第5話 買い出し
interlude
私が彼の名前を知ったのは入学してから一か月ほどたったころ。
このくらいの時期では人見知りな子も多く、クラスになじめずに一人で行動している子は一定数いた。だからすぐには気づかなかった。
私は比較的友達を作ることは得意だったので友達に困ることはなかったし、何なら友達を作る手伝いをしたこともある。
そんな中、一際異彩を放っている一人の少年を見つけた。
彼の名前を聞いて回るが、知っている人は誰もいなかった。
人見知りな人はどこか不安げな表情を見せることを私はなんとなくわかっていたし、それに気づくこともできる。
でも彼からそんな表情を見てとることはできなかった。
彼の名前は浅間綾斗というらしい。そのことはクラスの名簿からわかった。彼のまとう雰囲気は独特で、誰とも似つかない、私が初めて味わうものだった。誰かとつるむことはなく、授業で刺されれば平然と答える。不安げな、自分に自信がないような感じはしない。むしろ堂々としているかもしれない。昼食は何も気にしないそぶりで一人で食べている。孤高の人と言えるかもしれないが、私はそれだけではないようにも感じる。
私は、彼はきっと何にも縛られないんだろうなと思ってしまう。私たちとは一緒にいるようで全く違う世界に住んでいるような、不思議な感覚を覚えた。そしてそれに少しだけ憧れを感じる自分がいた。
気が付けば無意識に彼を目で追ってしまうことが増えた。誰からも認知されていない、“
―――今日は5月29日水曜日。今日も文化祭に向けての話し合いが行われている。まあ、話し合いと言っても月曜日の三島の発言から昨日の話し合いはも順調に進み、重要な何かを決めるようなことはすでになくなっていたので話す内容はあまり大したことは残っていない。
これが何を意味するか。それはもうオレに仕事が回ってくることがないという証明だ。流石に当日のシフトまでは逃れることはできないが、準備という面ではほとんどかかわらないことに成功。ぶっちゃけるとオレ以外にも同じような奴らは意外といる。ただ彼らと違うところは、遊びたいからやらないということか、面倒だからやらないかの違いだ。オレにはそんな友達いないからね。
一応話し合いは続いているが、それに並行して看板づくりも一部の男子たちで開始されていた。廊下であーだこーだ言って楽しそうに作業する様子がうかがえる。
一方、いつもどうり寝ているだろう岡本の様子を確認するべく横に視線を向けると・・・いない・・・だと?
その代わりに三島と目が合う。三島にさっと下を向かれ、視線をそらされる。たいして気にしているわけじゃないんだが、うまく言葉にできないけどなんか悲しいな・・・
嘘告の一件でオレは少し気まずさを覚えていたが、後に謝罪の電話を受け、今は特にこれといった強い感情は持っていない。
オレは再び岡本はいずこへ?と周りを見渡す。
ちなみに岡本というのはオレの隣の席のクラスメート。真っ黒に日焼けしていて、坊主頭の少年だ。席が隣と言っても岡本と会話をしたことは一度もない。授業中は寝ているが、休み時間に入るとほかの野球部メンバーと元気に戯れている。なので結局話さない。お調子者な性格の持ち主であり、たまにクラスの一部の女子からの悪口を耳にする。
ボッチ生活を堪能しているスクールカースト最下位のオレには一切興味はないのだろう。おそらくオレの名前を憶えていないだろうが、オレも下の名前までは憶えていないのでお互い様か。
岡本はほかの野球部と今もふざけあっている。どうせ岡本も準備の仕事は引き受けていないだろう。
野球部グループはほかのグループに比べても特に仲のいいグループと言える。というのも、彼らの大半は推薦または特色選抜で入学しており、入学する前の3月から一緒に部活を取り組んでいるからだ。入学式の日からすでに友達がいるため初日からわいわい騒いでいたし、焦って友達を作らなきゃという不安とも無縁なのだろう。
野球部というと真面目で礼儀正しい様子を思い浮かべる人も多いかもしれないが、ここは進学校であり、強豪校でもない。最初から友達がいるというマウントと運動部プライドのダブルコンビネーションによりあまり人は近づかない。坊主頭を怖いという女子もいる。
