彼らの教室

しゅーめい

第1話 浅間綾斗といいます

 いきなりだが、韓非子という書物を読んだことはあるだろうか。「人間を動かしているものは何か? 愛情でもない、思いやりでもない、義理でもない、人情でもない、ただ一つ"利益"である。人間は、 利益によって動く動物である」という認識を持つ著者が書いた書物である。利益になるのであれば感情をも押し殺す。逆にどんな感情的な行動さえも極論利益のためとも解釈することもできる。怒りや悲しみからの解放もまた自分にとっての利益だ。人は所詮自分に利益がないことはしない。もしそうは見えないことがあったとしたら、それは偽善というものだ。情けは人の為ならず。他人への親切はのちの自分への親切となる。これは普段目を背けしてしまう、この世の理である。




 窓の外に広がる青空をぼんやりと眺めている。真っ白いもくもくとした雲がゆったりと流れていてとてものどかだ。耳を澄ますと何やらがやがやとしゃべり声が聞こえる・・・ここは高校の教室である。


 今、クラスでは「6月1日、2日の土日に開かれる文化祭でクラスで何をしよう?議論」が行われていた。そしてオレは何をしているかというと、外を眺めている。翻訳をすると、クラスの輪になじめないボッチをやっているってことだ。


 今日は5月20日月曜日。オレは今年、新入生として自称進学校(笑)に入学した。一応進学を掲げていいるため素行の悪い生徒はほとんどいない印象だが底辺進学校であるためちらほらとは見受けられる。そんな雰囲気の高校に通っている。


 ほら、隣の席で爆睡している岡本なんちゃら君。話し合いに参加していないのはオレだけじゃない。この人また寝てんのかぁ。短く刈り上げられた坊主頭の下から覗いている日焼けした頭皮が机の色と一体化しており、もはや保護色として擬態していると言っても過言ではない。口元から涎がうっすら垂れていて、その寝顔はなんとも気持ちよさそうだ。


 下の名前は憶えていないが授業中はいつも寝ており、休み時間は同じ野球部のメンツと一緒に騒いでいる。みんな日焼けした坊主なので女子は少し怖がっているため、野球部グループの中に女子はいない。マネージャーがクラスにいればまた別なんだろうなぁ。


 あっ、オレは浅間綾斗あさまあやとと申します。入学してから一回も名前呼ばれたことないから自己紹介忘れちゃってたね!ボッチをしているが別に会話がとても苦手というわけではない。友達ができなくて仕方なく一人でいるのではなく、積極的にボッチを堪能しているというのが正解である。ここ重要。ボッチは基本ある程度効率的に動ける人なら誰かといるよりずっと楽できるし、相手に時間を合わせることもなくマイペースに過ごせる。何にも縛られなぜ。ボッチ最強。


 オレの席は窓側一番端最終列というベストプレイス・・・の二つ前の席だ。実はこの教室では俺の席の後ろからはベランダへ出るためのスライド式ガラスドアになっている。しかし、オレの席からはすぐ隣に窓の淵があるためそれを肘掛けとして活用することができる。休み時間は今やっているように頬杖をつきながら外でも眺めて暇を潰している。そのため個人的には今のオレの席がこの教室においてのベストプレイスだと思っている。


 そんなことを考えながら、黒板に目をやると文化祭実行委員決めがはじまったらしい。出し物決めの前に代表者ってことだ。他にも大変そうな役職の名前が黒板に書き加えられていく。まあオレは周りから何もできなさそうな人って思われてるだろうし参加しない方がクラスのためってとこだろう。


 しばらく眺めていると、ちらほらと手を上げる生徒が出てくる。さすが進学校と言ったところか。役職を引き受けたいという生徒は多少いたが、全てが埋まるほどではなかった。少し重い沈黙が続いたころ、どこからか推薦制でよくね?という声があがってくる。結果としてだんだんと役職が埋まっていく。


 ボッチの利点はこういう時でも生きてくる。ボッチはちょっとした雑用やパシリを引き受けなければいけないことがたまにあるが、重要なことに関してや、責任がついて回ることを押し付けられることはまずない。あいつに任せても何もできないという思考から、押しつけて被害を被るのは押し付けた自分になるという考えが導き出されるからだ。


 誰からも期待されないというのはつらいことかもしれないが、実際に過酷労働したり、自分のミスを他人に擦り付けてくる不届き者とかと作業しなければいけなかったりするほうがよっぽどオレはつらい。


