第5話「笑顔」

次の日学校に行くと、塚瀬君はまた外を眺めていた。塚瀬君に話しかけようとしたが止めておいた。

今度は話しかける勇気がなかったのではなく、塚瀬君の迷惑にはなりたくなかったのだ。

自己紹介の後、クラスの子に不審がられた事もあり、塚瀬君と話していると他の子に目をつけられ、塚瀬君にまで迷惑をかけてしまうと思ったから。


「美海!おはよー!」

「あ、おはよ」

「なんか冷たいなー」

「普通だよ、彩のテンションが高いだけだって」

「そっかー」


彩は毎日私と一緒に居てくれる。

今日も放課後に彩と一緒に部活体験に行くことになった。

彩は中学の頃からバスケ部だったらしい。私は中学の頃はバドミントン部だったが、ある事がきっかけで高校では帰宅部に入ると決めていた。

彩はその事知っているというのに彩は「行く!」と言って聞かなかった。

そして何故か私は体育着に着替え今に至る。

何の部活かというと勿論バスケ部だ。彩は体育着ではなくバスケの練習着に着替えていて、私以外に体育着の人はいなかった。


「「お願いします」」


そう言って体育館に入る。そしてバスケ部の顧問の先生から体験の内容について話があり、最初のメニューとしてドリブルを始める。


「彩、何で私はここにいるんだっけ?」

「記憶喪失か、私が誘って半ば半分無理矢理連れてきたんだよ」

「いや、記憶喪失ではないんだけど、何で連れてきたのさ」

「美海の気晴らしになればなーって」

「気晴らし?」

「うん、気晴らし」

「何の?」

「何だろうね」


彩は悪戯に笑った。


 部活が終わり、彩と一緒にバス停まで帰り別れた。

家に帰り、ご飯を食べてからそらの散歩に出かけた。もう塚瀬君には会えないだろうなと思いながら散歩をしていると昨日と同じ場所に塚瀬君は立っていた。


「塚瀬君…」


今日は何故か君の側に行き、無意識に声をかけていた。まるで魔法にかかったかのように不思議と足が動いていた。


「あ、高瀬」

「まだここに居たの?」

「うん。あ、またこの子居る」


塚瀬君はしゃがみ込み、昨日と同じようにそらの頭を撫でる。


「名前なんて言うの?」


そう塚瀬君が聞いてきた。


「そら」

「『そら』か、いい名前だ。俺、空も好きだよ」

「空も綺麗だよね」

「うん」

「塚瀬君は毎日ここに居るの?」

「うん、学校終わりはいるよ」

「じゃあ、そら毎日連れてこようか?」


私は多分魔法にかかっているんだろう。普段言わない事がすらすらと口から溢れて行ってしまう。


「え!?いいの?」

「うん」


塚瀬君はまた子供のような無邪気な笑顔でそう言った。


「あのさ高瀬、お願いがあるんだけどさいい?」

「うん」

「俺の事、『塚瀬』じゃなくて『優陽』(ひなた)って呼んでほしい」

「え…」

「いや、俺苗字嫌いだからさ…」


塚瀬君は俯きながらそう言った。


「じゃあ、私の事も『美海』(うみ)って呼んで?これでお互い様!」


私は耳を赤くしながら答えた。


「そうだよね、急に下の名前で呼んでって言われても困るよね。じゃあ俺も高瀬のこと『美海』って呼ぶね」

「わかった」


改めて下の名前で呼ばれると照れくさかった。


「あ、あともう一つお願いがあるんだけどいい?」

「うん」

「学校で俺にあんまり話しかけないでほしい」

「う、うん。わかった」


優陽が嫌ならと思い理由は聞かなかった。


「美海は俺にして欲しくないこととかある?」

「質問でもいい?」

「いいよ」

「ここでなら塚…優陽と話してもいい?」

「うん、話そ」


君はまた笑った。君は何故か学校では笑わず、一匹狼の様に一人でいるのだろう。

学校で見る君はいつも一人で居る。笑わず、無表情で。君の笑った顔はこんなにも綺麗なのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る