第7話 開幕
今日は月が替わり6月1日土曜日。文化祭当日である。
オレは開催セレモニーのため学校の体育館へと来ていた。自立などを校風に掲げるこの龍が丘高校では全校生徒が見守る中、文化祭実行委員の生徒たちによって教師の助けは最小限に進行される。体育館の照明は消え、ステージにはスクリーンで紹介映像が流れ始めた。オレは人生初めての文化祭ではあるが、周りの活気や映像のクオリティーなどがほかの高校に比べてハイレベルなことは肌で感じ取っていた。初めて味わう独特な空気にオレは少し胸が躍る。体育館の床に長時間の体育座りのなどはあまり気にならなくなっていた。
スクリーンに映像が流れる中、オレは一通り雰囲気を堪能すると視線を近くに戻す。すると前の列にいる女子五人ほどが目に入った。
かたまりとしてみると右から一人、一人、三人だろうか。右端の生徒はうつむき、その隣は映像を眺め、三人組は周りなどお構いなしにしゃべり始める。
オレは何気なくそんな光景を眺めていると変化が起こる。
真ん中の女子が左の三人組の会話に入ろうと左へ体を寄せる。寄せた後の距離は非常に近く、肩同士がぶつかるどころかもはや重なっている。
あー。これ知ってますよ。右端でうつむいてる子がおとなしいかなんかであんまり好かれていないパターンでしょ。そういう奴といると自分までも同じようにみられるもんな。それでわいわいしてるところに首突っ込むんだろ?わかるわかる。・・・おや?
覗き込むように会話に混ざろうとするが、近すぎるためか距離をとろうと身をよじらせ若干引かれている。さらに体を近づけると引き気味だった少年がたまらん様子で体ごと離れる。しかし、さらに距離を詰め、また引かれて左へと逃げられている。結果として元居た場所にすっぽりと人一人分くらいの空間が生まれている。
傍から今の状況を見ると完全に右端の生徒が仲間外れにされているように見えるが、案外その隣の生徒も例外ではないらしい。真ん中の女子は必死に話の輪に入ろうとしているがかえって逆効果になっている。
いやもうこれ誰が嫌われてるのかわっかんねぇ。というか女子怖いな。右端の子もかわいそうではあるが、地味に避けられている子も・・・痛いヤツと言えばそれまでなんだが、少し同情するな・・・
オレはふとちらり・・・と自分の隣を見ると同じような光景が見て取れた。まあ、こんなもんだよな、普通。
誰とも仲良くできる三島と先日いたためこの光景を異常に感じてしまう自分がいるが、本当は逆なのだろう。女は裏と表の顔を上手に使い分けるというが彼女も例外ではないのだろうか?そんな疑惑が生まれたが、疑惑は疑惑。今はどっちとも決めつけるべきではないだろう。
気づくとスクリーンには“The END”の文字が映し出されていた。いや、なんで“fin”じゃないんだよ。せめてTheを消してくれ。
オレはクラスのシフトのためタピオカジュースづくりに励んでいる真っ最中だった。
委員長ちゃんがじゃんけん大会で勝ち続けた結果、場所は教室ではなく多目的室を使わせてもらっている。普通の教室の二倍はある空間をぜいたくに使い、前半分は厨房、後ろ半分は客用の飲食スペースとなっている。
一応和装カフェという看板を出しているが、店員が浴衣や甚平を着ている以外“和”の要素は微塵も感じられない。というのも、三島と買い出しに行った時に買った飾りつけはきらきらと光を反射するものだったり、主にパーティーを想定したものがほとんどだったりしたため、和服とは確実にマッチしていない。結果、かなりカオスな図になっている。
とはいっても客足は時間がたつごとに増えており、今では並んで待っている人も見られるほどだ。勝手な偏見ではあるが、女子高生が浴衣を着て接客してくれる機会などそうそうないからそういうのを目当てに来ている男性客がほとんどなのかもしれない。そうなると部屋の外観などはどうでもいいという本音がある。カオスなのはむしろ高校生の文化祭らしいともとれ、意外にも好感を呼ぶのかもなんて思ってたりもする。
うーん。ド偏見の極み。でもそんな感じしません?あっ、見に覚えがあるだけか。
