第39話 彼方のたぬき

嘘でしょう?


なぜ彼が…カナタがここにいるの?!





彼女は混乱していた。


不器用で、優しくて、正義感が強くて、…どうしようもないほどお人よしの幼馴染。





彼女はカナタとの出会いを思い出していた。





あれは、そう確か幼稚園の時。


私は家に帰った時に自分のクレヨンの減り方がおかしい事に気が付いた。


私のクレヨンはピンクが一番減っていたはずだった。


でも、今ピンクは増えて代わりに緑が減っていた。


首を傾げてクレヨンに書いてある名前を確認する。


うん、私の名前…のはずだ。





彼女は両親に確かめて貰った。





「お父さん、お母さん、なんだか私のクレヨンの減り方がおかしいの。名前は確かに私の名前なのに、減り方が全然違う」





「うん?どれどれ」





「あぁ、これは…」





「あー、なるほどね。似たような発想をする親ってのは意外といるもんだなぁ…」





「多分これは、お隣の田中さんね。そっか、あの子の名前はカナタって言うのね」





「?お母さんカナタって誰?」





「ほら、お隣に小さな男の子がいるでしょう?確か同じ幼稚園に行っているはずよ。知らなかったの?」





「あ!知ってる!いつもお絵描きしてる男の子!とっても絵が上手だから、お話ししたいと思っているのに、いつも一人で絵を描いてるるの!でもその子がどうしたの?」





「そっか、お友達になりたかったのかな?」





「うん!お友達になりたい!」





「じゃあこれは良い機会だったかも知れないね。お母さん、引越してから忙しくて、お隣さんに顔を出してなかったし、ちょうど良いからご挨拶に行こうか?」





「そうね、なんだか私達も仲良くなれそうな気がするわ」





両親はそう言って、私を連れてお隣へご挨拶に行く事にした。


私はあの男の子とお友達になれるとワクワクしていた。でも肝心の謎は解けてなかった。どうして私のクレヨンが彼のクレヨンになっているのだろう?





「ごめん下さい。先週お隣に引越して来た、中田と申します。田中さんいらっしゃいますか?」





お父さんが玄関で叫んだ。





優しそうな大人の男の人と女の人が出て来た。





「これはワザワザご丁寧に、おい、彼方!同じ年頃の女の子が来てるぞ!こっちに来てご挨拶しなさい!」





男の人が大きな声で男の子を呼んだ。





少ししてから、彼は現れた。ちょっと不機嫌そうなのは、お昼寝でもしてたからかな?


そんな事を思いながら、私は彼の寝癖のついた頭を見て、クスクスと笑った。





「いや、今回は引越の挨拶もそうなんですが…実はうちの娘が間違えて息子さんのクレヨンを持ち帰って来たみたいで、その、こちらなんですが…」





そう言ってお父さんは“私の名前が書かれたクレヨン”を出した。


あれ?っと思ったけど、私は何も言えなかった。





「うん?あれ、本当ですね。確かにタナカカナタと書いてある。彼方、自分のクレヨン持って来なさい」





それを聞いた男の子はハッとした顔で言った。





「もしかして、この女の子が妖精さんの正体?」





「あぁ、そう言えば、彼方ちゃん自分のクレヨンが変だって言ってたわね。きっと妖精さんの仕業だって」





そう女の人が言った。きっと彼のお母さんよね。





しばらくして、男の子が持って来たクレヨンを見て男の子のお父さんとお母さんは、あぁ、と感心したように頷いた。





まだ理解できていないのは、私と男の子だけだったみたいだ。





「これは…確かに幼稚園児には同じに見えるかも知れませんね」





「本当ね。回文になる所まで同じだわ。あ、ごめんなさいね。ナカタカナちゃん、この子の名前はタナカカナタ。ほら、彼方ご挨拶しなさい」





「カナタです」





男の子はペコリと頭を下げた。








ナカタカナ、私の名前。彼の名はタナカカナタ。私達には、片仮名で書かれた名前の違いが分からなかった。同じに見えていたのだ。








「面白い偶然あったものねぇ…ねえ?彼方、あなたの名前からタを取ると彼女の名前になるのよ?分かる?」








この日から、彼の事を呼ぶ時、私は「カナタのタ抜き」と呼ぶようになった。





「彼方のたぬき」私の大切な幼馴染、そして…。

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