第3章 桃太郎
Ver.7.1/第20話
「さすがテスタプラスさんだなぁ。チップとスズねえ両方相手にしても勝ち残れるなんて」
「だなー。オレもテストがなければ! って言いたいところだけど、自分で指揮執ってみて改めてあの人のスゴさがわかったよ」
チップも実際にテスタプラスの指揮する内容を知っているわけではないのだが、時折繰り出される奇妙な動きを観察してみることで彼の能力の一端に触れることができていた。
テスタプラスにとっては攻め損としか思えない場所への遠征に誘発され、攻め込まれた陣営への対応に隣の陣営も反応する。それを待っていたかのようにNPCの魔物の軍勢が動き出し、動いた魔物の陣営を攻め落とそうとまた別の陣営が動き出す。
そうやって、あれよあれよとドミノ倒しのようにテスタプラス領地近辺の陣営が対応に追われ守りが手薄になっていくのだ。
「NPCの陣営って、そんなに動きが読めるものなの?」
「それができれば皆苦労してねーよ」
「デスヨネー」
「とにかく、オレが5手先まで読むのが限界として、あの人は30手先を余裕で読み切ってるって感じ。まあ、でも、そう考えると、NPCの行動パターン読む方が簡単なのかもな」
チップの実践した5手先まで読んで戦闘を勝利に導くことも、じゅうぶんに優秀な内容だ。
何しろ、彼らが相手にするのはひとりではない。それぞれの陣地を治めるプレイヤーがいる中での話なので、将棋の駒がある程度の統一意志を持ちながらも、それぞれ自分の判断によって動いている中で勝ち筋を探る戦いみたいなものである。しかも、この盤面では本来は認められていない歩が後ろに下がることもできれば、勝手に成金になることもできるのだ。
「なるほど、確かに魔物の陣営の行動パターンがプレイヤーよりも複雑ってことはないか」
「少なくとも、ハルマみたいなプレイヤーよりは圧倒的に楽だろうよ」
「いやいや。俺達の所ほど読みやすい陣営もないと思うぞ?」
実際、ハルマ達が魔界で積極的に打って出たことは今のところない。陣営の増加は、ほとんどが〈売り込み〉による無血開城だからだ。
第2ラウンドでも、第1ラウンドでのアドバンテージを活かし、領土内に隣接する魔物の陣営を近くの味方が攻め落とすことで拡大した程度である。
本来は魔物の陣営を攻め落としたところで陣地の数は増やせても、プレイヤーの数が増えないので誰かを派遣するなりして統治しなければならないのだが、第2ラウンドでは控えに回ったプレイヤーを補充することが可能であった。そのため、小規模な砦でしかないはずの魔物の砦は、プレイヤーに割り当てられた本城と城下町に置き換えられ、耐久値が跳ね上がる。
これによって、ルール上半分だった魔物の陣地の価値がプレイヤーの陣地と同等になるというオマケ付きだ。むろん、第1ラウンドで得た圧倒的な優位性を多少なりとも還元できる程度であるのだが、ハルマ達にとってはこれだけで最終ラウンドに進める大きな足掛かりとなった。
故に、第2ラウンドでもハルマ達は防衛に徹し、他のことに没頭できていたわけだ。そして、それは、領土争いとは無縁の活動であるため、基本的に触らぬ神に何とやらで、第2ラウンドの中盤以降は〈同盟〉や〈売り込み〉の申請こそあれ、隣接する陣営からであっても放置されていたほどである。
これも全て、他の追随を許さない圧倒的な防衛力を持っていればこそできる芸当であろう。
「阿呆。何もしてないのに勝ち抜けてることが異常なんだよ。そんな陣営、気持ち悪くて攻め込みたくないっつーの」
「何もしてないとは心外だなあ。俺達ほど楽しんでる陣営もないと思うぞ?」
むろん、ハルマ達の楽しみ方が特殊であることは自覚している。ただ、それでも陣取り合戦に執心するよりも面白味を感じてしまうので仕方ない。
おそらく、これは〈魔界の覇者〉という名誉に固執していないからできることであろう。そして、固執せずにいられるのも、4人とも〈大魔王決定戦〉に出ることができるほどにすでに名が知れ渡っているということも一因であるのかもしれない。そこは、チップには理解できない部分である。
「くそっ。魔界をただ満喫してるだけなのに、〈魔界の覇者〉になれる可能性大なのは、首絞めたくなるな」
「コラコラ。物騒なこと言うんじゃないよ。チップだって、まだ可能性は残ってるんだろ?」
「辛うじて残ってはいるけど、テスタプラスさんが負けるのが前提だからなあ。正直、無理だろ? 単独陣営ならまだしも、大規模陣営になっちまったアノ人の采配を切り崩すなんて」
「ハハハ……。まあ、ちょっと想像できないな」
第1ラウンド、第2ラウンド、最終ラウンドと、少しずつルールが変わっていく。中でも大きいのが、最終ラウンドでは総大将が負けた場合、勝者の総取りではなくなり、負けた陣営から後継者が生まれる点だ。
最終ラウンドで総大将が他の陣営に敗れた場合に限り、第1ラウンドを勝ち抜いた陣営であれば後継者として名乗りを上げることができる。ただ、これは指名制ではないため、乱立する可能性があり、陣営が割れる可能性もある。また、後継者に名乗りを上げたプレイヤーの支配下ではなく、総大将が敗れた陣営に鞍替えすることも可能なので、かなりの混乱が予想される。
つまり、チップもスズコも、テスタプラスがどこかの陣営に敗れ、かつ、分裂した陣営をまとめ上げ、その上でサーバーの頂点に立てれば〈魔界の覇者〉として君臨することが可能である、というわけだ。
もちろん、途方もなく低い可能性の話ではある。とはいえ、ほんのわずかでも可能性が残されているだけでも、参加する意味はあると思っている。
そんなこんなで、最終ラウンドで〈魔界の覇者〉を決める戦いが始まることになるのだが、サーバーの振り分けが終わったところで、チップもハルマも思わず苦笑いを浮かべることになってしまうのだった。
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