7月3日 (黒)

 船に乗っていた。ゆらゆらと波に揺られながら、船はゆっくりと進む。なんとなくボヤけた島が見えてくる。この小さな船には他の乗客はおろか、船員すらいない。ただ、波に揺られて進んでいるのだ。ついに島にたどり着いたと思ったら、また大きな波が来て元の位置まで戻される。それを何度も繰り返していた。大きな波がくる前に船着場で飛び降りれば、島に到達することができる。しかし、何度動かそうとしても、俺の体はピクリとも動かなかった。


 何十回もそのループが繰り返され、そろそろ考えるのもやめようとした時、遂に変化が起きた。波が止まったのだ。続けて、体が少しづつ動かせるようになる。今まで感覚が無かった指先に、一気に血が流れ込んだような痺れた感覚が戻ってくる。体を自由に動かせるようになるにつれて、周りが暗くなってくる。完全に体を動かせるようになった時には、遂に真っ暗になってしまった。わけがわからない中、とりあえず上体を起こすことに決めた。


 さっきまで船の上にいたはずの俺は、上体を起こした瞬間に薄いカーテンで仕切られたベッドの上に移動していた。


「・・・ここは、どこだ?」


複数の管が俺の身体にまとわりついている。数秒間考えた結果、ここが病院であることと自分が入院していることを理解した。しかし原因まではわからなかった。というより、自分の名前が『内原 聡うちはら さとし』ということ以外は何も思い出せなかった。


 しばらくすると、何人かの看護師が慌ただしく部屋を出たり入ったりしている様子が目に入った。耳はまだよく聞こえないが、目覚めた俺のことで一騒ぎしているのかもしれない。その様子から察するに、俺は長期間目覚めていなかったのであろう。


 目覚めてから10分もしない内に、若い男性の医者が俺のベッドの側に座ってきた。そして一通り身体を診られた後に、いくつか質問をしてくる。


「本当に名前以外覚えていないのかい?」

「はい。覚えていないというより、なんとなく記憶らしいものは浮かんでくるんですが、それが自分のことだったのかどうかわからないんです。映画を見ているような感覚になるんです。」

「そうか・・・。わかった。無理はしなくていい。まずはしっかりと身体を元に戻すことに集中しよう。」


先生の話によると、俺は21歳の大学生らしい。去年の初秋頃に梯子で作業中のところから転落して、頭部を強打。昏睡状態に陥って今に至るみたいだ。約1年弱もの昏睡状態からの復帰には当然リハビリが必要らしく、これから1ヶ月は院内生活が続くとのことであった。記憶喪失以前の俺は多分、アウトドアな性格だったのだろうと思った。なぜなら、一月もの間をほぼ室内で過ごすと聞いた時に、なんとなくショックを受けたからだ。


 そして退屈なリハビリ生活が始まった。

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