「あれ? 言われてみれば……そうよね……」
「あ、ちょっと待った」
「何?」
単純に、顔の輪郭も含めた高校生の姿から中学生の姿に変わるってんなら……背も低くなる。
でも髪の毛の長さが変わらないなら……。
首の長さも頭部の大きさも子供の体型になりつつある、ということか?
「……ということかな? と」
「……なるほど。……そっか……」
池田は何か考え込んでいる。
「……ま、俺には何もできねぇから、成り行きに任せる以外にすることがない」
「え? そんなことないよ? だって」
(お見送り忘れてたっ。今日もきてくれてありがとうございますっ)
「うおっ」
「わっ!」
美香は今回も、突然壁から抜け出てきた。
(えーと、この次は……)
「この次は美香さんの三回忌だな」
「そうね。来月も……今年も大勢同期の人達来そうね」
(うん、たくさん集まりそうだねっ)
心なしか、顔に出す表情に力強さを感じる。
というか、感情むき出しに喜んでいる。
要するに無邪気ってことだ。
(……最近お母さんの様子はどうだ? 肩もみ始めて間もなくの頃は、なんかやつれたとか何とか言ってたよな?)
(え? んー……活発じゃなくなってきたけど、元気なままだよ?)
(そりゃ年のせいかもなぁ)
家族がいれば、それなりに張りのある生活は送れるだろう。
でも一人暮らしになったわけだから、自分の生活さえ維持できれば問題ない。
生活費を稼げればそれでいいだろうから、余計な仕事をしなくなればゆったりする時間を増やしたいってとこじゃなかろうか?
「タクシー来たわよ。またね、美香ちゃん」
(……だって。また来月な、美香さん)
(うん。来月待ってるね、陽子)
タクシーに乗り込んでからは、池田と再会したばかりの頃はいろんな会話もしていていたが、回数を重ねると話すネタも尽きて口数が減ってきた。
が、この日は違った。
「あのさ、磯田君」
相手が檀家なら、仕事が終わった後も和尚さんと呼ばれるのは普通だ。
が、池田は檀家じゃなく同期。
仕事が終わった後なら改まって和尚さんと呼ぶ必要もないし、そこまでかしこまる必要もない。
「美香、ちょっとおかしくない?」
「まぁ、おかしい言動はいくつかあったな」
「磯田君も分かった? 先月からなんだけど、あの子、磯田くんよりもあたしと目が合う回数が多かった。って、彼女の言動がおかしかったの? どんな風に?」
「何か、他人行儀っぽい感じかな。お勤めの最中よく話しかけてくるんだが、先月まではこう……くだけた感じで話しかけてきたんだけど、先月からは改まってお礼を言われることが多くなった」
池田はため息をついた。
何か問題点を見つけたのかと思ったら。
「お勤めの邪魔しちゃダメでしょうに……」
そっちかよ。
「仲良さげにお話ししてるっぽい感じは見受けられたけど、口調の変化までは気付かなかったわね。……美香ちゃん、磯田君の事普段どう呼んでるの?」
「名前の君づけで」
「名前なんだ」
「だって檀家だもん」
「和尚さんって呼ば……呼ぶのも変かな。どうなんだろうなー」
池田が悩むことでもないと思うのだが。
「あと、帰る時、一緒に外に出なくなったな」
「あ、そう言えば。……美香、そのことでなんか言ってた?」
「見送るの忘れてたみたいなこと言ってたな」
「えっと、一言一句間違わずに、どう言ってたか知りたいんだけど」
今言われてもな。
「細かいとこまでは覚えてねぇよ」
[そか……。今度からは教えてくれない? そこから異常を見つけられるかもしれないから]
美香が幽霊になってること自体異常なんだがな。
※※※※※ ※※※※※
そして迎えた三回忌。
俺が気を付けなきゃならないことは、美香の言ったことを正確に池田に伝えること。
この日も迎えに来てくれた池田に念押しされた。
三島家に到着して、美香の母親に挨拶をする。
仏壇の前に一旦座って、合掌しながらこの家のご先祖様方に挨拶。
これはいつもしていることだ。
そして既に集まっている同期達に、改まっての挨拶。
が、今回はちょっと気分を害した。
あの杉本とやらが顔を見せていた。
が、一々目くじらを立てることでもない。
そして、月命日の時とは違い、年回忌の法要はそのための衣に着替え、それに合った袈裟も見に纏う。
一周忌の時同様に着替え始めた。
(今月も来てくれてありがとうございます)
(おう。ま、それが菩提寺の務めだからな)
(うん、よろしくお願いしますね、和尚さん)
(……何だよ、美香さん。何かこないだからおかしいな)
(え? あたし、いつも通りですよ? どこかおかしいの? まぁ死んだ後にこうして会話できること自体おかしいのかも)
……分かってないのか?
(……これから俺は何をするところでしょうか?)
(あたしの三回忌のお勤め、ですよね?)
(正解です。賞品は、俺の名前を呼んでもいい権利です)
(あはは。和尚さん、面白いねー)
俺は、着替えの最中だというのに動けなくなった。
これまで感じていた違和感の正体を、ようやく今知った。
※※※※※ ※※※※※
お勤めが終わって、お斎の会場に移動。
話し合いの結果、一周忌と同じように同期も相伴することになったらしい。
当然池田もその中に入る。
そして美香も同じように、母親の背中にしがみついての移動。
席に着き、施主である母親からの挨拶、そして献杯。
食事が始まって早々、池田が茶を注ぎに来た。
「い……和尚さん、美香がおかしい」
周りに聞こえないような小声で話しかけられた。
「俺も気付いた。って、池田も?」
「うん。やっぱり、多分……高校に入る前くらいの顔つき……姿形になってる……って、間近にいた和尚さんも流石に気付いたか」
「いや、様子よりも……そうか、先々月、俺はあいつに一回も名前呼ばれてなかった」
「え?」
「先月は、今思えば俺の名前忘れかけてたんじゃないか? んで今日は……俺を名前じゃなくお和尚さんとしか呼ばなかった。多分……俺の名前、忘れてるのかもしれん」
「……あたしの名前も覚えてるかな……」
そこでさらに思い出した。
先月の見送る際の、美香の言葉。
「いや、先月、帰りのタクシーに乗り込んだとき、お前の名前を呼んで、またね、みたいな挨拶をしてた」
「そ……そう」
「そのときも、俺の名前は呼ばれなかったし、俺への挨拶もなかった」
「え?」
間違いない。
彼女に何かの変化が起きている。
だが……。
俺には何も打つ手は持ってないし、何もできない。
これからも、いつものように、淡々と、読経するだけだ。
特別仲良しって訳じゃないし、それどころか接点がまるでなかった三島美香。
が、今まで名前を呼んでくれた人から名前を呼ばれなくなる寂しさは感じた。
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