始まりの街 7

 三人は二階に上がった。そこもまた、先程のような一本道になっていた。違うのは、等間隔に、小さな桐タンスと花瓶が置かれてるくらいだ。


「あれは、扉かな?」


 タツマが指さしたのは、この廊下の一番奥だ。そこには、真っ白な扉が悠然とかまえている。かなり大きな扉だった。


 三人は罠が張られてないか注意しながら進んでいくが、扉の前に着くまで罠らしきもんはなく、特ににかアクションが起こるわけでもなかった。


「もしかすると、普段ここは実生活で使用しているようだったので、罠を仕掛けてしまうとおバカな手下が引っかかってしまうのかもしれませんね。だから罠を張っていないとか」


 それは一理あったが、今はどうでもいいことだった。


「マフィアって意外に優しいんですね。もしかして足を洗うときも、指を詰めずに送迎会を催すかもしれませんよ。指なんか詰めず腹いっぱい食べ物を詰めろみたいなマフィアジョークを言うのもありえます」

「いやそれは飛躍しすぎじゃないか?」


 フシギの話は二次元が三次元になるくらい飛躍していた。


「ではもし裏切者が出た場合、どういう処刑方法を取るのでしょうか。もしかすると、あのペイパーくんで八つ裂きにするのかもしれません。それも考えられます。ですが、一体じゃ心許ないですよね」


 フシギはいったい何を言おうととしているのかわからなかった。フシギはコウの答えを待たぬまま、その真っ白な扉を開けた。


「扉の上には処刑場と金のプレートに彫られていました。だから私は考えていたのです。マフィアの処刑場とはどういうところなんだろうって」


 処刑場の部屋は、すべてが真っ白――なはずだ。というのは、床が赤と黒をごちゃ混ぜにしたような色で塗りたくられているからだ。おそらくこれは血だ。血によって床が変色しているのだ。それは壁にも及んでいて、ところどころ染みのようなものができている。


 この部屋は、とにかくだだっ広かった。そして、壁の至る所には蜂の巣のような無数の穴が開いていた。見ているだけで気持ち悪くなりそうだった。


 三人が異質な部屋に圧倒されてるとき、ノイズが走った。


「頑張ってるね、諸君。ここが二階。処刑場だ。ぜひ、楽しんでくれ。ひひ。まぁ、ここで全滅するだろうけどね」


 どこからかドンの声が響き、やがて途切れた。


 そしてそれが合図だったのかもしれない。異様な音が、あたりから漏れ聞こえてくる。


 ガガガガガガガガガガ……


「なんだ?」


 三人はキョロキョロとあたりを見渡す。そして気づく。


「おい、あれを見ろ!」


 タツマが指さしたのは、あの無数にある穴の内の一つだ。そしてそこから、丸くて白いものがポンと弾き出され、床に転がる。そしてなにやら蠢くのだ。それはまるで、孵化しそうな卵のようだった。


 だが、その卵もどきは割れなかった。割れずに、手足と頭が生えた。つるつるの頭と赤く光る目。その顔はまさしく、さきほどのペイパーくんと同じものだった。


 三人がその生まれたてのようなペイパーくんをみつめていると、想像を絶することが起こった。


 ポポポポポポポポポポポポポポポポポーン!


 次々に無数の穴から真っ白い卵が飛び出しては床に転がり、孵化していく。その数はもう、この広い部屋の床を埋め尽くすほどだった。そしてすべてのペイパーくんの平べったくて無機質な顔が、三人をみつめる。