いくらシフトで回っているとはいえ、接客用の生徒の人数分の衣装は誰が用意してくれたのだろうか。レンタルにしてもコストがかかりすぎる。とはいえ実際に人数分の衣装がここにあるのは事実なので、誰かが借りてくるなりもともと持っていたものだったりするのを持ってきてくれたのだろう。オレがどんな推理をしたところで答え合わせはできないだろうし考えるだけ無駄なことではあるか。
先ほども少し話したが、オレはタピオカジュースなるものを作っている。オレの仕事は接客ではなく作る側の仕事。そのためオレは別に着替えたりせず、制服のままでいる。
タピオカジュースを飲んだことはあるが結局めんどくさくなってタピオカに残しちゃうんだよなぁ。ジュースだけ飲んでカップの底に黒い物体が残る。もうそれタピオカ入れる意味ないんだよなぁ。
そんなタピオカジュースを作っているわけだが、作り方は言ったってシンプル。乾燥タピオカをガスコンロで用意した熱湯でふやかし、ざるに移して水で冷やす。カップにタピオカを投下し、市販のジュースを注ぐだけ。本当は乾燥タピオカを一晩水につけておいたり、蒸らしたりするとおいしくなるらしいが手間と時間の都合上割愛させていただいています。かわいい女の子が接客してくれるんだから文句言うんじゃないぞ☆
作業自体は暇になるほど簡単なものだが、実は準備が大変で悩んでいる。多目的室には水道が設置されていないため、水を使うときは流しまで足を運ばなければいけない。これが超めんどい。誰かやってくんないかなぁ。
乾燥タピオカを初めてみたが、いつも見ているものとのギャップがすごいな。茶色くて硬いこの物体がふやけるだけだいつものタピオカになるなんてまったく想像がつかない。
オレは茶色い物体を手でいじくりながらそんなことを考える。
タピオカづくりのスペースの隣にはホットケーキを作るスペースがある。このクラスではタピオカジュースとホットケーキを提供している。男子はタピオカジュース、女子はホットケーキが担当となっている。男子にやらせて失敗したとかシャレにならない。せっかく売り上げで余った分は生徒がもらえるんだからホットケーキ一枚でも無駄にしたくないわ。という女子からの厳しい意見が原因だったりする。
そういえば昨日の夜、三島からメッセージが届いていたな。「あのさ・・・やっぱ何でもない」という奇怪な内容だったが、いったい何がしたかったんだろう?
ぐつぐつと音を立てる鍋を眺めていると誰かの声が聞こえた。
「ねえ、あんた」
しばらくしても誰からも返事がない。オレは無意識的に周囲をキョロキョロと見たが、誰もいない。ということは・・・
「もしかしてオレか?」
「いや、あんた以外に誰もいないから。もしかしなくてもあんただから」
振り返るとそこには黄色をベースとした華やかな浴衣を着た少女が立っていた。
三島と違い、決して少なくはないが友達が多いというタイプではない。どちらかというと気に入った人としかつるまない傾向をもつ。相手が怖がっていることもあり、静か目な人間とはまずかかわることはないが、基本威張り散らすことはなくクラスメイトからヘイトを集めることはほとんどない。だが、ブチギレたら間違いなくクラスで一番怖いのは加藤だろう。そんなイメージを持っているクラスメイトはきっと多いはずだ。
今日は豪奢な浴衣と本人の派手なイメージが相まって、きらびやかな印象を与える。
「えーっと、人間違いでは?」
加藤はクラスでも目立っており、オレとは別世界で特に話したことなどない。そもそも俺の名前を憶えられているかすら怪しい。だからそんな加藤がオレに話しかけてくるはずがない。何かの間違いだろう。
「だからあんたであってるって。何回言わせんの」
「はあ」
「ねえ、瑞希についてなんか知ってる?」
「瑞希・・・というのは三島のことか?どうかしたのか?」
なぜそんなことを聞いてくるんだ?オレは別に三島と仲がいいわけじゃない。この前から少し話すようにはなったものの、加藤たちの方がよっぽど三島のことに詳しいはずだろう。
「あーしはなんか知ってるかって聞いたんだけど」
「いや、とくにはないが。三島がどうかしたのか?」
「ならいいや」
あまり深彫りされたくないのかあっさりとすぐに加藤は引き下がる。しかし、オレとしてはもう少し情報が欲しい。昨日の三島のメッセージにも同じことを感じたが、言いかけて辞められるとなんか気になっちゃうだろ。
