限りなく透明に近い毒

Scene.037

 限りなく透明に近い毒


 木曜日の夕方だった。カウンターの隅に腰掛け、彼は憂鬱そうに目の前の白いカップを眺めていた。

「どうしたの? 明日さえ頑張れば休みでしょ。私はお店あるけど」

「だから憂鬱なんだ。この自由はあまりにも切ない」

「夏休みの前から、夏休みが終わる日のことを考えるのとは、とんだ愚か者ね」

「僕は悲観論者なんだ。優しくしてくれ」

 幼少の頃から五日間を拘束され、二日間だけの自由を得る。この繰り返しだ。そうやって社会に飼い慣らされていく。自由とは、まさに毒だ。無色透明の毒だ。その内、私たちは毒に慣れてしまい、そして、欲するようになる。

「やめちゃえばいいのよ、そんな人生。キルケゴールなら言うわ」

 ——この世界は、この世界についてペシミスティックに嘆く者よりも、オプティミスティックに笑う者を愛するだろう。


 これにて、了。

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