Ver.7.1/第26話

「ハル。おはー。何やってるの?」

 城下町の中に水を流し込むことに成功したことで農民NPCが活発に動き出したのだが、長いこと使われていなかったせいなのか、農地が荒れ放題であった。そのため、畑の広さに対してNPCの数が過剰となっていたので、使える農地を増やすために荒地を耕していた。

 そこに届いたのが、マカリナからのチャットであった。

「おう。おはよう。明日からテストなんじゃないのか?」

 思わぬ相手からだったことで、少し驚いて返事する。

「息抜きよ、息抜き。それより、そこ、どこ? 隣のエリアにいるように見えるんだけど?」

 昨日はインしてこなかったところを鑑みるに、かなり根を詰めて勉強していたのだろう。少しくらいは息抜きしたくなる気持ちはよくわかったので、非難することもからかうこともせず、ここ1日の出来事を掻い摘んで説明することにした。


「あ……、ああ。そっか。なるほど、確かに深さが足らないなら、足りるようにすれば良いわね。盲点だったわ」

 呆れるやら感心するやらといった雰囲気だ。

「まあ、それも、リナが水の中だと魔瘴の影響がないってことに気づいてくれたからだけどな」

「そういうことにしておきますか。でも、そうか。封魔の一族の拠点に入れるなら、魔物の砦の方にも入れたかもしれないのか。惜しいことしたわね」

「え? あっちは、山越えのルートだから、途中で滝があって遡上できないって話してなかった? さすがに、滝に打たれながら〈クライミング〉は無理だぞ?」

 マカリナが流れてきた桃を見つけた後、そのまま遡上を続け行き止まりとなる滝まで調べたところで戻ってきたことは聞いていた。そして、川は山の反対側まで続いていることはマップで確認できるものの、そこから先はまた森に隠れてどこまで続いているのかは不明であることまで判明している。

「あー、はははは……。ほら、RPGで滝っていったら、裏に隠された洞くつじゃない? まあ、なかったんだけど。それなら、掘ってみたら何かあるかなー? って、軽い気持ちで掘ってみたんだけどね」

「うん」

「滝で蓋されてるからなのか、そこも魔瘴メーター増えなかったんだよね」

「ふぇ? ってことは、その洞くつ使ったら、魔物のエリアにも時間を気にせずに入れるように?」

「いや。どうかしらね。出口も滝の裏なり川底なりに繋げないとダメだと思うから、開通はさせてないのよ」

「なるほど……。反対側も一度調査してから繋げた方がいいか」

「そうね。それに、今は魔物のエリアじゃなくて、味方のエリアになってるから、どの道、行っても無駄じゃない?」

 バックアップメンバーとして味方があぶれていなければ、このような対応もされず、魔物の砦のままであったのであろうが、早い段階で〈征服〉してしまっているので、第2ラウンドが始まる前に設定していた順で振り分けられたプレイヤーの拠点エリアと置き換わっているはずだ。

「あ、そっか。でも、それはそれで、他の人の城下町を見られる数少ないチャンスだから、良いんじゃない?」

「……確かに。ちょっと見てみたいかも。あー、もう! 何でテストなのよお」

「はっはっは。今の調子なら、最終ラウンドにも進めそうだから、リナが戻ってくるまでには行けるようにしておくよ」

「うー、お願い。どの道、あの山を越えてアレコレできるAGIは出せないから、ハルかモカさんに協力してもらおうと思ってたし」


 マカリナとのやり取りを終えると、すぐにソワソワし始めてしまう。

 封魔の一族の城下町も気になるが、魔物のエリアへも足を延ばせるかもしれないとわかれば、試してみたくなるというものだ。

 そのために使える時間は限られている。特に、明日からは学校もあるため、この日の内にやれるだけのことはやっておきたかった。

 転移して自分達の城下町に戻ると、まずはマカリナが掘っているという洞くつまでの川底を均すことから始めた。

 城下町からワーラビットになって走り抜けても、山を越えて魔物のエリアを調査できるじゅうぶんな時間を確保できないと思ったからだ。

 モカに協力してもらうにしても、この作業は必要に思えた。

 

 こちら側のルートは封魔の一族のエリアへと延びるルートよりも短かったこともあり、3時間ほどで作業は終わり、滝へとたどり着いた。

「これだな」

 マカリナに教えられた通り、滝の裏には洞くつが出来上がっており、入ってみると確かに魔瘴メーターが増えないことが確認できたところで、モカとネマキもインしてきたので戻ることにした。


