第8章 陽炎の白糸

第52話

「かわいくない」

 カラス天狗のズキンが押しかけてきてから3日後、スタンプの村を訪れたアヤネは開口一番吐き出した。

「あー、はははは。言うと思った」

 基本、ゲームに関してはカワイイを見出すアヤネであるが、エロ関係だけは受け入れないのである。これもあって、ハルマもズキンを受け入れるのを拒んだ側面があったくらいだ。

「ズキン。いつも言ってるけど、その服どうにかならないのか?」

 緩んだ胸元のことを指摘するのだが、にへらと笑い返されるだけで、改める気配はなかった。マリーやズキンのAIは通常のNPCに比べてはるかに優秀なものであることは推測できるが、NPCであることに変わりはないため、時々曖昧にはぐらかされて終わりという現象が起こる。

 はぐらかされること自体が、運営からのメッセージであると受け止めるしかないため、今回もため息を吐き出すだけで留めることになってしまう。

 とはいえ、ゲーム内の服なので、ずり落ちたり、やぶけたりすることはないと知りながらも心配でヒヤヒヤしてしまう。

 押しかけ女房みたいにあれこれ面倒みられて煩わしいことになるかと思ったが、父親の評価そのままで、ズキンは怠惰だった。

 家にいる時は床に転がりごろごろするか、マリーやトワネと遊んでいるかだけだったのだ。それでも、1日に2~3回は裁縫用の素材を届けてくれる上に、その素材はレアリティの高いものばかりなので文句も言いにくい。

 しかも、彼女の戦闘力が、ちょっとシャレになっていないのだ。

「このカラス天狗のおねーさんが、レベル80設定なのか?」

 アヤネはさっさとマリーとトワネに癒しを求めて行動を始めているのを他所に、チップが尋ねてきた。

「いやー。安藤さんがゲームバランスなんか気にせず作ったって言ってたけど、本当だったわー」

 ハルマは遠い目をする。

 そうなのだ。ラフですら強すぎると思っていたのに、ズキンの強さはそれを軽く超えていた。現在、最高レベルと言われているプレイヤーでやっと30を超えたばかりなのだ。

「それで、ズキンさんってどういう扱いなの? パーティメンバーの頭数に入るの?」

 シュンもチップと同様、興味津々の様子である。当然、見た目のことではない。

「なんか、テイムモンスターと同じ扱いらしいんだけど、そもそもテイムモンスターの情報が見つからないんだよなー。少し試してみたけど、たぶん、マリーが操作するラフと同じ感じだと思う。しかも、ラフと一緒でも戦闘に参加できる」

 基本、ネットを漁って情報収集はしない主義なのだが、さすがに手に余ったのである。しかし、どれだけ調べてみても、テイムしたい、とか、テイムできる可能性の考察といった、願望を元にした情報とはいえないものしか見つからなかったのである。

「つまり、普通はテイムモンスターが溢れてから見つかるはずの要素だった、ってことだろうね。該当しそうな条件が、最低でもトラップ解除Ⅱと、家を持ってることだもんね。そう簡単に満たせる人はいないんじゃないかな? 運営の人も慌ててるんじゃない?」

「どーだろうな? 前提としてはそうだったのかもしれないけど、案外、喜んでるんじゃないか? それに、テイムできるモンスターがいることがはっきりしたのもデカいと思う」

「テイムモンスターは俺も気になるけど……。どっちだったとしても、俺にとっちゃ迷惑な話なんだけどな。益々、人のいる場所じゃ戦いづらくなったんだぞ?」

 マリーが操るマリオネットも、騎乗できる特大サイズのぬいぐるみも、エロい体つきのカラス天狗も、どれを見られても世間をにぎわせてしまう。そうなると、のんびりソロプレーどころではない。

「まあ、いいや。ズキンのことはこれくらいにして、本題は別にあるんだ」

 カラスの恩返しクエストの顛末は、チップたちだけでなくスズコのパーティメンバーにもすでに伝えてあった。

 反応は、全員が同様に苦笑いであったが、ひとりだけ報酬を受け取れなかったことに対する気まずさは解消できた。

 それではこの日、どうしてチップ達を呼んだのかというと、マリーの服に関して初めて有益な情報が手に入ったからだった。

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