第56話

 この日、Greenhorn-onlineの冒険者専用サイトだけでなく、外部のサイトも含め、ひとつの話題がチラホラと上がることになった。


『なんか、平原のど真ん中で、水場もないのに〈釣り〉をしてたプレイヤーがいたのだが?』


 曰く、カラスを肩に載せたプレイヤーが、陽炎に向かって釣り竿を振っていた、と。色んなプレイヤーがいるなと冷めた目で見ていたが、驚くことに、すぐに何かを釣り上げ歓喜の声を上げていたという。


 当然、ハルマのことだった。

 陽炎から釣れたのは、案の定というか、予想通りというか、ベタにカゲロウだった。トンボに近い形をした虫は、ウツロノカゲロウという名で、捕まえると体から発していたモヤが収束していき、光の糸を生み出した。

 これが、〈陽炎の白糸〉だった。

 これを布系材料と錬金することで、マリーでも着ることのできる服が作れるらしい。こういうアイテムが用意されているということは、マリー以外にも似たような存在が数多くいるということなのだろう。

 ただ、これは本来の使い道ではなく、〈調合〉して、姿の見えないゴースト系モンスターを発見できるようになるアイテムの素材として使うのが一般的なようだ。とはいえ、姿の見えないゴースト系のモンスターは多くない上に、不意打ちされたところで強くはない。ちょっと煩わしいなと、思う程度なので、需要があるかというと、今のところは微妙である。

 ハルマ本人であれば、どんなに弱いモンスターであっても不意打ちは命の危険にかかわるのだが、同じゴーストであるマリーからは隠れられないらしく、というか、マリーに驚かされて退散してしまうので、被害にあったことはない。しかも、〈心眼〉のスキルを取得しているおかげで、不意打ち自体をパッシブスキルが防いでくれるので、あまり注意はしていない。


「さて。どうしよう?」

 拠点に戻り、材料をそろえたはいいが、どのデザインにするかで悩む。そもそも、選択できるデザインはあまりない。

 課金の服であれば、もう少しデザインも増えるのだが、ゲーム内の職人が作れる服となると、基本的に戦闘用の装備ばかりなのである。

 STRの低い人向けの軽装類もあるのだが、それもシンプルなものが多い。

 そうなると、マリーが着て喜びそうなものは3種類くらいしかなかった。

「ま、材料は余分に手に入ってるから、全部作るか」

 迷った時は、だいたい全部選ぶことが多かった。

 魔法職のプレイヤーが最初に通るシンプルなローブ。

 武闘家系の女性プレイヤーが好んで使う、タンクトップとタイツにホットパンツがペアになった軽装。盗賊系の場合は、これに認識阻害の効果がわずかに付与されたフードの付いたマントをかぶることが多い。

 そして、幅広く使われているのが、シンプルなスカートとベストの組み合わせである。

 サイズはキャラクターに合わせて自動で調整されるので、職人の腕が発揮されるのは、できの良さくらいであろうか。〈細工〉のランクが上がっていくと、デザインやカラーリングに手が加えられるようになるのだが、まだ選択できる範囲は狭い。

 しかし、マリーが使うのであれば、それも気にする必要はなさそうである。

「性能は最低値でも問題ないだろうから、細工でどこまで変化をつけられるか、かな?」

 ハルマは3種類の装備を作り上げると、続けて〈細工〉のスキルを使って装飾をつけたり消したりしながら、慣れない女の子の服を仕上げていくのだった。

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