 三人はただそれに圧倒されるばかりだった。


「これは完全包囲ってやつだな。なんだか犯人になった気分だよ」


 タツマが乾いた笑みを浮かべて言った。そしてコウに顔を向けた。


「コウさん、ちょっといいかい?」


 タツマはゆっくりと刀を引き抜いてコウに聞いたのだ。


「あっしはぶっちゃけ、お二人を守り切れる自信がない。だからあんた、あの群れをかいくぐって前へと進みなさい」

「え?」


 コウは思わず聞き返してしまった。タツマはコウをまじまじと見据えた。


「ここで止まってても死ぬ。でも前に進んだら奇跡的に助かるかもしれない。今あるのはこの二択。あんたはどちらを選ぶ?」

「それは……」


 コウが答えに詰まっていると、いよいよペイパーくんの群れが動き始める。彼らはまず、口の中に手を突っ込み、なにかを引きずり出した。


 それは白い骨のようなもので、側面がギザギザになっている。いうならば長細いのこぎりのようだった。


「まずいな…全員があんなになげぇ武器持ってたら、逃げれるもんも逃げれやしない」

「大丈夫ですよ、タツマさん。コウさんが走る道は決まってます。あそこしかありません」


 フシギが指さしたのは、もっともペイパーが密集しているところだ。


「……なるほど。逆に、か」


 タツマはぼそっとつぶやき、コウを見た。この瞬間でも、ペイパーの群れはどんどん近づいてきている。


「さぁ、選べ。止まって死ぬか、あがいて死ぬか」


 迷ってる時間はない。それに、よくよく考えたら迷う必要もない。問いかければいいのだ。勇者としての自分に。何が正しいのか。そしてそれはもう答えはとっくに出てるはずだ。


 けれど、コウは怖いのだ。あの群れに突っ込むことが。そして心配なのだ。自分はフシギを守れるのか。


「コウさん。できれば私は、コウさんに守られて死にたいです」


 なのに、そう言われた瞬間コウの不安は吹き飛んだ。


「……そうか。わかった」


 フシギは満足そうににこりと笑った。


「決意が決まったなら早く行け!」


 タツマの喝に押され、気づけばコウはペイパーの群れに自ら飛び込んでいた。ペイパーたちが一瞬、笑ったような気がした。


 バゴン! と凄まじい斬撃がコウの目の前を通り過ぎた。そしてそれはコウの前に道をつくった。コウは振り返ることなくフシギの手を取り、道を駆け抜けた。


 けれどその道はすぐに前の方からしまっていく。


 それでもコウは駆けた。どこかで剣と剣が激しくぶつかりあう音がする。


「あぁぁぁぁぁぁ!」


 コウはがむしゃらに剣を抜いた。そしてそれを振ることなく目の前に立ちはだかっているペイパーの胴体に突き刺す。ペイパーは態勢を崩し、後ろに倒れた。その拍子で、後ろのペイパーも巻き添えを喰らい、ドミノ倒しのように倒れていく。


「おおらぁぁぁぁ!」


 コウはペイパーを踏んづけながら走った。左右から骨の剣が道を塞ぐようにして振り下ろされる。コウはそれを『死を確信するもの』だけ剣で弾き返した。あとは生身で喰らった。


 体中からおびただしいほどの血が流れたが、コウは気にせず走った。


 幾重にも及ぶ剣をしのぎ、やがて出口がみえてくる。


 その瞬間、視界が揺れた。そして気づけば崩れるように地面に倒れていた。血を流しすぎたのだと、コウは思った。


 目の前がペイパーで埋まっていく。出口がみえなくなる。


「まだですよ、コウさん。出口はこのペイパーを超えればたどりつけます」


 フシギの声がした。こんな絶望的な状況の中、どうして彼女の声だけが聴きとれるのだろう。それに、フシギは怪我をしなかったのだろうか。気は配ったが、後ろを振り返りはしなかった。というよりできなかった。もし振り向けば、そのときにはもうすべてが終わってしまう気がしたからだ。


「フシギ……」


 薄ぼんやりとした目が、フシギを捉えた。彼女はコウの前に立っていた。


 フシギはコウに手を差し伸べた。そしてなにかをつぶやいた気がした。


「さぁ、コウさん。もうひとふんばりですよ」


 コウは少女の手を無意識に取って、体を起こしながらフシギの目の前で今にも骨の剣を振り下ろそうとしているペイパーを剣で弾き飛ばした。


 コウはいつのまにか離れていたフシギの手を握り、走り出す。


 気づけば二人は、出口に足を踏み入れていた。


「わるい……フシギ。その……怪我はなかったか?」

「えぇ。コウさんが守ってくれたおかげで傷一つつきませんでした」

「それは俺のおかげなのか……?」

「はい」


 そう言われてもピンとこないコウだったが、現実はそうなっているので、認めざるをえない。


 ここで初めてコウは後ろを振り返った。もうペイパーは出口についた二人を見向きもせず、入り口で死闘を繰り広げているだろうタツマの元に向かっている。


「タツマさんは、大丈夫だろうか?」

「えぇ。大丈夫ですよ。コウさんが気にすることはありません。それよりも早く進みましょう。おそらくこの出口を抜け、階段を上るとそこがボス部屋です」

「ボス部屋……か。勝てるだろうか?」

「えぇ。コウさんが勇者でさえいれば、おのずと。それではいきましょう」


 二人は手を離すことなく、並んで歩き始めた。


 血がしたたり落ちる。それは二人が歩いた道に足跡をつけるようにしてこぼれていくのだった。


 三階。フシギいわく最上階で、ここがボス部屋となる。黒い重厚な扉は、大砲をぶっ放してても壊れなさそうだった。


 コウは取りつけられた黄金の取っ手を掴み、思いきり押した。地響きのような音を鳴らしながら、扉はゆっくりと開かれていく。


 二人は中へと入った。中は真っ暗で、何もみえない。だが、微かに周りの壁から緑に発光してるのがわかる。やがてそれは段々強くなっていく。


 天井の照明がいきなりついた。そして部屋の全貌が明らかになる。


 部屋の中央には、馬鹿でかいロボットが佇んでいた。それは蛸のような姿をしていて、足が八本、鋭利な刃物となり取りつけられている。そのロボットには手があった。手はドリルのような形をしていて、頭は丸く、顔はなく、代わりに丸い目が真ん中についているだけだった。メタルカラーをしており、とても硬そうだった。


