第14話
高校生活ではほとんど出費をせず、優紀子と同様にずっと貯金をしていたので金にもゆとりのあった俺はバイクの免許を取った。知り合いから譲ってもらった古いバイクを整備して、そして俺は念願だった場所へついに行くことができた。
家から一人でバイクを数時間走らせて、ついに到着したずっと来たかった場所。ヨーコ姉ちゃんがいると思われる場所。村自体はあまり大きくなく、バイクならすぐに端まで来ることができたが、それらしき人はいない。年齢が近い人も見当たらなかった。村には老人が多く、若くても俺の親と同じかそれ以上という感じだった。そしてすれ違うその人たちが俺を物珍し気に見ているのが気になった。
闇雲に探しても埒が明かないので、俺はバイクを下り、何人かが集まって話をしているところに行った。
「すみません。」
俺をまるで値踏みでもするかのような目で見て、
「なんだ、あんた。こんなとこに何の用だ。」
と、警戒感むき出しで答える。
「ちょっと人を探しているんです。私と同じくらいの歳の女性で、名前はヨーコさんという方なんですが。」
「この村の人間は大体知ってるけど、あんたくらいの歳の娘なんてここにはいねえな。なんであんたその人探してんだ。」
「昔、子供の頃に一緒に遊んだんです。もう一度会いたいなと思いまして。」
「昔?何年前よ?」
「十年くらいです。」
「そんな頃にもそんな子供はいたかな?」
「いや、覚えがないな。」
「娘ったら、権田さんとこのが一番若いくらいだろ。」
「バカ、それでも三十じゃきかんぞ。」
と口々に言いあっているが、どうやら心当たりはないらしい。
「この村はそんなに若い人がいないんですか?」
「ああ、いないね。若いもんはみんな出てった。帰ってこん。」
「あー、でも、ほら、田口んとこの婆さんの倅が帰ってきてる時期あったろ?東京に行った。あん時に孫いたんじゃなかったか?幼い姉妹が。」
「そいやあそうだったような気もするが、どうだったかね。あれ何年前だったか?」
「その田口さんという方の家ってどの辺りなんですか?伺うことってできそうでしょうか?」
「死んだよ。」
「何年か前に亡くなってな。それからは倅も帰ってきてないな。いま家に行っても何にもないぞ。もう建物も傷んできてるしな。」
「そうですか・・・。」
「人違いなんじゃないかね。大体あんた、なんでここにその娘さんがいるってわかったんだ。」
「昔一緒にあっちの山で遊んだんですよ。」
そう言って山を指さす。
「あんた、そん時この村いたか?」
「いえ、私は山向こうの町に住んでまして。子供ながら無茶したもので、お互い山を越えて会ってたんです。」
「そらあ無理だ。」
「無理?」
「ああ、無理だ。あんたが指さした方、あんたの住んでるとことの間の山は険しすぎて子供が越えるなんて無理だ。大人だってやらん。」
「そんな・・・でも山道くらいは。」
「ない。」
「・・・そうですか。ありがとうございました。」
そう言ってその場を離れる。
にわかには信じがたいが地図で見た山に面した場所を一通り巡ってみる。
そこでさっき言われたことの意味がわかった。
まるで崖だ。
この村から山に行く道はなく、村に面しているところは広範囲に渡ってまるで崖のようだった。とても登れるものじゃない。ましてや子供には。
別の山から回り道している可能性も考えたが、そうすると川を下ったり随分遠回りになる。試しにその崖を登ろうとしてみると、登れるところがないわけではないが、相当急坂でうねって進むことになる。木をうまく足場にしたり掴まったりすればなんとかという感じで、草くらいしか頼るもののない場所もあった。
子供の頃、俺は山の登りは道があってほとんど直進できていたからあまり考えていなかったが、登りがこれではかかる時間も相当なものだろう。登りがこれなら下りも道なんてあるハズがない。あの場所にあの時間に到着するには一体何時に出発すればいいのか。
一体どういうことなんだ。
不思議に思った俺はその日、家に帰って両親にこの話をしてみた。
「子供の時にそんなことしてたのか。もう行くなよ。あそこは普通に危ないぞ。だから子供には立ち入り禁止にしてるんだからな。」
「わかってるよ。それで、地図見ると近いとこには村があるけど、他に人が住んでるとこってあるのかな?」
「ないだろ。見ろ。山だけだ。大体隣の村だって隣って距離じゃない。本当に誰かと遊んだのか?こんなとこで待ち合わせて?この町の誰かじゃないのか?」
「違うと思う。帰りが川を向こうに渡って山に入っていってたし。」
「狸か狐に化かされたんじゃないかね。」
「そんなこと。」
「あの山で化かされたって話は昔あったらしいしな。」
「豪勢な料理だと思ったら葉っぱだったってやつ?」
「いや、男が山に木を伐りに行ってたら、怪我して道に迷ったって美人がいてな。家に連れ帰って結婚して子供もできたんだけど、ある日一家そろって行方不明になったって、まあよくある話だ。」
「普通に引っ越したんじゃないの?」
「そういう時代じゃないんだよ。それにその嫁が絵にかいたような良妻賢母だったもんで、きっと妖怪だっつって話になったんだろうよ。」
「じゃあ俺が遊んだ人も妖怪だって?」
「そんなの知らん。ただお前らが待ち合わせてたってとこの隣にある別の山な、あそこは他の山より高いだろ?昔から神さんがいるとも言われてた。だから入っちゃいけないって言われてたんだ。罰が当たるってな。まあどちらにせよもう行かない方がいい。どっちにしたって危険だしな。」
少しだけ大人になって、とうとう会えるかと思っていたヨーコ姉ちゃんの手掛かりは、ついには消えてしまった。
もう手掛かりになりそうなものなんて・・・。
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