いまの家族

 その夫婦と出会ったのも、ちょうど秋の頃だった。



 ずっとずっと昔に、ぼくは人里離れた山の中で、普通のネコとして生まれた。

 兄弟も何匹かいて、毎日じゃれ合いながら過ごしていた。楽しかったなぁ、今でも思い出すよ。


 子ネコは敵から身を隠す方法や狩りの仕方を親ネコから教わりながら大きくなる。

 だけど、ある日ぼくは山の斜面で足を滑らせてコロコロとボールみたいに転がり落ちてしまった。


「いたた……」


 気が付くとあちこちすり傷だらけで、後ろ足は特に傷が深いのか痛くて動かせなかった。


 落ち葉だらけの草むらの中で、ぼくは親や兄弟に助けを求めてにゃあにゃあ鳴いた。

 でも、あまりに深く落ち込んでしまって声が届かなかったのか、それとも助からないと諦められてしまったのか、誰かが来てくれることはなかった。


 ぼくはもしかして、このまま……。


 そんな時だった。秋風の寒さと怖さとで震えていたら、がさがさと大きな音がして何かが近付いてきたかと思うと、背の高い草をかきわけて顔を覗かせる。

 ――人間だった。


「おい、居たぞ」

「おやま。本当に猫の声だったのねぇ」


 ぼくは親ネコに教わっていたことを思い出して更に震えた。人間は怖い生き物で、捕まったら食べられると聞いていたから。

 手が伸びてきて首根っこを掴まれた時には、今度こそおしまいだと思ったよ。

 もちろん、そんな恐ろしいことには全然ならなかったんだけどね。


「随分ちいせぇな。ん、足をやられてんのか。……親猫もいないみたいだな」

「まぁ可哀想に」


 人間たちはまだ若い夫婦だった。山には山菜取りに来ていて、ぼくの鳴き声に気付いたのだそうだ。

 そうして連れて帰ってくれた大きな家こそが、長田家の本家だった。


 ◇◇◇


「それからはずっと、この家の人たちと一緒に生きてきたってわけ」


 知りたいというから昔の話をしてあげたのに、リンは「ふーん?」と分かっているのか微妙な反応をした。しばらく考える素振りを見せて、更に聞いてくる。


「おとーさんとおかーさんは?」

「怪我が治ってからは時々会いに行ったよ。ぼくは人間の飼いネコになったから、山には戻らなかったけどね」


 その親ネコも兄弟たちも、当然この世にはもういない。でも、その子孫は今でもあの山や人に飼われたりして生き続けている。

 そんなみんなの顔を見るのが、里帰りした時の楽しみの一つだ。

 それに、今のぼくにとってはここが家で、みんなが家族だしね。


「リンにもそんな家族が出来るよ。……ほら、迎えがきた」


 ピンポーンとチャイムを鳴らしてマンションにやってきたのは、やっと見付かったリンの貰い手だった。

 あの時ぼくを助けてくれた夫婦のように、優しい表情をしたおじいさんとおばあさんだ。


「やだ、リンここにいる!」


 おばあさんに抱えられたリンはそう言って暴れた。せっかく長田家の家族にしてもらえたのに、さよならなんて嫌だと。

 捨てられて辛かった時のことを思い出したのかもしれない。


 でも、みんなが頭や体をなでながら「大丈夫だ」と声をかけている間に、段々と大人しくなっていった。


「……またあえる?」

「会えるよ」


 そんなに心配しなくたって、絶対にすぐ会えるよ。

 だって、貰い手はママさんの両親で、このマンションのすぐ近くに住んでいるんだからさ。


 だから、また遊ぼうね。



《第3部・終》

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