 オレはボッチを生かして無事に何の役職にも入ることなく代表者決めが終わっていった。きっと細々とした文化祭の準備を手伝うこともないだろう。これでオレのボッチ生活の平和は守られたってわけだ。


 どうやら出し物のほうも決まったらしい。黒板には、もう役職については消されており、飲食系と代わりに書かれてある。文化祭と言ったらやっぱり飲食だよな。知らんけど。準備は基本なし。文化祭前日にちょっくら誰かが買い出しに行けば準備は9割方終わったも同然だ。




 ―――次の日。5月21日火曜日。最初に喫茶店という立案が出された。インスタ映えするということで、特に男女陽キャ層から後押しを受け、準備も大変すぎず、だがそれなりにやりがいがあるということでかなり大人数が納得していた。


「なあなあ。女子はメイド服にしようぜ。俺たちのはそれを眺める専門ってことでよくね?」


 野球部メンバーの誰かの声だ。岡本もそれに賛同するようにいいじゃんそれ!と叫んでいる。本人たちは別に普通の声量でしゃっべていると思っているだろうが、もともと声がでかい人たちなので教室にいる全員が聞こえていただろう。というか岡本起きてんのか。起きててもどっか行っちゃうから結局オレの話し相手はいないんだよなぁ。


「は?マジ意味わかんないんだけど。なら男子が着れば?」


「絶対イヤなんだけど。マジウザイ。」


「私も流石にメイド服は恥ずかしいかな・・・」


 キレ気味の加藤香織の反対に続き、豊島友美、三島瑞希が反対した。


 加藤香織かとうかおりはクラスで一番目立っている女子。セミロングの明るい髪色に着崩した制服、ケバめの化粧をして登校してくることもある。校則に少し触れているが自主性を重んじるこの学校では、教師は特に注意することはない。素行の悪いギャルといえばそうなんだが、あくまでここは進学校。度が過ぎることはしていないのでイマドキのJKと言うほうがしっくりくるかもしれない。


 豊島友美とよしまともみは加藤のいつも一緒にいる友達。オシャレなショートヘアでいつもマスクをしている。いわゆるマスク女子ってやつだ。意外かもしれないが、加藤も豊島も今のところ女子のリーダーという感じではない。ほかのクラスメイトに対し横暴な態度をとることも少ないが別に仲良くしているわけでもない。似た者同士内輪で楽しくやっている。


 三島瑞希みしまみずきはクラスのマドンナ、男子にとっての天使的ポジションだ。肩くらいまでのポニーテールにきれいな黒髪。かわいらしい顔立ちに、誰にでも優しく声をかける社交的な性格。加藤たちとは雰囲気が少し違うが席が二人と近いこともあり、加藤たちと一緒にいることが多い。男女ともに人気が高く、このクラスで三島を狙っている男子は少なくないだろう。さらに胸も大きいほう。揺れるポニテに乳。うーんギルティィィ。


 三人とも整った容姿をしているが、特に加藤は性格がきつめなので誰これかまわず好かれているわけではない。しかし、一部のマニアック層から絶大な人気があるんだよなぁ。オレには理解できんけど。クラスではかなり目立っているのでオレでも三人の下の名前まで覚えている。


 加藤たちの意見により、次々と女子たちが反対へと変わっていく。野球部よぉ、爆弾落とすなよぉ。男子たちはそれでもなお頑なに喫茶店を推す。クラスの意見はぱっくり割れてしまったようだ。


 ――その後、まさか三島とあんなことになるなんて今のオレには知る由もなかった。




 ―――5月23日木曜日。話し合いは難航状態に陥っていた。火曜日の野球部による問題発言から話し合いは何も進んでおらず、男女間で激しい嵐が起こっていた。もうこれ沈没すんじゃね?ってレベル。司会の学級委員長ちゃんはもう困り果てている。


 学級委員長ちゃんかぁ。実はオレに初めて話しかけてこようとしてくれた人である。まあ結局話していないのだが。


 ・・・それは入学して一週間ほどたったころ、オレの席から少し離れた後ろで話し声を耳にした。普段オレは誰ともしゃべらないので自然と周りの話し声が耳に入ってくる。なのでオレの特技は地獄耳だったりする。全然うれしくないが。どうやら声の主は学級委員長ちゃんとその友達であり、オレをクラスラインに誘おうとしてくれているみたいだ。オレは少し胸を躍らせながら今か今かと待っているがなかなかしゃべりかけてこない。どうしたのかと耳を澄ますと、