 目が、ぎょろりと動いた。そして二人を見る。


「ボス部屋へようこそ。まさか本当に来るとは思わなかったよ。すばらしい」


 その声はドンでまちがいないが、今度はスピーカーからではなく、あの蛸型ロボットの中から聞こえてきた。


「そんな君たちを称えるべく、私自らが相手になろう」


 その言葉と同時に、その蛸型ロボットは動き始めた。動きは緩慢だが、大きさ故に迫力が凄い。メタルボディが照明に照らされて光沢を放っている。


「さぁ、最後のショータイムだ!」


 ギュイイイン! と、ドリルが高速回転して思わず耳を塞ぎたくなるような音を放つ。そしてそのドリルは真っすぐコウに向かっていく。


「はぁ……はぁ……」


 一方コウは、ドンの声を聞きとってる余裕もないほどに、体が衰弱し始めた。目はまどろみ、息は荒く、頭が重い。もうコウは戦えるような状況ではなかった。


「コウさん!」


 フシギはコウめがけて迫るドリルを避けるため、コウを突き飛ばした。


「うぐ……う!」


 コウはその力を使いながら後ろに跳び、ドリルを避けた。だが、足の踏ん張りが利かず、そのままうつ伏せで倒れてしまう。


「くそ……」


 コウは思うように動かない体に舌打ちしながらも、なんとか起きあがった。追撃はしてこなかった。


「なんだ。よくみたらもうボロボロじゃないか。まぁ、それもそうだろう。あの処刑場を抜けてきたんだしね。ボロボロにならないわけがない」


 ドンは勝利を確信したのか、げらげらと笑い始めた。


 コウはただそれを聞いてるだけしかできなかった。


「コウさん、大丈夫ですか?」


 ドンが勝利に酔いしれている隙に、フシギがコウに近づいた。そして心配そうな表情を浮かべる。


「心配ない……とは、言えないな」


 コウはどんどん衰弱していく自身の体を鑑みて、そんな言葉を吐いた。


「あと、どれくらい動けますか?」

「わからない。一分ももたないかもしれない」

「それさえあれば十分ですよ」


 フシギはそう言うと、ごそごそと自分のポケットをあさり、あるものを取り出した。


 それはあの宝玉だった。七色に淡く光る宝玉。フシギはそれをあるところへと持っていく。


「いったいどうする気だ?」


 フシギはコウの鞘から剣を半分ほど引き抜いた。そしてあろうことか、その刀身に宝玉を押し込んだのだ。


「なんだ?」


 その瞬間、宝玉は強い光を放った。


「な! なんだあの光は! いや待て……まさか!」


 ドンは慌てた様子だった。そして火を噴くような勢いで言った。


「あの宝玉を使ったのかぁぁぁぁぁ!」


 ドンは怒り狂い、右手のドリルを高速回転させながら二人めがけて打つ。


 ガキィン! と鈍い音がした。そしてドリルが根元のあたりからスパッと斬れて、床に落ちた。


「な、なんだとぉ!」


 ドンは何が起きたのかわからない様子だった。


「すごいな……いったいどうなってるんだ?」


 コウは、淡く七色に光る剣をまじまじと眺めながら、さきほどの切れ味に驚きを隠せなかった。なにせ、ほとんど力を入れずに斬れたのだから。


「これがこの宝玉の効果です。効果の持続はおよそ三十秒で、もしそれまでに決着がつかなかったら、私たちはおしまいです」

「なるほど。あとは俺の体力勝負ってとこか」


 コウは蛸型ロボットに向けて剣をかまえた。ちんたらとやっている暇はないし、そんな体力ももう残っていない。やるなら一撃だ。


「こんのぉぉぉ!」


 ドンが叫びながら蛸型ロボットを動かした。ドリルと刃でできた八本の足の総攻撃。これはコウにとって都合がいいものだった。


「ふん!」


 コウは勢いよく剣を袈裟に斬った。ドリルと足がところてんのように斬れて床に落ちていく。


「ばかな! ばかなぁ!」


 手足がなくなり胴体と頭しかなくなったロボットは、這うようにしてコウから逃げようとする。


「逃がさん」


 コウは這っているロボットの背中に飛び乗ると、その背中に剣を突き刺した。


「ぎぃぃぃやぁぁ!」


 コウが剣を突き刺したところには案の定ドンがいた。ドンは悲痛な叫びをあげていた。


 コウは背中から出入りするための継ぎ目を発見し、そこに剣を突き刺し、抉るように力をこめた。すると、その鉄板が剥がれ、中に肩のあたりを出血したドンの姿があった。


「みつけた……ぞ」


 その直後、剣をまとった七色の光が消えた。ドンはそれを見るや否や、目の前にあった赤いボタンを押した。


 ボフン! という何かが発射されるような音と、白い煙。それはコウの視界を奪い、気づけばそこにドンの姿はなかった。


「ここでやられるわけにはいかないんだよ。ひひ」


 声がしたのは上からだった。


 ドンは蛸型のロボットの頭にコックピットごと移動し、胴体と頭を切り離した。


「くそ……まて」


 頭は切り離されると、まるで宇宙船のように空に跳ねた。コウは歯を噛みしめながら浮遊する蛸の頭を見た。


 蛸の頭はふらふらしながらはるか上空を飛んでいく。


 そのときコウは見たのだ。飛ぶ斬撃を。


 それからほんの数秒後、その頭は真っ二つに割れた。


「んなぁ!」


 ドンの悲鳴とともに、割れた頭が床に衝突する。そしてそこから転がるようドンがでてきた。肩口からは今も血が流れ続けている。


「くそ! どうなってやがる!」


 ドンは忌々しげにコウを睨んだが、コウはなにもしていない。

「まったく。本当にマフィアってのは往生際が悪い」

「まぁ、これで観念したでしょ?」


 二つの声が、コウの耳に届いた。


「大丈夫、コウ? いや、大丈夫そうじゃないわね」

「ビジョ……か?」


 歩み寄り、声をかけてきたのはビジョだった。


「どうしてここに?」

「タツマさんの刀を届けにきたのよ」


 ビジョは自慢げに言うが、意味がわからなかった。どうして届けにきたのかというよりも、どうやってここに届けにきたのかがわからなかったのだ。


「地下から入ってきたのよ。いや、正確には『本当の一階』かしらね」

「本当の一階?」

「そう。ここって基本平地なのよ。なのにこの家にあがるとき、石畳の階段を上って中に入ったでしょ。それっておかしな話じゃない?」


 言われてみればそうだった。たしかに平地なのに階段があるのはおかしい。


「だから裏手に回って調べてみたのよ。そしたら簡単に裏口をみつけたの。見張りも誰もいなかったし、楽勝だったわ」

「よくそんなことに気がついたな」

「ま、気がついたのは私じゃないんだけどね」

「? じゃあいったい――」

「ビジョさん遅いですよ。コウさんががんばってくれなかったら危うく死んでましたよ」


 ビジョに声をかけたのはフシギだった。まるで来ることがわかっていたような口調だった。


「あんたねぇ人使いが荒いにもほどがあるわよ!」

「まあまあ人助けだと思って。それに、なんだかんだ協力してくれるビジョさん私大好きですよ?」

「そ、そう?」

「はい。大好きですよビジョさん……使えるので」

「しかたないわね。今回だけだから! こんなことするの!」

「わかってますよ」


 ビジョはフシギの甘い言葉に丸め込まれ、ふんと鼻を鳴らした。


 これでよし、とフシギはぼそりつぶやくと、コウの方に歩み寄った。


「コウさん、動けますか?」

「動けん。それよりフシギ。お前はいったい何者なんだ?」

「私ですか? 私はただの物語の紡ぎ人ですよ、コウさん」

「すべてはお前の物語のために、か?」

「たしかに結果だけをみれば私がうまく物語を操りまとめたようにもみえますが、そうではありません。私は種を植えてるだけなのです」

「種?」

「はい。それを発芽させ、成長させていくのは勇者であるあなたの役目ですよ、コウさん」

「そうか……ならお前の言葉に嘘はないんだな?」


 するとフシギは視線を横に流し、頬を赤らめた。


「まぁ……はい。すべて本当の言葉です。嘘偽りはありません」


 そしてこう言った。


「私は命がけで物語を紡いでいます。なのでピンチのときにはくさい言葉も吐いてしまうのです」



 ドンはというと、ビジョと一緒にやってきたタツマに縄で縛られ、ふてくされながら床にあぐらをかいていた。


「おいタツマ。なんでお前がこのメタルボディを斬れるんだ。お前にそんな腕はなかったはずだ。ペイパーすら斬れなかったのに」

「あぁそのことですかい。なら話は簡単だ」


 タツマは鞘からさっと刀を引き抜き、刃の部分をドンにみせた。


「どうやらあっしの使ってた刀の刃はもうボロボロだったようなんです。武器屋のお嬢ちゃんがそれを知っていて、新しい刀をつくってくれたようで。そのおかげってところですかね」

「なんで武器屋の嬢ちゃんがそのこと知ってんだ」

「さぁ、なんででしょう。抜き身の刀なんてそんなに人にじっくり――」


 そのときタツマはふと気がついた。少し前に、じろじろと刀を眺めていた人物がいたのだ。そしてその人物は、すぐそこで笑っている。


「まさか、な」


 あんな少女が刃の良し悪しを見極められるはずがない。おおかた人伝いに話を聞いたのだろう。そして助けにきた。


 だが、そんなことがあり得るだろうか。


「ほんと、不思議ですなぁ」


 戦闘総合施設――別称ギルド。


 そう名付けられたのは、ドンが渋々施設の建設、そして建設費用に合意した次の日のことだった。


 正式名称を考えるにあたって、コウやビジョ、街の人たちの白熱した戦いがあったのだが、そこは長いので割愛する。けれど正式に街の中心の更地が工事現場に変わるのをみて、コウは感慨深いものを感じた。


「よかったですねコウさん。こうして工事が進められるまでに話が進んで」

「そうだな」


 トラックやショベルカー、クレーン車が行き交う工事現場を、二人は眺めていた。工事は半月ほど行われるらしい。きっとこのギルドが立派に建てられた頃にはもう、コウとフシギはここにはいないだろう。


「あ、いたいた! あんたたちなにやってんのよ! 早く帰ってきなさい! 今から建設記念パーティーやるんだから! 主役が来ないでどうすんのよ!」


 ビジョがドタドタと走って二人の元へやってきた。


「まだ完成してないだろ」

「細かいことはいいの! ほら早く来なさい! フシギもね!」

「はーい」


 ビジョはコウの袖をつかんで強引に引っ張っていく。


 その姿を、フシギは愛でるようにみつめながら、そっとささやくのだった。


「さて、これにて一件落着となりましたが、コウさん。あなたは一つ忘れてるようですね」


 突然、大地がいなないた。無数の鳥が、一瞬にして青い空をことごとく覆いつくす。それはなにかを予期させる予兆のようにみえた。


「あなたは物語に愛された男。すなわち勇者なのですよ」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


「困難を乗り越えたその先に待つのは――困難なのです」


 ドゴーン!


「さぁ、新たな物語の幕開けです」

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