「何だか、また面白そうなことしてるねえ」

 すでにマカリナはテスト勉強に戻るためログアウトしていたが、モカとネマキも興味深そうに報告を受けていた。

 しかも、〈魔界の覇者〉を決める攻防戦のさなかにやっていると他の陣営に知られれば非難されてしまいそうなことなのだが、一番の味方である両者からは興味津々で色々とアイデアを提供してくれたほどである。


 封魔の一族の城下町では、食べるものにも困っているだろうから、何か食べ物を持って行った方が良いのではないかと提案してくれたのもモカである。

「リナちゃんの話だと、確か、この辺で売ってるんだよね?」

 ハルマに同行してきたモカが尋ねてくるが、返答に困ってしまう。

 食堂や酒場といった食事を出している場所はあるが、食べ物を売っている店を作った記憶はない。マカリナがキビ団子を売っている店、というか人物を見つけたのも、実は偶然であったようだ。

 ハルマも今回、初めてキビ団子を買いに来たので、正確なことは答えられないのだ。ふたりは、マカリナに聞いていた公園に向かいながら、目的の人物を探すことにした。

 公園の近くには学び舎を作り、遊技場のような広場も併設している。

 目的の人物は、そこにいた。タイミングが悪いと、いないことも多いそうなので、運が良かったというべきだろう。

「ラヴァンドラさん、何やってるんすか?」

 本城の玉座の間でプレイヤーのサポートをするはずのNPCが、バレバレの変装をして屋台を営んでいるではないか。

「は……はて? 私はしがない菓子職人ですが?」

 とぼけて見せるが、サングラス以外は同じ恰好なため、間違えようがない。マカリナも、たまたま通りかかった時に、いるはずのない人物がいたことで足を止め、キビ団子を売っていることを知ったのだそうだ。

 実際、公園だけでなく、学び舎も遊技場も、利用しているのはNPCだけのため、ハルマ達がここを通ることは滅多にない。

 マカリナも、公園を徘徊するNPCの動きを何となく観察してみたくなっただけだったらしい。彼女の検証によってわかったことは、どうやら、学び舎に通う子供NPCが帰る時間を狙って行かないと出現しないレアNPCであるようだ。

「お忍びで城下町の情報収集って感じ? これ、うちが玉座の間に向かったら、どうなるの?」

「あっちにも、こっちにもいるんじゃないですか? 瞬間移動もお手のものでしょうから。まあ、この場合、瞬間移動すらしないでしょうけど」

「便利な世界だねえ。うちもリアルとこっちで同時に生活できたら楽なんだけど」

「ははは……。できれば、リアルはAIに任せたいくらいです」

「にゃっはっは。ハルちゃん。さすがに、それは猟奇的な結末に向かいそうだよ?」

「ですね」

 ハルマは肩をすくめ、本題であった目的のキビ団子を購入することにする。

 これだけ色々と考慮されたNPC達の営みではあるが、購入できる数に上限はなく、小さな屋台のどこに用意してあったのかという数のキビ団子を買い込むことができた。幸い、キビ団子の値段は良心的な価格であるため、ハルマの平均よりもかなり多い所持金でもってすればささやかな出費で済んだ。

「とりあえず、あっちで配れるかわからないから、このくらいで良いだろうな。ダメだったら、工房に差し入れすれば良いだけだし。モカさんは、工房への差し入れ用ですか?」

 購入できる数に上限はないが、ハルマ達が使うインベントリは有限なため、荷物がパンパンにならないところで止めておく。

「そうそう。でも、今日の分はリナちゃんが朝の内にやってくれてたみたいだから、また今度かな。ハルちゃん、魔物のエリアの方に行くんでしょ? うちが封魔の方に行って配れるか見てこようか? うちも行けるのか、チャレンジしてみたいし」

「ああ……。お願いしましょうかね。確か、〈水泳〉だけじゃなくて、鉤縄も持ってましたよね?」

 鉤縄は〈贋作〉でレシピを覚えてからは、スタンプの村の住人で希望する者にはプレゼントしている。モカも、貰えるなら喜んでというスタンスのため、遠慮なく受け取っていた。

「バッチリだよお。〈クライミング〉便利だからねえ。でも、ハルちゃんが色々やってくれてるんだったら、正面から入れてもらえないかな?」

「あ……。そういえば、水引き入れた後は水路の確認して、そのまま壁登っちゃったから、反応見てないですね」

「じゃあ、入れるかもしれないんだ?」

「かも?」

 むろん、残念ながら、モカも門番に通してもらうことは叶わなかったのだが、その際のやり取りを、モカもハルマ同様楽しんだのは語るまでもないことだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る