Ver.8.1/第37話
「ふはははははは! 我をここまで追い詰めるとは、褒めてやろう!」
突如、大仰に声を張り上げたハルマに一瞬だけだが視線が集まる。
彼の宣言とは裏腹に、チップ達に大魔王を追い詰めた感覚は皆無であったため、本気なのかブラフなのか計りかねるところもあった。だいたい、今この瞬間も乱戦から抜け出せずに四苦八苦しているのだ。
しかし、どうやらただのリップサービスでもないぞと、身構えることになる。
何しろ、今まで玉座の上でふんぞり返っていた人物が、おもむろに立ち上がったのだ。当然、これによって〈魔王の玉座〉の効果は消えてしまい、NPC達へのバフはなくなってしまう。実質的に弱体化を意味するというのに、敢えてハルマが動かざるを得なかった理由があるはずだ。
ハルマが動かざるを得ない事情があったことに違いはない。
ただ、このメンバーを相手に普通に負けてしまっても、世間が彼らを正当に評価するとも思えなかったというのもある。このまま負けてしまっても、ハルマが知り合いを相手にして手加減したと思われても仕方ない。それでは、どちらにとっても幸せな結果をもたらさないのは明白だ。
どうせ負けるのなら、隠し玉のひとつも披露して負けた方が互いのためにもなるだろう、というのがハルマに踏ん切りをつけた決定打だった。
下準備はとっくに終わっている。
事前にやっておかなければならないことは2つ。〈魔王城召喚〉と〈魔王の玉座〉に一定時間座っておくこと。
実は、この2つのスキル。〈魔王〉の能力を引き出すためのお膳立てにすぎなかったのだが、ハルマが使うことで想定以上の効果をもたらしていただけなのだ。
ハルマとしても、これから使うスキルより、この2つに頼って戦った方が優秀だと感じていたくらいである。
ところが、これにひとつのスキルが追加されたことで話が変わってくることになっていた。
「〈魔王覇気〉解放」
静かに宣言した直後、スキルが発動されるとハルマの体内から真っ黒い影が吹き出し荒れ狂う嵐のようにすっぽりと姿を包み込んでしまう。
チップ達はその変化に目を奪われるわけにはいかなかった。何しろ、現在戦っているのは〈魔王の玉座〉の効果が消えたとはいえ、じゅうぶんすぎる強さを持ったNPC達なのだ。
ただ、それでもチラチラと気が散ってしまうのも無理はなかった。
この雰囲気には既視感があったからだ。
「ね……ねえ?」
「言うな、シュン。現実を受け止めるしかねえ」
ウネウネ、うにょうにょとハルマを包む影が異形のものへと変化していく様をチラチラと横目で確認しながらあからさまに表情は苦笑いへと歪んでしまっていた。
黒い影に包まれ、姿を変えるプレイヤーをひとり知っている。
初めてその様が披露されたであろう時にも、チップ達はその場に偶然居合わせたので、その時の衝撃を思い出す。
「〈デュラハン〉になるわけじゃなさそうね」
「モカねえとは、ちょっと雰囲気が違う……か?」
スズコとナツキも攻撃の手が思わず緩んでしまうのは仕方ないだろう。
数十秒とかからずに影は再び中心へと収束していき、隠れていた人物が姿を現した。
「「「「「「「「「「は!?」」」」」」」」」」
「にゃにゃにゃにゃっ!?」
エネルギーの塊のような暗黒の中からハルマが再び姿を現した直後、そこには魔王と呼ぶのに相応しい形相の人物が浮かんでいた。
そう。彼は今、宙に浮いているのである。
頭には角。2本の腕が追加で肩から伸び、背中には羽も生えている。更には尻尾まで伸びているではないか。
今回のエキシビジョンマッチのコスチュームはハルマ陣営は黒を基調としていることもあり、その姿は余計に禍々しく映る。この異様さを殊更協調しているのが、人ならではの特徴である白目の部分が黒く染まり、そこに浮かび上がる怪し気に輝く深紅の瞳であろう。
この追加されたパーツひとつひとつは過去にハルマが討伐したことがあるモンスターの中から選択したもので構成されており、元となっているモンスターの使うスキルとステータスが内包されている。困ったことに、単純に全てがプラスに働くわけではなく、弱点といったマイナスの要因まで引き継いでしまうため、組合せは慎重に選ばなければならない。
しかも、全てのモンスターの中から選べるというわけではなく、事前に運営によって絞られた中から、更にハルマが選択する仕組みだ。当然、解放されているモンスターの種類は多くなく、今後増えていくことになるだろう。
そのため、ワールドクラス〈魔王〉が想定よりも格段に早く誕生してしまった弊害で、実は見た目ほど凶悪な変化は起こっていないのだが、この変化にはひとつ利点があった。
事前に設定しておけば増えた腕にも武器を持たせることができる点である。しかも、この腕にも〈二刀流〉のスキルの恩恵は生きており、四刀流を実現できるのだ。
ただ、四刀流による恩恵よりも、これによって本来装備している武器とは別の武器やスキルを使えることの方が重要だった。
しかし。
奥の手のひとつである〈魔王覇気〉を使って姿を現した直後、ハルマも「へ?」という声を上げて振り向いていた。
驚きの声の中にひとつ、聞こえるはずのない方向からのものが混ざっていたからである。
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