「浅間君ってまだクラスライン入ってないよね?」


「うん。他のクラスの子に聞いたけど誘ったっていう人はいなっかたよ。」


「・・・じゃあいこっか。」


「・・・う、うん。そうだね。」


「浅間君ってLINEやってるのかな?」


「いや。わかんない・・・」


「「どうしよう・・・」」


 うん?オレLINEやってるけど?なんでそこで迷っちゃうの?そこでコミュ障発揮しないでくれ。ここでオレからLINEやってるよって言いだしたら盗み聞きしていたことがばれてしまうし、何なら気持ち悪がられてしまうかもしれない。ここはじっと我慢だ。


「ま、まあ。きっと何とかなるよね。」


「う、うん。そうだね。そうだよね。」


 そう言って二人は遠ざかっていく。え?あきらめちゃったの?おいぃ。マジかよ。もっとアツくなれよ!修○先生も言ってるだろ。あきらめんなよって。マジかぁ~。


 オレは一人席に座り続けた。


 ・・・それっきり誰からもクラスラインに誘われることもなく、5月も半分を過ぎた。クラスでは大体仲の良い友達が決まってきており、ちらほら大人数のグループも存在している。オレは完全に置いて行かれ今日も一人を謳歌している。一人はまあいいんだが、連絡事項がたまに入ってこないことがあるのでクラスラインくらいは入っておきたかったんだがな。委員長ちゃんもっと頑張ってくれよぉ。


 そんな困り果てている委員長ちゃんに対し、反対の口火を切った加藤はというと、最初こそ熱かったものの、今日になると完全に話し合いに飽きている。加藤に誘われ豊島と三島が何やらゲームを始めたようだ。ちなみにどうでもいいが岡本は寝ている。元凶としてお前も一枚かかわってるんじゃないのか?


 三島たちの席は真ん中くらいにあり、オレから真横に位置するのですこし眺めていると三島が頭を抱えだし二人がにやにや笑っている。三島が負けたのが様子から伝わってくる。


 二人が楽しそうに話を続けているが三島の表情は晴れないままだ。オレは少し気になったので自慢(?)の地獄耳スキルを発動させる。別に他の男女たちが激しく言い争ってるから平和な女子たちの話を盗み聞いて楽しもうとか思ってないですよ?1ミリも思ってないからね?


「はい。瑞希罰ゲーム~」


「え~。それほんとにやんなきゃダメなの?」


「いいじゃん。いいじゃん。瑞希かわいいんだし!」


「そうそう。むしろ相手からしたらご褒美だよ。泣いて喜ぶかもよ?」


「いや。流石に喜ぶことはないと思うけど・・・」


「いやでも許してくれるっしょ」


「でさでさ、誰にする?」


「うーん。あんまり目立ってたり人気な人は避けたほうがいい?たぶん」


「そうだなぁ。あっ、浅間君だっけ?あいつなら大丈夫じゃない?」


「あっ。いいかも友美。冴えてんじゃん」


「ちょっとちょっと。え?ほんとに嘘告するの?しかも相手決まりかけてるし」


「だって罰ゲームだもん。いいよね?ねっ?」


「うーん」


「だいじょぶだいじょぶ。何とかなるって~」


「どうやって告白する?」


「やっぱしLINEとかじゃなくて直っしょ」


「香織大胆にいくねー」


「えっ。えぇぇぇー」


「ここは王道の下駄箱に呼び出しの手紙じゃない?一回やってみたいやつ!」


「いや。やるのは香織じゃなくて美咲だからね?早速明日はどうよ」


「いいじゃん。いいじゃん。決まっていくぅー」


「えっ。えぇぇぇー!」


 えっ。えぇぇぇー!はこっちのセリフなんですけどっ!なんか勝手に決まってるけどオレ明日三島から告白されるんすかマジすか。このままだと実行されそうなんだけど?というか後半から三島「えぇ」しか言ってないし。もうなるようになれって感じか?オレは軽いパニックに陥り思考を放棄し始める。


 未だクラスに渦巻く嵐は去る気配もなく、オレはその端で固まっていた。



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 最後までお読みいただきありがとうございます。こんにちは。しゅうめいと言います。これまでは短編小説しか書いたことがなかったのですが、今回、長いのに挑戦してみようと思っています。ラブコメと言いつつも一話ではただただ心の中でめっちゃしゃべる主人公がうるさいだけだったかもしれません(笑)。少しでも興味を持っていただけたのであれば幸いです。この作品、又はユーザーをフォローしていただくと、更新したときにお知らせが届くような機能があったと思います。是非フォローしてみてください。とても励みになります。何なら泣いて喜びます。ではさようなら!

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