Ver.7.0/第30話
「で? ハルちゃん。お金は集めるの?」
家具や日用品といったものを作るためにスタンプの村に戻ると、たまたま4人がそろったので、魔界に戻る前にハルマの家に集まってミーティングとなった。話の流れでモカが口にしたのは、NPCに対する課税のことだ。
「ハルのことだから、無税にするんじゃないの? 素材は自分達で集められるし、ハルはお金持ちだし。ああ、別に、拠点のランクアップの支払いをハルだけに負担させるつもりはないからね? あの頃と違って、あたしもけっこう余裕あるし」
プレオープンの時にハルマが拠点の拡張に支払った額を知っているだけに、お金に困ってはいないことは知っている。加えて、スタンプの村に拠点をかまえるようになってからは、マカリナも生産効率が上がったことで所持金は増えている。
モカとネマキは、装備品にゴールドをだいぶ持っていかれるのだが、それもハルマとマカリナ、モヤシという生産職プレイヤーが身近にいるおかげで、かなり相場よりも安くで仕入れている。しかも、今では主婦三人組も生産職スキルを身につけている上に、ソラマメも時折立ち寄るので、たいていのアイテムは格安で手に入る。
ゲーム内で最高火力を誇るふたりの装備品は、他のプレイヤーからしたら垂涎物の1級品なので、頻繁に買い替える必要がない。そして、スタンプの村に拠点をかまえてから、というより、ハルマと出会ってからというもの、素材を自分で持ち込むことで希望の装備品に仕上げてもらえるようになったことで、グッと支出は抑えられるようにもなった。
しかも、必要な素材がどこで手に入るかの情報もハルマやマカリナから教えてもらえるし、手に入らない素材の入手も、〈鑑定〉持ちのふたりであれば、比較的容易に見つけて来てもらえるという至れり尽くせりの環境なのだ。
これは、モカとネマキに限らず、スタンプの村の住人全員に共通するので、彼らの回りで金欠に苦しんでいるプレイヤーはほとんどいない。
しかし、多くのプレイヤーは知らずにいるが、モカとネマキが装備品に気を使うようになったのは、実は最近になってからである。
それまでも粗悪品を使っていたわけではないのだが、自身のスキルが強力だったことで、装備品のスペックには無頓着なところがあったのだ。それを改めるようになったのは、ソラマメとの出会いがあればこそだった。
彼もまた根っからの生産職プレイヤーなので、最上級プレイヤーのふたりが使う装備品に物足りなさを感じてしまい、病的なまでの熱意でもって、こんこんと説き伏せたという事件があったのだ。
……と、まあ、話は戻るが、つまるところ、4人とも現状では資金、物資、両方の面で困窮しているわけではない。
それもあって、マカリナは課税に必要性を感じていなかったわけであるのだが。
「いや。NPCが怠けると思うから、少しは集めようと思ってるぞ?」
「怠けるって。相手はNPCだよ?」
ハルマの予想外の返答に、マカリナも目を丸くする。それは、モカもネマキも意外だったらしく、同じような反応をしている。
「え? いや。怠けるよ?」
ハルマとしては、怠けることの方が自然なために、逆にびっくりしてしまうほどだ。その証拠、と言わんばかりに、視線を背後に向ける。
そこには、どこから取り出したのかレジャーシートのようなものを広げ、横になってダラけているズキン。ズキンが用意したのであろうお菓子をつまむマリーとニノエ。水錬金を使って作り出したのであろう立方体のパズルをカチャカチャ弄って暇つぶしをしているアクアの姿があった。
他の面々も、この4人ほどではないが、思い思いに寛いでいる。
「「「ああぁ……ね」」」
「まあ、この中で、確実に怠けるのはズキンくらいのものだけど」
ここには居ない唯一の森の守り神である父親のカルラでさえ、彼女のことを怠惰な娘と評しているのだ。だいたい、ズキンが本気を出すのはドラゴンと戦う時くらいのものである。
「なるほど。働きアリの法則みたいなものが存在するかもしれませんねえ」
ネマキも興味深げに頷いて見せると、マカリナが一瞬の間をおいて問いかける。
「働きアリの法則?」
「簡単に言えば、集団の中では働き者が2割、普通に働く者が6割、怠ける者が残りの2割になるという法則ですよ。これの興味深いところは、2割の怠け者を排除したとしても、残った集団の中に新たな怠け者が2割誕生して、それぞれの割合が保たれるという点なんです」
「「ほえー。そういうものなんですね」」
ハルマもそこまで意識した発言ではなかったため、マカリナと一緒になって感心してしまう。
「あ!? でも、NPCが作る装備品の出来の良さも、そのくらいの割合ですね。あたしのお手本通りに+3を作ってくれるのは2割で、+2になるのが6割、+1以下になるのが2割って感じです」
「そうなの?」
「そうそう。どの装備も同じくらい……だったんだけど」
マカリナも普段は防具をメインに作っており、武器を作ることは少ないとはいえ、魔界のレシピは見習い職人でも作れるレベルのものであるため、本来であればハルマが担当するアイテムも請け負っている。ハルマも町作りの方に時間を取られ、そちらにまで手が回っていないので、基本任せ切りだ。
「だけど?」
「そういえば一昨日あたりから、+1以下の割合が増えてきてるわねえ」
「生産数は?」
「それは、NPCが増えるペースを考えると、あんまり変わらないかな?」
「ペースは落ちてないけど、集中力に欠けるようになってきた、って感じか?」
ハルマとマカリナのやり取りを聞いて、ネマキも面白そうに笑みを浮かべる。
「本当に、実社会の写し鏡みたいな場所かもしれませんねえ。ハルマ様の用意した工房は、環境は悪くないので作業効率は落ちないものの、同じ作業の繰り返しで手を抜くNPCが出てきた、ってところでしょうか」
「へぇ~。面白いねえ。じゃあ、作業員NPCも交代制にするとか、お給料を上げるとかした方が良いってこと? あれ? お給料ってあげてるんだっけ?」
ネマキの考察にモカも興味深そうに呟いたが、途中から首を傾げ始めた。それに合わせて、他の3人も「そういえば」といった表情になっていく。
「「「給料って渡せるの?」」」
互いに目を合わせてしまう。そんな仕様は見た記憶がないのだから仕方がない。しかし、モカの言う通り、対価もなしに仕事をさせていれば、この先破綻する可能性は否定できない。何より、気まずい。
そのまま4人そろって公式サイトを確認しながら問答するも結論は出ず、時間だけが過ぎてしまいそうになったが、そこであっさり結論を出したのはハルマだった。
「調べてもわからないものは、知ってそうな人に訊くしかないですね」
「知ってそうな人?」
ハルマの呟きに、マカリナは首を傾げる。
「そうだなあ。ラヴァンドラさんか、ムルチさんか……。どっちに訊いても知らなければ、考える必要もなくなるんじゃない?」
NPCに相談するという発想が、こうも自然に出てくることに、他の3人は呆れたように微苦笑を浮かべるばかりであった。
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