Ver.3/第66話
「え!? 出ないの?」
スズコに相談した後でチップを待っていたのだが、珍しくログインしてこなかったので、翌日、学校で直接話をすることになったのだが、尋ねた直後の返しが、これだった。
鳩が豆鉄砲を食ったようという、現代の感覚からすれば炎上案件ともいえる表現がパッと浮かぶほど、キョトンとした顔で言われてしまっては、どうやら前提が間違ってるぞ? と、さすがに気づく。
どうやらスズコと違い、ハルマが悩んでいるとは微塵も考えていなかった様子である。親友とは? と、些か傷心モードに入ってしまったが、出ると思っていたのはチップだけではなかった。
「ハル君、出ないの? 何で? もったいないじゃん。せっかく順位が上の人が譲ってくれるっていうのに」
同じ高校に入学したばかりのユキチである。
その隣では、アヤネも意外そうな表情を浮かべていた。
「俺、もう少し理解されてると思ってたよ」
落ち込む気力もなくなり、笑みすら浮かべてしまう。
話を続けていくと、どうやら、スズコがチップの言動を勘違いしたのは、このところ、ずっと〈魔王イベント〉で公開されている動画を研究していたせいであることがわかった。最近イン率が低いのも、これが原因だったらしい。これはVRゲームの欠点のひとつで、ながら作業ができないからだ。
親友のために相手を研究していることがバレるのが恥ずかしかったこともあり、行動が不審になっていた様子を、悩んでいるハルマにアドバイスしたくてうずうずしているのだな、と捉えていたわけだ。アドバイスしたくてうずうずしていたのは当たっているのだが、その前提が間違っていたのである。
「いや、だって。ハルマはそういうの研究するタイプじゃないだろ? モカさんのことすらよく知らないんだから、他の魔王のことなんか、名前以外ほとんど把握してないだろ? てっきり出るもんだと思ってたから、勝つ方法を探してたんだけどな」
「そりゃ、特別調べてはいないけど」
それは大魔王になるつもりがないから、ということを忘れている。
「他に何か理由あるのか? 顔を隠せばバレないのは〈魔王イベント〉で実証済だろ?」
「サエラさんにバレたけどな」
「まあ、そういうこともあるか……」
素早い反論に、チップも口ごもる。
このまま平行線をたどるかと思ったが、割って入ったのはアヤネだった。
「ハル君? 鈍感キャラが許されるのは、ハーレムラブコメの主人公くらいだよ?」
「はい?」
突然のことに理解が追いつかない。いや、本当に全く理解できなかった。
鈍感と自分が、全く結びつかなかったのだ。確かに鈍感なところはあるかもしれないが、今の話の流れで該当する部分があっただろうかと、眉間にしわを寄せながら首を傾げてしまう。
「ハル君の場合は、鈍感なのか敏感なのか、よくわからないけどね」
ユキチも呆れ顔だ。
「え? え? え?」
一声ごとに視線をアヤネ、ユキチ、チップに向けるが、男性陣と女性陣で反応は正反対となる。
「やれやれ。本当に気づいてないんだね。あのね、ハル君。世の中の人って、ハル君に興味があるんじゃないんだよ?」
「え?」
アヤネの言葉に目を丸くするが、ユキチも「そうそう」と、頷いて見せる。
「桜の前の集合写真がアップされた時に気づかなかったの? 世の中の人が関心持ってるのは、ハル君じゃなくて不落魔王なんだよ。中の人が誰なのか、なんて、どーでもいいのよ」
「ハンゾウとハル君が一緒に写ってる画像見て、どこに不落魔王がいるか、正確に当てられた人、ぼく達以外にいたと思う?」
姉妹の立て続けの言葉に、チップも納得した表情を作った。
「確かに……。もはや不落魔王って、記号っていうか、象徴っていうか、そんな存在になってるか。って、ふたりとも勘違いしてるみたいだけど、ハルマが出たくない理由は、負けるのが嫌だからだぞ? だよな?」
然もありなんという顔つきでハルマに視線を向けてくる。
そこで、はたと気づいた。最初から、どことなく全員の話が噛み合っていない感覚があったが、正体はこれだった。
「ああ……。そうか。俺、負けたくなかったのか……」
今までずっと、認知度が上がり、遊び難くなることが嫌なのだと思っていた。それは間違いではない。間違いではないのだが、初めて〈魔王イベント〉に出た時とは、状況が大きく変わっていることを理解しながらも、切り替えられていなかったのだと自覚させられた。
ホロリと胸から何かが剥がれ落ちた感覚があった。
考えてみれば、確かに負けるのが嫌だから、姑息な手段を使ってでも勝ちを目指していた気がする。
「チップって。やっぱり親友だったんだな」
思わず、噛みしめるようにつぶやいていた。
「何だよ、急に。気持ち悪いな」
「いや。だって、まさか、俺のことを俺より理解してるとは、思わないじゃん?」
「そうなの? ハル君って負けず嫌いってタイプじゃないよね? 勝つまでムキになるタイプでもないし」
自分自身のことなのに、一番ハルマが感心していると、アヤネが疑問を投げかけてきた。
「違う、違う。ハルマの場合は、負けず嫌いじゃなくて、負けるところを皆に見られるのが嫌なんだよ。だから〈魔王イベント〉でも全力で勝ちにいくだろ? あれがクローズドのイベントだったら、結果は全然違ったはずだぜ?」
「そう、それ! なんで、わざわざ、みっともない姿を全世界に配信されてまで見せなきゃいけないんだよ! ってのが引っかかってたんだ!」
「呆れた。そんなしょうもないことで悩んでたの?」
「ええぇ。しょうもない、か? モカさんとかテスタプラスさん達と違って、俺は戦闘職じゃないんだ。場違いにも程があるだろ? 武術大会で、ひとりだけ折り紙やってるようなもんだぞ?」
「その場違いさがあるから、回りが面白がってるんじゃない。そこがハル君の妙なカリスマ性なんだし……。だいたい、それで今まで勝ってきたんでしょ?」
ハルマの抗議に、アヤネはジト目で返す。
「う……。そう……ですね」
実際、勝ち続けているため、視線を逸らしてしまう。
「大丈夫だよ。気にするなよ。負けたことに文句いえるのは、世界中でハルマだけなんだ。それに、もしかしたら、テゲテゲさん達の気も変わってるかもしれないだろ? エントリーしとけって。オレに『オレの親友、スゲエだろ!』って、自慢させてくれよ。オレも協力するからさ」
チップはニカッと笑いながら、ハルマの肩をポンッと軽快に叩くのだった。
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