帝国動乱

第16話 プロローグ

 ゼフテロス王国から平野を一つ隔てて隣接する国であるロートル帝国は今動乱の中にあった。皇帝が死にその椅子の奪い合いが行われているためだ。帝国には皇子が三人、皇女が二人ほどいた。だが、この動乱の中で第三皇子と第二皇女は命を落とした。もちろん、この死は偶然の事故などではなく第一皇子の差し金である。


 第一皇子のフリューゲル・オブ・ロートルは典型的な選民主義者であり、民や爵位の高くない貴族には蛇蝎のごとく嫌われていたが第一皇子を支援する貴族が帝国で最も大きな家であるため正攻法ではどうにもならない。ならばどうするのか、答えは簡単だ。邪法に手を染める、つまりは暗殺である。様々な貴族や豪商が刺客を雇い、そして計画が実行された。




 人々が寝静まり、静謐な空間となった帝都を複数の影が駆け抜ける。全員が鼠色の外套で体を覆い、僅かな物音も立てずに走っていた。雇われた刺客たちである。彼らは<黒蟻>と呼ばれる暗殺者集団でその構成人数は多く、集団での暗殺に特化した裏の世界では名の通った組織だ。


「総員、帝城まで残り五百メートル。標的は帝国の王子、いくら愚かでも自分が狙われていることくらい分かっているはずだ。警戒を怠るな」


 静かだが重厚な声色が十数人の隊員全員に届き、それを了承したように警戒の色が強まった気配を隊長は感じた。だが、その瞬間夜の闇を切り裂くように高速で飛来する何かが一行を襲う。


「二番、五番。迎撃」


 短く出された指示に従い的確に隊員たちは動いた。


「「<風弾/エアバレット>」」


 二人の手のひらから圧縮された風の玉が飛来物に激突し、撃ち落されたかに見えたがそれは風の弾丸をものともせず一人の頭を正確に打ち抜いた。


「何だと!」


 全員に緊張が走り、頭に刺さったものに衆目が集まる。それは矢であった。何ら変哲のない普通の矢だ。だがこれを侮るものは一人もいない。魔法では撃ち落せず、当たった人間の顔をえぐり取っていたからだ。通常の矢でこの威力はあり得ない。


おのずと全員の足は止まり、次に来るであろう一射に備えている。先程打たれた矢の角度から大体の位置はつかめているのだ。次のが来れば位置を割り出し仕留められる。全員がそう思っていた。だが、その瞬間は訪れなかった。隊長はどさりという音を聞き振り返ると最後方の隊員二名が左右から頭を貫かれ絶命していたのだ。あり得ない出来事の連続に隊員が完全に硬直する中、隊長は即座に判断を下した。


「全員、全速前進だ。四番、六番、九番は右を。一番、十番、十二番は左を。残りは俺と共に前方を警戒。左右の伏兵は無視する。最速で正面の敵を仕留め帝城に向かう。だが、敵が顔を見せたらそれぞれで仕留めろ」


 そう言うと先ほどよりも速度を上げて帝城に向かう。帝城は円状の大地が積み重なるようにできた台地の上に立っているためそれを利用して帝城までへの道が螺旋階段のようになっている。隊長はその地形からそ階段のどこかから矢が放たれていると推測していた。残り百メートル、五十メートル近づくうちに幾度となく矢が放たれその凶弾に倒れる。円状の台地を飛ぶように上り、予想していた射撃地点に辿り着く。だが、そこには人の影も形もなくただ雑然とした場が広がっているだけだった。


「馬鹿な! それではどこから矢を撃っていたのだ!」


 全員が驚愕に囚われている隙にこれ幸いと矢の雨が上から降り注ぐ。隊長だけは致命傷を避けたが肩と足を貫かれ、衣服を赤黒く染めていた。


「ぐっ! ありえん! 矢の角度からの位置の割り出しは完全だったはず! 何故上から矢が降ってくる!」


 傷ついた体で必死に頭を回す。そして一つの可能性に行き当たる。


「まさかあの<天壊>が、あの帝国最強の迷宮攻略者が第一皇子に付いたというの……」


 最後まで言い終える前に天から一筋の銀色に輝く矢が降り注ぎ隊長の脳天に風穴を開けた。脳漿が飛び散り血が水たまりのように広がっていた。


 その光景を風の魔力で感知していた男がいた。その男は帝城の最上階に位置するバルコニーに立っていた。巨大な弓を片手に持ち、悠然と佇んでいた。


「任務完了」


 男は短く呟くと颯爽とその場を後にした。

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