岡本に見飽きたオレは窓の淵を肘掛けにして頬杖を突きぼっーと空を眺める。今日もいい天気。
キーンコーンカーンコーンと放課を知らせるチャイムが流れる。
運動部に所属している生徒たちが次々と教室を後にする中、土曜日には文化祭があるため、放課後も準備をする生徒が作業に励んでいる。オレは申し訳ないなぁと思いつつも帰りの支度を終える。
昇降口の下駄箱へ着くと一人の少女が靴を履いているところだった。かばんも何も持っていないので、帰るというには不自然だ。オレは靴をとるため自分の下駄箱へ近寄る。
「外に何か用事でもあるのか?三島」
「えっ。浅間くん!?」
三島は突然話しかけられ驚いて振り返る。さらにオレだと気づき動揺を隠せない。
「かばん持ってないだろ。帰りってわけじゃなさそうだったからなんでかなと思って」
「文化祭の買い出しに行くの。近くのドンキ。かばんあったら買った荷物持ちきれないかなって思ったから置いてきたんだ。どうせまた戻ってくるから」
オレは靴を引っ張り出しながらも三島の方を向き、
「・・・それ、オレも一緒について行ってもいいか?」
「・・・?」
何を言っているのかわからないという表情でオレを見る。
「いや、オレ何も準備とかかかわってないんだ。今日残って作業してくれてる人もいるみたいだし、荷物持ちとかで少しは貢献しないとなぁ・・・なんて」
「うん。ありがとう」
オレは自分でもひどいと思ってしまう口実に恥ずかしくなり、後半は挙動不審気味になってしまった。三島はクスリと笑い、うなずいて承諾してくれた。
オレたちは校門を通り歩道を歩き始めていた。天気はとてもよく、頭上にはきれいな青空が広がっている。そのため日光で少しまぶしい。三島の半歩斜め後ろという微妙な距離感をオレは維持している。学校を出てからまだ一言も話していない。
「・・・この前はごめん。」
不意にボソッと三島は謝罪をする。ここからでは三島の表情はうかがえない。
「さっき目が合ったけどそらしたことか?・・・もう許してるから謝らないでくれ。」
「ちゃんと会って言いたくて。・・・てゆーかやっぱり気づかれてたんだ」
三島の声のトーンが一つ下がる。うつむき気味にそっぽを向く。
「そういえば最近熱くなってきたよな。日差しはまぶしいし、衣替えはまだだし。だるくなる」
「じめじめしてきたような気もする。二週間後には梅雨に入ってるからかな?」
オレは長袖ワイシャツの袖をまくる。三島は振り返り横顔を見せる。
「梅雨は男子はただただ鬱陶しい気分になるだけだけど女子は髪の毛とか大変そうだよな。」
「そうそう。首とかに汗でくっついちゃって余計に暑いんだよね。べたべたするしうねったりするし。でもスカートだから女子は意外と快適なんだよね」
そう言って三島は笑顔を見せた。三島が前に向き直る瞬間、ヘアゴムに収まりきらずにはみ出た髪の毛が汗でくっついているうなじにオレの視線が吸い寄せられる。うぉっと危ない、はっとそのことに気づき慌てて目をそらす。
「・・・三島って普通にしゃべるんだな」
「えっ。それどういう意味?」
オレがボソッとつぶやくと三島は頭にハテナマークを浮かべ振り返る。
「なんかこれまで歯切れの悪い返事しかされてこなかったからポンポンと会話が弾むとちょっと違和感」
「そんなこと思ってたの!?・・・まあその通りなんだけど・・・てゆうか私だって浅間くんが自然な会話できると思ってなかったんだけど!」
オレとは対照に表情豊かに三島は返事をする。
「たしかにオレは一人でいるからな。こんなに話したのは三島が初めてかもしれない。」
「私が・・・初めて・・・?」
なぜか三島の耳が赤くなる。
「ぁっ浅間くんはおしゃべりとか苦手じゃなさそうなのになんで一人でいるの?優しいしすぐに友達だってできると思うんだけど」
「オレが優しいかは置いといて、なんで一人でいるか・・・か」
オレは少し考える。
「そうだな・・・韓非子って知ってるか?人は利によって動くと考えた人がいるんだ。まあ、利っていうのはメリットのことだな。オレのクラスからのイメージはたぶん空気みたいな人、何もしない人だと思うんだ。そんな人と友達になろうなんてやつはいないだろ。何のメリットもない」
