第8話

 準備が整ったらしく、今度こそ墓地に隣接する教会跡に向かうことになった。

「その人形、どうするんですか?」

 すでにNPCがある程度自立して受け答えすることを受け入れていた。

「あの孤児院にいたイタズラっ子で、ひとりの女の子を思い出しましてね」

「女の子?」

「ええ。私に触発されて、手品と称してはイタズラを繰り返す子でしてね。元気な明るい子だったのですが……」

「流行り病で亡くなってしまった、と」

「はい。その子がね。好きだったんですよ。この人形のことが……。人一倍練習もしていまして。幼いのに今の私よりも上手なくらいでした。それもあって、あの子が亡くなった時に寄付したんですよ」

 ダイバーの目元は、マスクに隠れてわからないが、どことなく哀愁が漂って感じられた。


 そうこう話をしている内に目的地へとたどり着いた。

「思ってたより小さいな」

 先ほどまでいた現役の教会を知っているので、同じくらいの大きさを予想していたのだが半分もない。あちこち壁にヒビが入り、屋根も一部が崩れ落ちてしまっていた。

「この中で戦闘になったら、弓だとマズイかもしれないな」

 当初の予想とはだいぶ違った展開になっているため、戦闘にならない可能性も出てきたが油断はできない。

 ただ、現状、弓以外にまともな攻撃手段もない。仕方ないので、自作装備品の中で攻撃力と防御力が最も高くなる組み合わせになるように装備し直す。

 結果。銅のレイピア、銅のバックラー、厚手の服一式。魔加術による追加効果はどれも付いていないが、全て+3の品ばかりのため、実のところ、並のプレイヤーよりも上質なものであることに本人は気づいていない。むろん、本人のステータスをDEXしか上げていないため、それでも人並み以下であるのだが……。


 ツタで覆われた扉を押し開け、中に入る。

 薄暗いものの、天井に穴が空いているため真っ暗ということもなかった。

 と、思ったのも束の間、ハルマとダイバーが礼拝堂の中央付近まで進んだところで、床に散らばっていた瓦礫や落ち葉などのゴミがふわりと浮かび上がったかと思ったら、勝手気ままに飛び交い始め、同時に、意味をなすのかわからない声がいくつもあふれ出し、声が部屋を埋めるように闇に包まれていった。

 視界が奪われると、今度は女の子の笑い声が無数に響き始める。

「アハハハハハハハ」

「キャハハハハハハ」

「ウフフフフフフフ」

「えへへへへへへへ」

 闇に包まれ、反響する笑い声に聴覚を惑わされ、感覚がどんどんおかしくなっていく。

「マリー! マリーなのだろ!? 出ておいで」

 クラクラする感覚の中、隣にいるのであろうダイバーが声を上げた。


 すると。


「ダイバーさん?」

 パッと闇が晴れ、飛び交っていた瓦礫やゴミが床に落ちる。

 変化はそれだけでなく、正面に銀の髪を腰まで伸ばした、みすぼらしい格好の7~8歳くらいの小さな女の子がカバンを抱えて現れていた。

「ほら。マリーの友だちも連れてきたんだよ」

 ダイバーはそういうと、例の操り人形を取り出し動かし始めた。

 

 床に立った騎士風の猫は、ダイバーの指の動きに合わせて丁寧なお辞儀をしたかと思ったら口を開いた。

「ごきげんよう、お嬢さん。こうやって、また会うことができて嬉しいにゃ」

 それは、腹話術というには異次元過ぎた。

「え? ホントにしゃべってる?」

 ゲームの世界であることを忘れ、素で驚いてしまう。

「彼は、ケット・シーのラフ。マリーのこともちゃんと覚えていたようです」

 にっこり笑うダイバーの言葉に、ハルマはポカンと口を開けるだけだった。

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