第10話 行動
知奈美はユメだった。俺の願望が作り出した妄想だった。由佳への想いが断ち切られたショックでどうかしてたんだ。ただそれだけだ。思い出の中の初恋の少女が理想化されて、想像の世界から出てきただけだったのだ。要は一人芝居をしていたということだ。客観的に見たらアブないやつ以外の何者でもない。でも、彼女の声や唇の感触、あの柔らかさは、俺にとっては確かに現実だった……。
「なあ、俺が見てたのはユメの知奈美だよな。本物の知奈美は、どうなってるんだ?」
何日かたったある日のバイト帰り、ふとそんなことを思いついて由佳に訊ねた。
「今どうしてるかはわたしにはわからないよ。でも、ユメがいなくなったからって現実の本人には関係ないよ」
「そうだよな、ただの想像だもんな……」
「会ってみれば? 結構、利弥の想像通りの女の子だったりするかもよ。わたしも手伝うよ?」
由佳は相変わらずあれこれと口を出してきて、よく言えば親身なのだが、今はうざったく感じることのほうが多かった。そんな彼女につっけんどんな態度を取ってしまうこともあったが、変わらず接してくる。母親ってこういうものなんだろうか……。
「でも、いきなり誘い出したって、のこのこ出てこないだろ、普通」
「うーん、そっか。手紙でも書くとか。わたしだったら会ってみたいって思うかも。初恋なんでしょ?」
「俺にとってはそうだけどさ。現実はどうだか」
色々考えたあげく、まずは同窓カラオケ大会を企画してみることにした。当時のクラスメートで唯一連絡先を知っているやつが、たまたま保護者会か何かの連絡台帳を持っていたので、全員の宛先をあっけなく知ることができた。
知奈美が参加するか不参加になるかは賭けだった。もしかしたら、彼女にとっては小学校の頃のことなんてどうでもよくて、返信ハガキを投函することすら面倒に思うかもしれない。
知奈美からの返信は締め切りの三日前に届いた。家のポストをのぞくのが習慣としてすっかり染みついた頃で、期待も薄れてため息ばかりついていた頃だった。
ハガキ裏面の署名欄に、女の子っぽい小さな字で「橋本知奈美」と書かれていた。カラオケは、参加のほうに丸がついていた。
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