「そういう人ばかりじゃないと思うけど・・・うーん・・・もしそうだったとしても、それってみんなが浅間くんのことを知らないだけじゃない?浅間くんはすごい人だと思うけど」
「友達の友達は友達だと思うか?」
「微妙かなぁ。それで友達になることも多いけど、大体そのあとその人と喧嘩しちゃうこと多いんだよね。結局友達じゃなくなっちゃう」
三島は自信なさげにこめかみをポリポリとかく。
「そうだ。一度人間関係をオープンにすると歯止めが利かない。別にたいして仲良くない人とも仲良ししないといけなくなる。自分と会わない人と一緒にいるのは苦痛だからな。それなら一人でいた方が気が楽だ」
「そっかぁ・・・でも楽しいこともいっぱいあるでしょ?」
「ああ。もちろんある。だからオレは積極的に友達を作らないってだけだ。来るもの拒まず出るもの追わず。来てくれた人と楽しく過ごすさ。わざわざ自分から動かない。面倒な人と関わらずにすむっていうメリットがオレにはあるからな」
「難しいけど何となくはわかったかな、あんまり共感はできないけど・・・でも私はいいの?絶対面倒な人と思われてるような気がするんだけど・・・」
「いや、三島はいいやつだからな。花崎とのこと見てたぞ」
「・・・花崎さん?なんで?」
首をかしげる三島。(花崎さんは2話を参照してね。)
「三島のおかげで花崎は友達ができた。オレはそれなりに尊敬している」
「えっ、見てたの?」
「ああ、もちろん。というか三島もアニメとか好きなんだな。なんか意外だ」
「結構詳しく聞かれてた!?」
「アニオタがはぶかれる時代は過ぎ去ったんだと全オタククラスメイトが救われた瞬間だからな」
「あのアニメ、香織も見てるよ?」
なん・・・だと・・・?本当にいい時代になったなぁ。
「てゆうかそこまで聞いてたら私が普通にしゃべれるって知ってたんじゃない?」
「あっ、たーしかにー」
三島は足を止め、両手を腰に当てオレのことを半眼でにらみ、オレはすっとぼける。
「それにクラスの人気者の三島さんとお近づきになれるなんて光栄極まりないことだからな。・・・あっ、今のは冗談だ冗談」
三島はポカーンと口を開けて固まっている。あれ?そんなつまらなかった?
「えっー、どした?」
「・・・浅間くんってそういう冗談言うんだ」
「オレでも冗談くらい言いますよ?面白いかは別として」
三島は再び歩き出すと、
「私、浅間くんのこと真面目でまったくしゃべらなくて怖い人だと思ってたから」
「オレが怖い?どこら辺が?」
「だって先生に刺されてもいつも正解してるから勉強だって出来てるし、普通に答えるから自身がなさそうには見えないし?なのに授業中はにらむように周り見てるし、誰かとしゃべってるところ見ないから」
どんな人なのか、情報が少ないと怖く感じるのは当然か。
授業中はつまらないから目が死んでるんだよなぁ。そのまま人間観察始めるからにらんでるように傍からは見えるのか・・・
「なんかオレめっちゃ見られてる!?・・・ん?それならオレがいつもはしゃべらなくても普通の会話ができることわかってたんじゃないのか?」
「あっ、たーしかにー」
うわっ。やり返されたんだが。
「まあ無理もないか。オレは真面目だからな。どのくらい真面目かっていうと、授業中10分間くらいしか居眠りしないくらい真面目だ」
「微妙に不真面目・・・」
三島は少し呆れ顔だが、後からツボに入ったのかくすくすと笑い続ける。
「まだドンキにつかないのか?結構歩いたと思うんだが?」
「あの坂上ったとこだよっ。もうすぐもうすぐ!」
そう言いながら上機嫌に坂道を駆け上る。
ミニスカートの裾がひらひらとめくれる。坂道ということもあり絶対領域が見えそうだ。
「そんなに走ると―――」
聖域がみえっ、みえっ、見えた―!!けどスパッツかーい!!!まあそうですよね。スパッツはいてない女子なんてイマドキいませんわ。うん。
「んっ?どうかした?」
「転んだら危ないぞ」
振り返る三島にオレは最大限落ち着いた声で返答する。
「過保護ですねぇ」
三島は悪戯っぽく、満足げな表情をしている。
「そっ、そうかな・・・」
不意の動揺を懸命に隠すので精一杯だった。
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