「オレは三島がどうかしたのかって聞いたんだが?」
「は?マジムカつくんだけど。」
と言いつつも、加藤は自分がさっき同じことをしたのを思い出してか、嫌悪感をたっぷり込めたため息を吐きつつも、
「なんか最近瑞希が変って言うかちょっと変わったって言うか変と言うか」
「そうなのか。オレは三島のことよく知らないからな。変わったって言われても、そうなのか、としか答えられない。が、そう思うのなら変わったんだろうな。・・・で、何故それをオレに聞いたんだ?」
おそらく察するに三島がオレに嘘告をしたことが原因で何かが変わったと思ったのだろう。加藤が企画して三島がオレに嘘告することになったが、それはオレに知られたくないのだろう。だからこうやってわかりづらい言い回しでオレに質問をしてきている。もっとも、オレは地獄耳でその企画している瞬間を聞いていたわけだが。本人が隠したいならオレからわざわざ教えてやる必要はない。それに知らないふりで進めた方がいろいろわかるかもしれない。
「だってあんたは ―――ッ。もういい」
案の定、加藤は嘘告に自分が関与していることを隠したいらしい。切れ気味になり心の声が漏れてしまう。
「瑞希なんかあーしになんか隠してるみたいだし」
小さい声だったが、オレの鍛え抜かれた地獄耳は、もごもごとしていれば別だが、普通の話声よりむしろこっちの方が敏感に反応して聞き逃さない。
「そんなに気になるのか」
聞いてたの、とすごい目で睨まれる。
隠している、というのはおそらくオレが三島に頼んでオレがもともと嘘告されることを知っていたこと、された時に取った対応やその結末を誰にも口外しないようにお願いしたことを隠していると加藤は感じているのだろう。あくまで憶測にすぎないが。疑っていたわけではないが、しっかり三島がお願いを守ってくれていることがほぼ確定で分かった。
「まあ、オレがとやかく言うことでもないのかもしれないが、三島は言いたくないから隠してるんじゃないか?」
「は?だから?」
加藤は喧嘩モードに入りつつあるのか声には怒気を含んでいた。
「知られたくないから言わないんじゃないのか?それを掘り下げるのはあまりいいことではないと思うけどな。もしかすると傷口をえぐることになって三島が悲しむかもしれないぞ?三島のためを思うならそっとしておいてあげるのがいいんじゃないか?」
「ふん。なんかムカつくけど確かにそうかもね。なんも考えてなさそうな顔して意外といろいろ考えてるんだ。ムカつくけど」
オレそんな風に思われてたのか。わかってはいたものの直接言われると心に来るものがあるよな。いや別に気にしてないよ?ほんとに気にしてないんだからねっ。
加藤も見かけによらずいろいろと考えている。それがオレに真実を隠そうとするように自分のためなのか、それとも三島のことを純粋に心配しているのかはわからないが、いろいろ考えてる、というのは事実だろう。
「オレもそっくりそのまま同じことを思った」
「・・・は?それどうゆー意味?あーしのことバカにしてんの?」
加藤は一瞬遅れて理解する。気づかなくてもよかったんだが。というかむしろ気づかれないようにわざとわかりづらく言ったんだが。
加藤がオレに近づこうとしたときお客さんから注文の呼び出しがかかる。
「いかなくていいのか?呼ばれてるぞ」
「ッ。あー、マジムカつく」
加藤は思いっきり舌打ちをすると苛立ちながらもオーダーへと向かう。
多少気が短そうなものの、意外と冷静に人の話を聞く人ようだ。ただ、文化祭のミーティングのときもそうだったが一度完全に敵意を向けられたらもう収まるまで話が通じないだろうな。
今後も変なからみをされることがあるかもしれないが加藤がすべてを話し深彫りしない限りは今回のようにはぐらかし続ければきっと何とかなるだろうか。少しめんどくさくはあるものの、ずっとあやふやなままだろうからそこまで大変ではないか。
オレはそう結論付けるとほったらかしにしていたタピオカをすくいあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます